28 ちょっとイケないひよりちゃん
半ばふざけた企画として、俺とひよりを主演としたドキュメンタリー映画の撮影が始まった訳で。
それはまあ、割と順調に進んで行った。
けど、撮影が順調であればあるほど、俺のヒットポイントが削られまくったのはなぜだろうか?
「……俺は今きっと、一生分の恥をさらしている」
撮影合間の休憩時間、俺はグッタリとしていた。
ちなみに今は、のどかな公園での撮影だ。
「秀次さん」
その声にふっと顔を上げる。
「お茶、どうぞ」
「ありがとう、ひより」
俺が受け取ると、ひよりは微笑む。
「となり、座っても良いですか?」
「もちろん」
そして、俺とひよりはベンチで隣り合って座る。
「むむっ! これはまた、撮影チャーンス!」
スーパー監督たる蛯名が目をキランと光らせるけど、
「蛯名、ちょっと勘弁してくれ」
俺がクタッとした声で言うと、
「ちぇ~、分かったよ~」
と口の先を尖らせつつも、素直に言うことを聞いてくれた。
「じゃあ、みんなも休憩して~」
「「「は~い」」」
蛯名の指示で、みんなも各々ゆるっと休憩に入る。
普段から賑やかな連中だけど、ダラけた奴らでもあるからな。
ようやく人心地ついた俺は何だか、目がトロンとして来た。
「秀次さん?」
「あ、ごめん」
「良いですよ、少し寝ても。時間が来たら、私が起こしますから」
「ごめん、じゃあお言葉に甘えても良いかな?」
「はい」
ひよりの優しい笑顔を見て、俺は安心したのか。
すぐに、意識が閉じて行った。
◇
秀次さんと二人きりになった私は、少しだけソワソワしていた。
ここ最近は、映画の撮影ということで、なかなか二人だけでゆっくりすることが出来なかったから。
アパートの部屋でも撮影をしていたくらいだし。
けど、それも楽しいと私は思っていた。
秀次さんも嫌そうな顔をしつつも、仲間のみんなと一緒に活動することが、とても楽しそうに見えた。
他のみんなは私たちから離れた所で談笑している。
私はチラッと、となりで居眠りをする秀次さんを見た。
寝顔を見るのは初めてじゃない。
いつも、一緒のお布団で寝ているから……は、恥ずかしい。
改めて見ると、その横顔の凛々しさにハッとさせられる。
でも、今は眠っているから、いつもよりもちょっとだけ隙があって。
それが、可愛い……ダメ、恥ずかしい。
ど、どうしよう。
じっと秀次さんを見ていたら……
キ、キス……したくなっちゃった。
私は他の映研メンバーたちの様子をうかがう。
みんなも今まで私たちのことばかり追っていた反動か、こちらに見向きする気配はない。
これは、行けるかもしれない。
口は無理でも、ほっぺくらいなら……
とくん、とくん、と私の心臓が跳ねる。
チラッとみんなの様子を伺う。
よし、こっちを見ていない。
秀次さんは、まだ眠っている。
チャ、チャンスだ。
大好きな秀次さんの寝顔にキス……出来ちゃう。
普段は憶病な私だけど、ここぞとばかりに勇気を振り絞る。
すっかりキスをする気持ちが高ぶった私は、大げさかもしれないけど決意を固めて、秀次さんの頬にそっと、自分の唇を寄せる。
出来ることなら、その感触をじっくりと味わいたいけど。
私にそんな度胸はないから。
ちゅっ、と。
ほんの一瞬だけ、頬につける程度だった。
それでも、私は顔から湯気が噴き出しちゃうくらい、とてもドキドキした。
し、しちゃった。
眠っている秀次さんのほっぺに、ちゅーを……は、恥ずかしい。
そう、まず襲ってくるのは圧倒的な恥ずかしさ。
それによって、体温が急激に上昇して、頭がパンクしそうな勢いだ。
でも、すぐに、心の芯からじんわりと温かくなる物を感じて。
私は、ふっと心が落ち着く。
秀次さんはまだ眠っている。
その横顔を、私はずっと見つめている。
それだけで、幸せな時間だと思った。
瞬間、ピリリリリ、と電子音が鳴って、
「ひゃうっ!?」
私は激しくビクッとした。
「んっ?」
秀次さんがパチッと目を開ける。
「ああ、ごめん。俺だ」
そう言って、秀次さんはポケットからスマホを出す。
「はい、もしもし……おお、
何やら、秀次さんが弾んだ声を出す。
「え? 今か? あー……」
秀次さんはチラっと私の方を見て、ベンチから立ち上がる。
「え? 学祭? いや、お前は来なくて良いよ」
友達……かな?
きっと、私の知らない。
「いや、女房って……やめてくれよ」
えっ?
「……え? ああ、まあ……お前のことは大切に想っているよ……って、気持ち悪いな」
何だろう、この会話。
「じゃあ、俺はサークルの活動があるから、切るぞ……えっ? 映画だよ、映画。まあ、色々あってな……いや、だから来なくて良いって」
それから、秀次さんは電話相手といくつか言葉を交わして……
「ああ、またな」
電話を切ると、秀次さんはこちらに戻って来る。
「さて、そろそろ休憩が終わるな」
「あ、はい」
「行こう、ひより」
秀次さんは笑顔で私に手を差し伸べてくれる。
私は少しぎこちなく微笑みながら、そっと手を握り返した。
◇
白くオシャレな空間が広がっていた。
けどその中心で、黒い感情がくすぶっている。
「マリナ、あんた最近ずっと機嫌が悪いよね~。どした?」
「え?」
モデル仲間のアンジュが言う。
「別に……」
「いやいや、明らかに別にってことはないっしょ」
アンジュが言うと、私は軽く舌を打った。
「……ウザったい男がいるのよ」
「何、ファンの男にでもストーカーされてんの? それから、別れた元カレとか?」
「どっちも違うわよ」
「じゃあ、誰よ。そのウザったい男って?」
問われて、私は苦虫を噛み潰すような気持ちになった。
「……妹の彼氏」
「えっ? マリナって妹いたの? 弟くんだけじゃなかったっけ?」
「いるのよ、転がり込んだ……ウザムシがね」
「ウザムシって……色々と突っ込みどころがあるんだけど」
「とにかく、そいつ自身もウザいけど、彼氏の方はもっとウザい」
「ケンカでもしたの?」
「したわよ。で、負けたの、ケンヤが」
「ああ、あんたの取り巻きの?」
「全く、どいつもこいつも、使えない」
私は腕を組んでため息をこぼす。
「てかさー、マリナって大学の祭りとか出る?」
「は?」
「学祭よ、学祭。私は、ちょっと自分とこ出てみようかなって」
「キモ。そんな下らない学生のお遊びに付き合って……」
私は一度、言葉を止める。
「マリナ?」
怪訝な顔をするアンジュを前に、
「……ふふふ。良いこと考えちゃった~」
「ちょっ、マリナ。何か悪女の顔をしているんだけど。それ人前ではやめなよ、性格の悪さがモロバレするから」
「安心してちょうだい、もうバレているから」
「まあ、確かにね~」
のんきに頷くアンジュの頭をひっぱたいてやりたい衝動を抑えて、私はスマホを手に取った。
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