33 親友

『ひより、寒くないか?』


『あ、はい。ちょっとだけ』


『じゃあ、これ』


『わっ……秀次さんの上着……あったかい』


『それは良かった』


『あ、あの、秀次さん』


『ん?』


『わ、私、もっと温めて欲しいです……』


『ひ、ひより……』


 そして、見つめ合った二人はお互いに顔を寄せ合って――


「うきゃ~!」


 興奮した声を出すのは……


「小柴、うるせえ」


 俺は言う。


「とか言って、ツグツグ~。顔が真っ赤だよ~?」


 小柴はニヤニヤしながら言う。


「……ちくしょう、家に呼ばなきゃ良かった」


 今、小柴が俺たちのアパートに遊びに来て、学祭の映研の作品を鑑賞していた。


「ひよりんも、すっごく可愛いね~」


「あ、ありがとう、夏芽ちゃん」


 ひよりは照れながら言う。


「あーあ、あたしもツグツグたちの学祭に行けば良かった~」


「何で来なかったんだよ?」


「だから、あの百合女さんが怖いの~」


「蛯名はまあ……でも良い奴だぞ?」


「むむ、ツグツグ? もしや、浮気かい?」


「は?」


「確かに、あの百合女さんは背が高くておまけに巨乳だった。あたしの見立てだと……F……いや、Gカップってところかな?」


「おまっ……あっ」


 俺は慌てて口を隠すけど、


「ふふん、当たりのようだね。さっすが、夏芽ちゃん」


 小柴は舌なめずりをする。


「ひより~ん! ツグツグは普段は好青年ぶっておいて、実はおっぱい星人なんだって~!」


「きゃっ」


 小柴は泣き真似をしながら、ひよりに抱き付く。


「むっ?」


 すると、なぜか小柴は眉をひそめる。


「ひよりん、もしかして……ちょっと、おっぱい成長した?」


「へっ?」


 ひよりは目をパチクリとさせる。


 小柴はそんなひよりの胸に触れた。


「あっ……」


「うん、やっぱり。前はあたしと同じAカップくらいだったのに。今はB……いや、下手すればCくらいあるんじゃない?」


 そう言いつつ、小柴はひよりの胸を手の平で弄ぶ。


「んっ……な、夏芽ちゃん」


「ほら、ちょっとたぷたぷしているし」


「や、やめてよ~……恥ずかしい」


「も、もう少しだけ……ふす~、ふす~」


 興奮して鼻を鳴らす小柴。


「いい加減にしろ」


 俺は奴の頭にチョップを食らわす。


「あいた~!」


 小柴は頭を押さえて、


「もう、ツグツグの鬼畜ぅ~!」


「うるせえ。ていうか、お前も蛯名のこと言えないじゃないか」


「うっ……だ、だって、ひよりんが可愛すぎるのがギルティーなんだもん」


 小柴は口を尖らせる。


「ひよりのせいにするな」


「何だよ、嫁びいき~」


「小柴ぁ~?」


 俺は両手で拳をつくり、小柴のこめかみをロックした。


「ひゃっ……い、痛い痛い痛い~! グリグリしないで~! この鬼畜ぅ~!」


「うるせえ、罰だよ。お前こそ罪人だ。いつも年上の俺たちをからかいやがって」


「だ、だって、二人をからかうと、楽しいんだもん」


「よし、もっと強めるか」


 グリグリッ、と。


「んあああああああああああああああぁん!」


 小柴の絶叫が響き渡る。


 そこで、俺はハッとした。


「っと、悪い。力を入れ過ぎたな」


 俺が慌てて手を離すと、小柴は息を切らせながら、少し涙目で俺を睨む。


「……ツグツグのエッチ」


「な、何でだよ?」


「あたし、ツグツグに犯されちゃった……」


「って、おい! ひよりの前で変なこと言わないでくれ……」


「じゃあ、お返しに……デコピンさせて?」


「はぁ?……まあ、良いけど」


「じゃあ、行くよ~?」


 小柴は笑顔で俺にデコピンをした。


「……っ。これで満足か」


「うん」


 小柴はニコリと笑う。


「あ、ごめんね、ひよりん。旦那さまとイチャイチャしちゃって」


「別にイチャイチャしてねえから」


「またまた~、ツグツグってば照れちゃって~」


「照れてねえから!」


 俺と小柴が言い合っていると、ひよりがくすっと笑う。


「何か楽しいです」


「ひより?」


「あ、ひよりんのお墨付きをもらったよ。じゃあ、もっとイチャついちゃう? ツグツグ?」


「悪いな。俺はお前みたいにやかましい女は、タイプじゃないんだ」


「ガーン!……良いもん。この映画を焼き増しして、みんなに配りまくってやる」


「おい、絶対にやめろよ」


 俺と小柴がまた睨み合っていた時。


 ピリリ、と電子音が鳴った。


「あ、私です」


 ひよりはスマホを手に持った。


 そして、画面に目を落とした瞬間、その目が一気に強張る。


「ひより? どうした?」


 俺が問いかけるも、ひよりはすぐに返事をできない。


 気になった俺は、悪いと思いながらも、ひよりのスマホの画面を覗いた。


「……なっ」


 そこに表示されていたのは、安藤マリナの名前だった。


「ひより……」


 俺がそっと背中に触れてやると、ひよりはハッとした顔を上げる。


 そして、俺に笑顔を向けると、通話ボタンをプッシュした。


「もしもし……」


 ひよりは弱々しくも、ちゃんと電話に出た。


 それから、ひよりは小さな声でいくつか相手とやり取りをしていた。


「……えっ? 秀次さん?」


 俺の名が出ると、ひよりはこちらに目を向ける。


「秀次さん、マリナちゃんが話したいって」


「俺と?」


 俺はわずかに眉をひそめる。


「分かった」


 ひよりからスマホを受け取る。


「もしもし」


 俺が言うと、


『その声、秀次ね?』


「そうだが……お前に名前で呼び捨てにされる覚えはない」


『ちょっ……いきなりウザいんですけど』


「で、何の用件だ? また、ひよりに嫌がらせをするつもりか? あまりしつこいと、俺も本気で怒るぞ?」


『なっ、マ、マジになってんじゃないわよ』


「で、何だ?」


『あー、もう本当にムカつく。あのね、うちのパパがあんたに会いたがってんのよ』


「パパって……ひよりの義理のお父さん……だよな?」


『まあ、そうね』


「それは……俺が勝手にひよりを自分の所に連れて来たことで話があるとか?」


『それもこれも含めて、話があるみたいだから。今度の休み、ひよりも連れて来なさい』


「ちょっと待っていろ」


 俺はスマホを耳から離して、ひよりを見た。


「ひより、お前の義理のお父さんが、俺に会いたいそうだ」


とおるおじさんが……?」


 ひよりが小さく目を丸くした。


「どうする? ひよりも一緒に来て欲しいって」


 俺が問いかけると、ひよりは顔をうつむけた。


 正座していた膝の上に置く手がぎゅっと握られる。


「……行きます」


 ひよりは言った。


「そうか、わかった」


 俺は頷き、


「分かった、今度の休みにひよりと二人で行くよ」


『あら、そう。せいぜい、気の利いた手土産の一つでも持って来ることね』


「それ、自分で言うか? お前は本当に性格が悪いよな。ちょっと引くレベルで」


『ぬぁっ……こ、この、さっきから……』


 電話越しにも、安藤マリナが怒りで小刻みに震えている様子が伝わって来た。


 すると、俺の肩がちょんちょんとつつかれる。


「ねえ、ツグツグ。電話の相手って、ひよりんをいじめていた奴なんだよね?」


「え? ああ、そうだけど」


「ちょっと代わって」


 俺は少し迷ったが、小柴にスマホを渡す。


 小柴は電話に出る前に、スピーカーボタンを押した。


「あー、もしもし? 性悪女さんですか?」


『はあぁ!? ていうか、あんた誰よ!?』


「言っておくけどね、あんたのファッション、あたしらJKには全然響いてないから! 性格の悪さが滲み出てんのよ、このクソビッチ!」


『なっ……!? こ、このクソガキィ! あんた誰なのよ!?』


「あたしは小柴夏芽。超絶かわいいギャルJKでコンビニバイト。そして……ひよりんとツグツグの……親友だよ」


『はぁ~? JKのクソガキが何をほざいてんだ!』


「ガキはあんたでしょーが。話は全部、ツグツグたちから聞いてんの。あんた、訴えられてもおかしくないよ?」


『うっ……訴えるとか、意味分かんないし。あたしは別に、ひよりに対して普通に家族として接していただけだし~?』


「けど、ひよりんずっと、泣いていたよ?」


 小柴の言葉に、安藤マリナは押し黙る。


「まあでも、ひよりんは可哀想じゃないよ。だって、ツグツグがいるし。ついでに、あたしもね」


 そう言って、小柴は俺とひよりを見てウィンクした。


 ひよりは小さく微笑む。


 俺もまた、微笑んだ。


「そう言う訳だから、性悪女さん。もう下らないイジメはやめなよ? 良いね?」


 小柴が言うと、


『…………ちっ、ウザ』


 安藤マリナは小さくそう漏らした。


「とりあえず、まあ。今度の休みに行くから」


 俺は端的に伝える。


『あっそ。来たけりゃ来れば!?』


「いや、お前が来いって言ったんだろうが」


『うっさい! バカ! 死ね!』


 最後に吐き捨てるように叫んで、通話が途切れた。


「やれやれ……」


「……ぷっ、くくく」


「小柴?」


 見ると、小柴は腹を抱えていた。


「あ、ごめん。ちょっとスッキリしたって言うか……ずっと、言ってやりたかったから。ひよりんをひどい目に遭わせた奴に」


 小柴は体を起こして、二カッと笑って言った。


「夏芽ちゃん……ありがとう」


 ひよりは小さく涙を浮かべる。


「やだもう、泣かないでよ、ひより~ん」


 そう言う小柴も、目の端に小さく涙を浮かべていた。


 二人は小さく抱き締め合う。


「小柴」


「えっ?」


 振り向いた彼女に、


「ありがとな」


 お礼を言った。


「なっ……ツ、ツグツグの……鬼畜」


「何でだよ?」


「鬼畜なのは鬼畜なのぉ~!」


 小柴はそう言って、ひよりの胸に顔をうずめた。


「きゃっ」


「あ~、やっぱりひよりんのおっぱい成長してる~! やっこい~!」


「ちょっ、夏芽ちゃ……んあっ!」


「おい、小柴。ほどほどにしておけよ」


「はーい!」


 小柴は元気よく返事をする。


 ひよりは彼女を甘えさせている。


 そして、俺はそんな二人を、微笑ましく思いながら見つめていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る