39 望まぬ再会

『ちょっと、秀次。あんたこっちの家にも顔を出しなさいよ』


 大学の春休みに入ったある日。


 電話をかけて来たのは安藤マリナだった。


「……何でお前、俺の番号を知っているんだ?」


『前に家に来た時、連絡先を交換したでしょうが!』


「あー、そうだった。失敗したな~」


『何でよ!』


「だって今、せっかく家でひよりと二人きりでくつろいでいたのに。なぁ?」


「は、はい」


 俺が言うと、ひよりはぴとっとくっついて来る。


『ウザ、死ね。バカ夫婦ども。良いから、たまにはこっちにも顔を見せなさい!』


「え~」


『ちっ……ほら、充希。あんたからも何か言いなさいよ』


 マリナが言うと、


『……もしもし、秀次さん?』


「おお、充希くん。久しぶり」


『お久しぶりです。まあ、何て言うかその……たまには家に来ませんか?』


「分かった、行くよ」


『ありがとうございます』


『ちょっ、はっ? 秀次、あんた充希にだけ甘くない!?』


「うるせえよ。とりあえず、お父さんにもよろしく言っておいてくれ」


『ちっ……待っているから』


 そして、通話を終えた。


「……と言う訳で。勝手に決めたけど、良いか?」


「はい。私は、秀次さんに付いて行きます」


「ひより……」


 俺たちは見つめ合うと、キスをした。


「……可愛いな、ひより」


「……あううぅ~」


 それから俺たちは、二人の空間で、恥ずかしいことをしてしまった。




      ◇




 二度目の安藤家の訪問。


「よく来たわね、秀次。ひよりも」


「何だ、マリナか」


「ちょっ、何よその顔は」


 マリナが頬をひくつかせる。


「あ、秀次さん、ひよりさん。どうも」


「おう、充希くん!」


「ちょっ、私と態度が違くない!?」


 喚くマリナを無視して、俺たちはお邪魔する。


「おー、秀次くん、ひより。よく来たね~」


「お久しぶりです。あ、これお土産です」


「おお、ありがとう。ささ、上がってくれ」


 笑顔の徹さんに案内されて、俺たちはリビングに入った。


「どうだい? 交際は順調かな?」


「ええ、おかげさまで」


 俺はニコッと笑って言う。


「とか言って、秀次は浮気とかしたりして~」


「いやいや、お前じゃあるまいし」


「なっ……ウザ」


「姉さん、口が悪すぎ」


「黙れ、弟」


 マリナは充希くんを睨む。


「あ、そうだ。前から秀次さんに、聞きたいことがあったんです」


「どうした?」


 俺は充希くんの顔を見た。


「その……秀次さんって、高校時代に、甲子園で準優勝をしたんですよね?」


「まあ、みんなの力でね」


「それはとてもすごいことだと思うんですけど……でも、やっぱり優勝したかったですよね?」


「あはは、そうだな」


「じゃあ、何で……スッパリ野球をやめることが出来たんですか? 父さんから、理由は聞きましたけど……」


 充希くんはメガネの奥に真剣な眼差しを携えて、俺に問いかけて来る。


「俺は……たぶん真似できません。だって、一番になりたくてプロゲーマーの世界に入ったのに……負けたまま終わるなんて、無理です……」


「充希くん、意外と負けず嫌いなんだ」


「はい」


「そうだな……きれいごとかもしれないけど、一番になることが全てじゃないって思うんだ。俺は例え準優勝でも、あの甲子園は最高だった。もちろん、負けた瞬間は悔しいけどさ」


 充希くんは、黙って俺の声に耳をかたむけている。


「確かに、俺は野球が大好きだ。でも、せっかくの人生、そればかりで良いのかなって思ってさ」


「秀次さん……」


「そして、野球から離れて……今、俺にとって一番の、最高の……嫁さんがそばに居てくれる」


「秀次さん……私も、秀次さんが一番です」


「ひより……」


 俺たちは見つめ合う。


「ちょっ、家族の前でイチャつくな」


 マリナが言う。


「ああ、すまん。けどまあ、一番に固執するあまり、張り詰め過ぎるのは良くないよ。人生は長いんだから、持続して活動できるメンタルを養うと良いんじゃないかな」


「なるほど……さすがです、秀次さん。ありがとうございます」


「いや、そんな」


「こんなこと、父さんにも姉さんにも、相談したって仕方なかったので」


「「何ぃ!?」」


 親子2人が睨むが、充希くんは気にした様子を見せない。


 俺とひよりは笑った。


 その時、玄関のチャイムが鳴る。


「ん? 誰だ? おい、マリナ出てくれ」


「嫌よ。パパが出れば?」


「全く、仕方のない娘だな~」


 徹さんは重い腰を上げてリビングから出て行った。


「あ、もうすぐお昼だよね。俺、久しぶりに、ひよりさんの手料理が食べたいな」


 充希くんが言う。


「ほ、本当に? じゃあ、作ろうかな」


「うん、よろしく。あ、姉さんの分は良いから」


「何でよ! 私だって、食べるわよ!」


「お前、食い意地が張っているんだな」


「秀次、刺すわよ?」


「うわ、怖っ」


「姉さん、引くよ」


「何なの、この男どもは~!」


 俺と充希くんにイジられて、マリナは顔を歪める。


 すると、ひよりが、


「ふふ」


「ちょっと、何笑ってんのよ、ひより?」


「あ、ご、ごめんね」


「……まあ、良いけど。さっさとご飯作りなさいよ」


 マリナが言うと、ひよりは笑顔になった。


「うん、待っていて」


 そして、ひよりは立ち上がる。


「――おーい、ひよりいるかぁ?」


 その時、リビングの扉が勢い良く開いた。


「えっ……?」


 その場のみんなの視線が集まる。


「おい、兄さん! 勝手に入るなって!」


「固いこと言うなよ、徹ぅ~!」


 突然やって来た、一人の男が言う。


「お……お父さん?」


 ひよりが声を震わせて言う。


「なっ……」


 その男はひよりの姿を見つけると、


「お~! ひより~! 会いたかったぜ~、愛娘ぇ~!」


 歩み寄って、そのままひよりを抱き締めた。


「どうした? ん? 大好きなお父さんに会えて嬉しいか?」


 男は言うけど、ひよりはひたすらに顔を強張らせて、震えていた。


 だから――


「離して下さい」


 俺はひよりの手を引いて、こちらに抱き寄せた。


「……ん?」


 男は俺を睨む。


「誰だ、お前?」


「俺は松尾秀次と言います。ひよりの……旦那になる男です」


「秀次さん……」


 ひよりは声を震わせながらも、かすかに微笑みを浮かべる。


 男は目を細めると、俺たちをしげしげと見つめる。


「へぇ~。あの純だったひよりが、すっかり女になっちまった訳か」


 男は笑う。


「あなたは、もしかして……」


「ああ、そうだよ」


 男は言う。


「俺の名前は安藤仁太あんどうじんた……ひよりの実の父親だ」







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