37 アルバム

 年末年始の松尾家の夜は、過去最高に盛り上がっていた。


「あら、ひよりちゃん。お料理上手なのね~」


 ひよりは母さんと一緒に台所に立っていた。


「いえ、そんな」


「本当だ~。ちょっとつまみ食い」


 スズがひょい、とひよりが作った卵焼きを食べる。


「うわっ、うまっ!」


「こら、スズ。お行儀が悪いでしょ」


「ほら、お母さんも食べてみなよ」


「え? どれどれ……あら、おいしっ」


「おーい、母さん! 俺にもくれよ~!」


「はいはい」


 母さんはひよりお手製の卵焼きを父さんの下に運ぶ。


「あむっ」


 父さんは一口食べて……


「……美味すぎる」


 なぜか泣いた。


「アッハハ! お父さん泣き過ぎてウケル~!」


「うるせえ!」


 父さんはからかったスズに言いつつ、


「俺は幸せ者だ。ひよりちゃんみたいな良い子が、息子の嫁になってくれるなんて」


「そんな……」


「お義父さんって呼んでくれて良いんだよ?」


「へっ? えと……お、お義父さん」


 ひよりが遠慮がちに言うと、


「その一言で酒を100杯は飲める!」


「お父さん、やめて下さい」


 母さんが呆れたように言う。


「お父さん、嫁にセクハラとか最低なんだけど」


 スズも冷めた目を向ける。


「うるせえ!」


父さんはヤケになったように酒を煽った。


「あ、あの、お義父さん。あまりお酒を飲み過ぎると、体に良くないですよ?」


 ひよりが言うと、


「うん、そうだね」


 笑顔で頷いて、酒を置いた。


「ひ、ひよ姉、すご……」


 スズが尊敬の眼差しを向けていた。


「あ、そうだ。ツグ兄のアルバム見に行こうよ」


「げっ」


 俺が声を漏らすと、スズはニヤリと笑う。


「ひよ姉、行こう~」


 スズが立ち上がって、たたっとひよりの下に駆け寄った。


「あ、うん。お義母さん、良いですか?」


「ええ、良いわよ。ひよりちゃんのおかげで助かったわ~」


「と言う訳で、ツグ兄も行くよ」


「マジか~……」


 俺は正直、あまり気が進まないけど。


 まあ、せっかく盛り上がっている空気に水を差すのも何だしな。


「アルバムなら、俺の部屋にあるぞ」


「ひ、秀次さんのお部屋……」


「あれあれ、ひよ姉。もしかして、興奮してる?」


「そ、そんなことは……少しだけ、あるかも」


「あはは! ひよ姉かわいすぎ~!」


「こら、スズ。年上なんだから、あまりからかうなよ。お前は小柴か」


「誰、小柴って?」


「お前と同じ歳で俺とひよりのバイト仲間で……親友だ」


「へぇ~?」


 スズが興味ありげな視線をむける。


「とりあえず、早く行こうよ」


「分かったよ」


 そして、俺とひよりとスズの3人で二階へと向かう。


「どうぞ」


 俺がドアを開けて部屋に入ると、


「……ここが、秀次さんのお部屋」


「すんすん。男くさ~い」


「え、マジで? 傷付くなぁ」


「なーんて、冗談だよ。ツグ兄、お盆と年末年始とか、たまにしか帰って来なかったし」


 スズが言う。


「あ、でも……秀次さんの匂いがします」


 ひよりが言う。


「おぉ~、さすがはお嫁ちゃん」


「はは、何か照れ臭いな」


「で、ツグ兄。アルバムは?」


「はいはい、ちょっと待っていろ」


 俺はクローゼットを開けて、その中にあったダンボール箱の中身を探す。


「ほい、これ」


 俺はいくつかのアルバム差し出す。


「よーし、まずは赤ちゃんの頃からだ~」


「げっ、そこからかよ」


「ふふふ~。ひよ姉も一緒に見よ?」


「う、うん」


 ひよりはスズと一緒にアルバムをめくりはじめる。


「ほらほら~、ツグ兄の赤ちゃん時代だよ~」


「わっ、わ~……秀次さん、可愛い」


 そんな風に言い合う二人を見て、俺はとても恥ずかしい。


「んで、これが保育園……これが小学生。この頃から、野球はやっていたね」


「わっ、わ~」


 何かひよりが目をキラキラと輝かせて見ている。


 嬉しいけど……やっぱり、恥ずかしい。


「んでもって、中学生……そして、高校生と。お兄ちゃん、甲子園球児だったから、野球部の写真がいっぱいだね」


「す、すごい……カッコイイ」


「あはは。ひよ姉、ツグ兄にベタ惚れだね~」


「う、うん」


 ひよりが頷くと、


「だそうです、旦那さま?」


「うるせえよ」


 俺が言うと、スズは軽く舌を出した。


「あ、高杉さん」


「お~、光さん。相変わらずイケメンだね~。めっちゃモテたからね~。今もだけど」


「ね、ねえ、スズちゃん」


「ん?」


「秀次さんも……モテモテだったの?」


「そうだね~……ツグ兄は、隠れファンが多いタイプだったから。光さんほど表立っては目立たなかったけど……モテていたかも」


「うぅ~……」


「特に、この人」


 スズが何やら写真を指差す。


「ん? 彩香あやかがどうした?」


 俺は何気なく尋ねる。


「あの、この人は……?」


島本彩香しまもとあやかさん。ツグ兄たちの野球部のマネージャーだった人だよ。ツグ兄と同じ歳。んでもって、スラッと背が高いスタイル抜群の巨乳美女として、他の高校の野球部員にも有名になったんだよ。ファンとかいたし」


「そ、そうなんだ……」


「ひよ姉がいる前で言うのもなんだけど……この人、ツグ兄に気があったよね」


「え? 彩香が? それは無いだろ」


「でも、ツグ兄を見る目だけ違っていたし。この家にも、何度か来たでしょ?」


「彩香は有能なマネージャーだったからな。一人一人の部員のことをちゃんと観察していたんだよ。だから、特別扱いなんてしてないさ」


「ふ~ん? まあ、ツグ兄がそう思っているなら良いけど」


「何か引っかかる言い方だな……ひより、どうした?」


「あ、いえ、その……何でもないです」


「そっか」


 そんな俺たちのやり取りを見て、何やらスズがニヤついていた。


「何だよ?」


「別に~?」


「ムカツク奴だな~」


 その時、俺のスマホが鳴った。


「ん……あっ、光だ」


「マジ?」


 俺は通話ボタンをプッシュする。


『よっ、秀次。もう実家に帰ってるか?』


「ああ、ひよりとな」


『そっか。正月の間は、地元にいるんだろ。俺も帰省しているんだよ』


「おお、そっか。じゃあ、また一緒に飲むか?」


「私も飲みたーい!」


「お前は未成年だからダメだろ」


「ちぇ~、ツグ兄のケチ~」


『あはは、スズちゃんの声か。あ、そうそう、飲み会の話だけど。実は、野球部の他のメンバーにも声を掛けたんだよ』


「そうなのか?」


『ああ。俺らの代のメンバーが集まって飲むことになったんだ。だから、秀次も来るだろ?』


「行きたいな、それは」


『そうだ、彩香も来るから』


「彩香も?」


 その名前に、ひよりとスズが敏感に反応した。


『そうそう。でさ、ひよりちゃんも一緒にどう? 秀次の嫁ってことで、みんなに紹介したら?』


「恥ずかしいな~」


『何を言っているんだよ。散々、嫁自慢をして来たくせに』


「してねえよ。ちょっと待ってくれ」


 俺はひよりの方を向いて、


「ひより、光がお前のことも誘ったらどうかって言うんだけど……来るか? まあ、他は知らない人ばかりだけど……」


「行きます」


 意外にもひよりは即答した。


「良いのか、ひより?」


「ツグ兄は女心が分かってないね~」


「何だよ、スズ」


「とりあえず、ひよ姉と楽しんで来なよ」


「ああ、そうだな。久しぶりにみんなにも会いたいし」


「ふぅ~ん?」


「だから、その意味ありげな目をやめてくれ」


 俺が言っても、スズは不敵な笑みを崩さない。


 一方、ひよりは……


「……翔子ちゃんと同じくらいかな?」


「ひより?」


「ひゃうっ!?」


「わっ、ごめん。どうした?」


「い、いえ……何でもありません」


「そうか?」


 俺は首をかしげる。


『おーい、秀次ぅ~?』


「あっ、悪い。ひよりもオッケーだってさ」


『了解。じゃあ、2日の夜で良いか? 詳しいことはまた後で連絡するから』


「分かった」


 それから、二言三言かわして、光との通話を終えた。


「ツグ兄」


「何だ?」


「浮気するなよ」


「はぁ? お前はさっきから、ひよりの前で何てことを……」


 俺が少し慌てて視線を向けると、ひよりが少し泣きそうになっていた。


「お、おい、ひより?」


「あ、ごめん、ひよ姉。大丈夫?」


「う、うん、大丈夫だよ」


 そう言いつつも、ひよりの声は少し弱かった。


「えっと、えっと~……」


 スズは責任を感じたようで、何とかしようと思考を回しているみたいだ。


「ひより」


「はい?」


「一緒に、除夜の鐘を鳴らしに行こう」


 俺が言うと、ひよりは目を丸くした。


「い、良いんですか?」


「当たり前だろ? 俺はひよりと行きたいんだよ……二人きりで」


「ひ、秀次さん……」


 ひよりが頬を赤らめてうつむく。


「うわ~、すごく微笑ましいけど……実の兄のそんなシーンを見るのはちょっと複雑だね~」


「スズ、お前はうるさいから出て行け」


「あ~! そんなこと言って、ひよ姉に嫌らしいことするつもりでしょ~?」


「うるせえよ、バカ」


「バカとは何だ~!」


 そんな風に軽い兄妹ゲンカをする俺たちを見て、ひよりが笑う。


「あっ、ひよ姉が笑った。一件落着です」


「お前が言うな」


「何でよ~、ツグ兄のバカ」


「バカって言う方がバカなんだよ」


「む~っ!」


「うふふ」


 そんな感じで、楽しい実家の風景だった。







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