36 松尾家

 迎えた大晦日。


 俺とひよりは新幹線に乗っていた。


「秀次さん、おにぎり食べます?」


「おっ、ひよりのお手製だ」


「えへへ」


「美味そうだ。早速、いただこうかな」


「どうぞ」


 俺は笑顔のひよりに勧められて、アルミホイルを剥いで、おにぎりをパクッとする。


「んっ、美味い!」


「本当ですか?」


「うん。ありがとう、ひより」


「うふふ」


 そんな風に何気ない会話をしながら、車窓は徐々に田舎の風景へと変わって行く。


 新幹線を降りて、駅の改札を抜けてロータリーに向かうと、


「秀次ぅ~!」


 響く声に俺は振り向く。


「おっ、母さん」


 手を振っていたそちらの下に向かう。


「疲れたでしょ~?」


「いや、新幹線だったから。あ、母さん、この子が俺の……」


「あらあら、まあ」


 母さんの視線を受けてひよりが、


「は、初めまして。安藤ひよりと言います」


「まあまあ、随分と可愛らしいお嬢さんで。本当に、秀次の彼女なの?」


「ああ、そうだよ」


「これはもう、家族のみんなが喜ぶわ~。あ、秀次。ひよりちゃんの荷物も積んであげなさい」


「うん」


 そして、母さんが運転する車に乗って20分ほどで我が家にたどり着いた。


「みんな~! 秀次が彼女ちゃんと一緒に帰って来たわよ~!」


 母さんが声を響かせると、


「おー、帰って来たかぁ!」


 デカい声を響かせてやって来たのは、


「父さん、ただいま」


「おう、秀次と……」


「ひよりちゃんよ」


「あ、安藤ひよりです」


「かぁ~! こいつはたまげた~! こんな可愛らしいお嬢ちゃん、どこで見付けやがった~!」


「大学だよ」


「カッカッカ! そうか、そうか~!」


 父さんは愉快気に笑いながら、俺の背中を叩く。


「ったく、俺よりもデカく育ちやがって~!」


「父さんも、体を鍛えたら?」


「生意気な~! その体で、ひよりちゃんにどんなことしてんだ~?」


「お父さん、いきなり下ネタとかドン引きなんですけど~」


 別の声がした。


 父さんの背後で腕組みをしているおさげ髪の少女がいた。


「おお、スズ。ただいま」


「よっ、ツグ兄」


 軽く手を上げて言う。


「ひより、この子は俺の妹の鈴菜すずな。高校生だよ。みんなからは『スズ』って呼ばれているんだ」


「あっ、初めまして。安藤ひよりです」


「こちらこそ、初めまして。松尾鈴菜です」


 二人はそろって礼儀正しくお辞儀をした。


「おう、秀次。じいちゃんとばあちゃんにも顔を見せてやれ。可愛い彼女ちゃんも一緒にな」


「そうだね。ひより、一緒に来てくれる?」


「はい」


 それから、祖父母にもあいさつを済ませて、今に松尾一家が全員集合した。


「で、ツグ兄とひよりさんは、いつから付き合っているの?」


 スズが言う。


「夏休みからだな」


「え~、良いな~! 私なんて、夏休みに彼氏とか出来なかったし~!」


「バッカ野郎、スズ。お前に彼氏なんて百年早いんだよ」


「お父さんは黙っていて」


「すみません……」


 スズに冷たく言われて、父さんはシュンとなった。


「あ、そうだ。ひより、話しても良いか?」


 俺が顔を向けて言うと、ひよりは小さく頷く。


「家族のみんなには話しておきたかったんだけど……」


 俺はひよりの事情を伝えた。


「……という訳で、俺とひよりは同居しているんだ。みんなには、もっと早く言うべきだったかもしれないけど、ごめん」


 俺が頭を下げてから、みんなの顔を見ると。


 一様に、涙を浮かべていた。


「な、何て辛い……けど、健気に生きるお嬢ちゃんなんだ」


「本当にね、感心しちゃう。がんばったのね」


「ひよりさん……偉いよ」


 そんな風に涙ながらに温かい言葉をかけられて、ひよりも涙ぐんでいた。


「おい、秀次。お前、絶対にひよりちゃんを幸せにしろよ?」


「うん。それで、もう一つ言っておきたいんだけど」


 俺は小さく息を吸った。


「俺、大学を卒業したら、ひよりと結婚するから」


 その言葉に、家族のみんなが目を丸くした。


「ひよりも言ってくれたんだ……俺の嫁になりたいって」


 みんなの目が向くと、ひよりは顔を真っ赤にしながら頷いた。


 すると、父さんがプルプルと震え出した。


「……もう、限界だ」


 そう言って、父さんバッと天井を仰いだと思ったら、


「うおおおおおおおぉ~ん!」


 大声を出して泣き始めた。


「あらあら、お父さん」


「マジ泣きとか、お父さん……まあ、良いけど」


 母さんは頬に手を添えて、スズは呆れたように言う。


「スズや。この二人、結婚するのかい?」


 じいちゃんが言う。


「うん、らしいよ」


 スズが笑顔で言うと、じいちゃんとばあちゃんが揃って笑ってくれた。


「母さん! ありったけのコメを全て赤飯に代えろ!」


「それは無理よ!」


「だったら、酒を持ってこーい……うおおおおおおおおおおぉん!」


「はいはい。ごめんね、ひよりちゃん。騒がしくて」


「い、いえ……その……すごく嬉しいです。こんな温かい家庭の雰囲気が……あっ」


 ひよりの目から涙が溢れると、父さんの涙腺が完全に崩壊した。


「スズ、洗面器を持って来てやれ」


「りょ」


「涙受けと……あと、酒の飲み過ぎで吐いた時ように」


「さっすが、ツグ兄。キャッチャーとしての読みの勘は鈍ってないね~」


 スズがニヤリと笑う。


「あ、そうだ。ひよりさん、後でアルバム見せてあげよっか?」


「えっ?」


「ツグ兄の昔の写真、見たいっしょ?」


「あら、それは良いわね~」


「おい、勘弁してくれよ」


 俺は言うけど、


「み、見たいです」


 ひよりは半ば興奮気味にそう言った。


「オッケー。じゃあ、後でね~」


 スズがウィンクをしながら言う。


「ツグ兄も、一緒に見ようね?」


「マジか~」


「ふっふっふ。公開処刑だよ~」


「おい」


「うふふ」


「あ、ひよ姉が笑った」


「え、ひよ姉?」


「そっ。だって、お兄ちゃんと結婚するなら、もう私のお姉ちゃんでしょ? あ、ダメかな?」


「ううん、そんなことないよ。すごく、嬉しいな」


「あはは。ひよ姉、マジ可愛過ぎる」


「ひよりちゃーん! お義父さんに酒をついでくれ~!」


「あ、はい」


「ちょっ、お父さん。やめなよ~」


 そんな風に、ひよりが俺の家族と和気あいあいとしている姿が……何よりも嬉しかった。







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