38 宴会

 となりにいるひよりは、少し緊張した面持ちだ。


「大丈夫だよ、ひより。みんな良い奴らだから」


「は、はい」


「それに、俺もいるから」


 そう言うと、ひよりは微笑む。


 そして、俺たちは飲み会の場所となる居酒屋に入った。


「いらっしゃいませ~!」


「えっと、聖光学園OB会の場所は……」


「あ、はい。ご案内します」


 俺たちは店員さんの後に付いて、奥の方へと進んで行く。


「こちらです」


「ありがとうございます」


 俺はふすまを開いた。


「おー、秀次ぅ~。来たかぁ~」


「よっ、光」


 俺はまず目に飛び込んだ光にあいさつをした。


「おっ、秀次だ~!」


「久しぶりだな~!」


「おお、みんな~。久しぶり~!」


 俺は懐かしい顔なじみと会って、気分が高揚した。


「おっ、ひよりちゃんも。今日はありがとね」


 光がニコッと笑って言う。


「あ、お邪魔します」


 ひよりは緊張した面持ちでペコリとした。


「おぉ~! その子が噂の秀次の嫁か~? メッチャ可愛いじゃん!」


「本当だ~! 身長差がまあまあエグいな~!」


「確かに~!」


 早速、みんなが茶々を入れる。


「ああ、そうだよ」


 だから、俺はあえて堂々と言った。


「お、おう……迷いがねえな」


 みんなは軽くたじろいだ。


「秀次」


 その声にハッと顔を向ける。


「おぉ~、彩香。久しぶりだなぁ」


 俺の視線の先には、ニコッと笑う彼女がいた。


 背が高くて髪を大人っぽくまとめた、かつて俺たちを支えてくれた敏腕マネージャーだ。


「久しぶりね。元気にしていた?」


「ああ。彩香こそ、元気にしていたか?」


「ええ」


 彩香は微笑む。


 ふと、その視線がひよりに向いた。


「初めまして、島本彩香しまもとあやかです。よろしくね」


 ひよりは一瞬呆けるが、


「あ、は、初めまして。安藤ひよりです。よ、よろしくお願いします」


 ぺこっと折り目正しく頭を下げる。


「秀次ぅ~、あんたも隅に置けないわね。こんな可愛い彼女……いえ、お嫁さんだったかしら? ゲットしちゃうなんて」


「まあ、色々あってな」


「じゃあ、その辺のこと、根掘り葉掘り聞いちゃおうかしら~?」


「手加減してくれよ?」


「それは私の気分次第」


 彩香は口元に指を添えて、どこか不敵に微笑む。


「おーい、みんな。そろそろ乾杯しようぜ~!」


 光が言うと、みんな頷く。


「じゃあ、聖光学園ナインの再会を祝して……カンパーイ!」


 カチン、カチン、とグラスをぶつけ合う。


「ぷは~っ、うめえぇ!」


「だな~!」


 みんな体育会系だから、よく飲みそうだな~。


 思えば光以外と飲むのはこれが初めてだ。


「で、秀次とひよりちゃんはいつから付き合っているんだ?」


「えっ?」


「出会いは?」


「どこまで進んだ?」


「答えろぃ!」


 みんなが口々に言うので、


「お前ら、落ち着け!」


 俺はつい一喝してしまう。


 まるで、あの頃に戻ったように。


「ふふふ、さすがキャプテンね、秀次」


 彩香が上品にグラスを傾けながら言う。


「おい、彩香ぁ! そんな上品ぶってないで、お前もガンガン飲めよ~!」


「飲ませてどうするつもり?」


「それはまあ……おっぱいぽろんちょ」


「はい、退場」


「そんな~!」


「アホだな」


 俺が呆れて言うと、彩香がくすりと笑う。


「秀次はそんな心配ないもんね。野球部時代も、私の胸とかほぼ見てなかったし」


「当たり前だろ。俺はお前の仕事ぶりに感心していたんだからな」


「ちょっ……バカ、照れるじゃない」


 彩香はグラスを傾けた。


「おーい、秀次ぅ。浮気はよしとけよ~、可愛い嫁さんがいるのに」


 茶化すのは光だ。


「いや、お前……」


 言われてふと見ると、ひよりは小さく頬を膨らませていた。


「あれ、ひより? どうした?」


「何でもありません」


 ひよりは両手でグラスを持つと、グビグビと飲む。


「おー! 意外と良い飲みっぷりだね~!」


「良いぞ~、ひよりちゃーん!」


「飲め飲め~!」


 野郎どもが言う。


「ぷは~っ……ありがとうございます」


「お、おい、ひより……」


「何ですか?」


 ひよりは俺のことを軽く睨む。


 ちょっと傷付くな……


「……ふふ」


「彩香? 何で笑うんだよ?」


「いや、二人とも可愛いなって思って」


 彩香は言う。


「ひよりちゃん、安心して。秀次は今も昔も、私のことを女として見ていないから」


「そ、そうなんですか? 彩香さんはこんなに美人で……む、胸も大きいのに」


「うふふ、ありがとう。でもそんなの、秀次は重視しないから」


 彩香は微笑んだまま言う。


「ちゃーんと、その人の中身を見てくれるの。だから、秀次はみんなから好かれていたし、キャプテンにふさわしかった。正捕手は負担が大きいポジションだったから、きっと苦労したはずよ」


「そうだな。ワガママなエース様の相手をしていた訳だし」


「うぅ~、秀次。俺の女房だったのに、見捨てるなんて……ひどいぞ~!」


 光がおどけて言うと、みんなが笑う。


「はいはい。お前は好きに生きてくれ」


「投げやりとかひで~」


 光も愉快そうに笑う。


「で、秀次。ひよりちゃんとの馴れ初めは?」


 酒が入っているせいか、彩香が少し色っぽく首をかしげて言う。


「まあ、それは……」


 俺はひよりと目配せをし合った。


「実は……」


 それから、俺はひよりの事情も含めて、みんなに話した。


「……そんな感じだ」


 語り終えると、賑やかだったその場が静かになっていた。


「……ヤバい、泣ける」


 やがて、そんな声が漏れる。


「これはもう、秀次は絶対にひよりちゃんを幸せにしないとだな」


「本当にな~、頼むぜ~!」


 熱い奴らだから、涙を流しながらそう言ってくれる。


「……うっ、うっ」


「えっ、彩香も泣いている!?」


「珍しい!」


「鬼の目にも涙か!」


「あんたら、うっさい! ていうか、野球部時代もあんたらに泣かされたでしょうが!」


「えっ? むしろ、いつもお前の地獄の特訓メニューで泣かされたのは俺たちだろ?」


「あんたらが試合に負けるから、泣いたんじゃん」


「あっ……すまん」


「いや、こっちこそ……」


 彩香は目の涙を拭う。


「この際だから言うね。私、秀次のことが好きだったの」


「……えっ?」


 俺はポカンとしてしまう。


 けど、周りのみんなはなぜか得心したように頷く。


「「「知ってた」」」


 そんな風に声を揃えて言われる始末だ。


「彩香、お前そこまで暴露するか~?」


 光が苦笑交じりに言う。


「あんたがけ仕掛けたんでしょう?」


「いや、俺はそこまで言えとは言っていないよ」


「ふん」


 彩香は鼻を鳴らして、それからひよりに笑顔を向ける。


「ごめんね、ひよりちゃん。私は今から、秀次とどうこうなるつもりはないの」


「彩香さん……」


「ただ、昔の想いに踏ん切りをつけたくてね。みんなと同じように、未来を歩むために」


 彩香は口元で微笑む。


「だから、秀次もひよりちゃんも、二人で明るい未来を歩んでね」


 そう彩香が言うと、みんなが拍手をした。


「よっ、さすがは名マネージャー」


「泣かせるね~」


「感動したぜ~」


「ちょっと、あんたら。調子が良いんじゃない?」


 彩香はみんなをジロっと睨んで、けどすぐに笑う。


「秀次……さ。どう思った? その、私の想いを知って……って、ごめんね」


「いや、良いよ。何て言うか……ありがとな」


 俺が言うと、彩香は微笑む。


「こちらこそ、ありがとう。ひよりちゃんと、幸せになるんだよ」


「ああ」


 俺は頷いて、ひよりと顔を合わせる。


 ひよりもまた、微笑んでいた。


「よーし! 今日は朝まで飲むぞ~!」


「マジか~!」


「ていうか、この後カラオケに行こうぜ~!」


「おっ、良いね~!」


 野郎どもが盛り上がっていると、


「じゃあ、今日は私もトコトン付き合うわよ~!」


 彩香が立ち上がって言う。


「えっ、マジで~!」


「あの規律にうるさかった鬼マネジ様が!」


「失恋のウサ晴らしか~?」


「ほほう、あんたら……そんなに、私のスペシャルメニューをいただきたいの?」


 彩香は両手にビールのピッチャーを持って、不敵に微笑む。


 それまで威勢の良かった連中が一斉に青ざめた。


「言っておくけど、私。ここに居る誰よりもお酒に強い自信があるわ……酒豪の家系だからね~」


「マジか~!」


「あ、でも秀次には負けるかも」


「おい、こら! 何気にアピールすな!」


「未練がましいぞ~!」


「おっぱい揉ませろ~!」


「こらぁ! 誰だおっぱい揉ませろって言ったのは~!」


 ギャーギャーとその場が騒がしくなる。


「よーし、分かった。じゃあ、私と飲み比べで勝ったら、おっぱい揉ませてあげる」


「「「マジで~!?」」」


 野郎どもがまた元気になった。


「よーし、じゃあ俺から!」


「バーカ! 後からの方が有利だろ!」


「あっ、しまった~!」


「ふふふ、そんな下らない小細工は通用しないわよ~?」


 そして、彩香の胸を巡るバトルが勃発した。


「おい、秀次は参加しねえのか?」


「いや、しねえよ」


「うっふ~ん、秀次ぅ~」


 彩香は冗談まじりに、両腕で胸を寄せて、谷間を強調した。


「こいつ、失恋したからって、タガが外れやがった!」


「控えめに言って最高!」


「だな!」


「おい、光も参加しろよ!」


「いや、俺は……秀次の胸を揉むわ」


「何でだよ!?」


 俺はギョッとして言う。


「わ~、やっぱりお前らそうだったのか~」


「彩香、お前の好きな男はホモだったんだとさ」


「おい」


「それでも……秀次は素敵よ?」


「一途だね~! もうフラれてっけど!」


「ほら、飲みなよ」


「ひいいいいいいいぃ~!」


 アホな野郎どもの悲鳴が響き渡る。


「お前ら、あまり騒ぎ過ぎるなよ~!」


「ほら、キャプテンが言っているわよ?」


「お、鬼マネのせいだろうが~!」


「誰が鬼マネですって~!」


 結局、騒ぎは収まらない。


 まあ、良いけど。


「ひより、俺たちは静かに飲もうな」


「あ、はい」


 ひよりは両手でグラスを持って、ニコリと笑う。


「おい、見ろよ、彩香!」


「くっ……もう、飲むっきゃない!」


 彩香は立ったまま、腰に手を置いてグビグビと酒を飲む。


「ぷはぁ~……失恋の酒は美味いな~!」


「あ、彩香……」


「何よ、秀次?」


「何か、その……すまん」


 俺が言うと、彩香はぷっと笑う。


「良いよ、私のことは気にしないで。それよりも、ひよりちゃんを見てあげて」


「んっ?」


 言われて見ると、ひよりは小さく頬を膨らませていた。


「私も、がんばって胸を大きくします」


「えっ?」


 ひよりはグラスの中身を一気に煽ると、テーブルに置いた。


「そうすれば、秀次さんはもっと、もっと……私だけのことを見てくれますよね?」


「ひ、ひより……」


「だから、ひよりちゃん。秀次はそんなこと気にしないってば~」


「そう言いながら、彩香さん。さっきから、胸を強調しています。そのYシャツも反則です……おっぱいが」


「お、おっぱいって……ひより? もしかして、酔っているのか?」


「……わ、私は酔っていましぇん!」


「よ、酔ってるな~、これは。完全に酔っている」


「じゃあ、秀次さんも一緒に酔って下さい」


 そう言って、ひよりは俺のグラスにビールを注ぐ。


「秀次ぅ~、イチャつくなよ~!」


「光、うるせえ!……はぁ、いただくよ」


 俺はひよりについでもらった酒を飲む。


「秀次しゃん、おいちい?」


「ああ、美味しいよ」


「やった~♪」


「おっ、良いね~!」


「ひよりちゃんも一緒に参加するか~?」


「え、何にれすか~?」


「彩香のおっぱいを賭けた勝負だよ」


「ふふふ、可愛い女子も歓迎よ」


「いや、何でだよ」


 俺がツッコむも、彩香は不敵に笑っている。


「やりまーす!」


「って、ひより!?」


「そのおっぱいを揉んで……ご利益をちょうだいしま~す!」


「よーし! ドンと来い、ひよりちゃん!」


 彩香が胸を張って言うと、男子たちのボルテージが上がる。


 そして、少し、いや結構な酔っぱらいモードのひよりもやる気マンマンだ。


「……うきゅ~」


 と、思ったけど、ゲーム開始直前に目を回して倒れた。


「おい、ひより! 大丈夫か?」


「……うぅ~、秀次しゃ~ん」


「あらあら……秀次、介抱してあげなさい」


 彩香が言う。


「ああ」


 俺は座布団を枕代わりにして、ひよりを横に寝かせてやる。


「……しゅみません」


「良いよ、ひよりが楽しんでくれたようで、何よりだ」


「えへへ……秀次しゃんと一緒だからですよ~」


「そ、そうか」


 そんな風にやり取りする俺たちを、周りの連中はひたすらニヤニヤと見ていた。


「秀次、イチャつくな」


 光が言う。


「うるせえよ」


 俺はそう言いつつも、やがて寝息を立て始めたひよりを見て、口元がほころんだ。







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