27 スーパー監督の手腕

「……あ、ひより。喉、渇いていないか?」


「え? あ、はい。ちょっとだけ」


「じゃあ、俺のお茶、飲む?」


「へっ? そ、そんな……良いんですか?」


「良いよ」


 俺はお茶のペットボトルを手渡す。


「あっ……い、いただきます」


 ひよりは白くほっそりした喉を小さく動かして、お茶を飲む。


「……ふぅ」


 そして、俺をチラっと見る。


「こ、これって……」


「あっ……」


 俺とひよりはお互いにチラッと横目で見合って、そしてお互いに視線を逸らしてうつむいた。


「――はい、カットォ!」


 力強いその声が響き渡る。


「いや~、お二人とも、見事なイチャつきっぷりを見せつけてくれちゃって~!」


 メガホンを手に持つ蛯名はニヤリと笑う。


「いやいや、俺たちは台本に沿って……」


「でも、細かいセリフとか演技指導とかはないっしょ? ほぼフリーな君たちのイチャラブっぷりが今回の映画のウリなんだから」


「なあ、やっぱり死ぬほど恥ずかしいから、降板しても良いか?」


「それはダメ」


「じゃあ、内容をちゃんと演技するやつに変えるとか。あと、カップル同士で主演はやめるとか」


「もう、ワガママだな~。なら、私がヒロインを務めるとか?」


「いや、それは……」


 俺が返答に困っていると、


「……わ、私は」


 ひよりの声にみんなが意識を向けた。


「こ、このまま……秀次さんと、一緒にがんばりたいです」


「ひより……」


 すると、周りのみんながほっこりするような顔で俺たちを見た。


「さすが、ひよたん。で、秀次はどうするの? 可愛いお嫁ちゃんにここまで言わせておいて」


 蛯名が言う。


「分かったよ、俺も最後までちゃんとやるから」


「それでよーし!」


 蛯名はニヒッと白い歯をこぼして笑う。


「じゃあ、次はキスシーンね」


「おい」


「良いじゃ~ん。もう、一度みんなの前でしているでしょ? あちゅらちゅなやつをさ~」


「うるせえよ、バカ」


 俺は額に手を置いてうなだれる。


「わ、私……がんばるよ」


 ふいに、ひよりが言う。


「おおおおぉ~! さすが、ひよたん!」


「ひ、ひより?」


 俺が顔を向けると、ひよりは両腕で力こぶポーズをしながら、


「秀次さん、一緒にがんばりましょう!」


「お、おう」


 可愛い彼女に言われたら、俺はそう言わざるを得ない。


「よっしゃ! そんじゃ、キスシーン本番、気合を入れて撮るよ~! ほら、修也! もっと照明をちゃんと当てて! 伸和はカメラアングルしっかりして!」


「「はいはい、監督さま」」


 二人は若干投げやりに言いつつも、きちんと言われた通りにする。


「では本番、よーい……アクション!」


 マジかー。


 俺はまだ心の準備が整っていなかった。


 けど……


「秀次さん……」


 ひよりがじっと俺のことを見つめている。


 彼女がやる気になっているなら、俺もその想いに応えないといけない。


 二人で……いや、みんなで、楽しい学祭にしようって決めたんだから。


「……あっ」


 俺は優しくひよりの髪に触れると、そのまま自分の方に寄せて、キスをした。


 周りの女子たちが「ふひゃー!」とか叫ぶ。


 蛯名がシーッ、と注意をしていた。


 俺とひよりはそっと唇を離す。


「……はーい、カーット!」


 蛯名の力強い声が響く。


「……やば、ちょっと鼻血が出た」


 そして、監督さんはティッシュを手に取る。


「このエロ監督」


「クビにするぞ」


 コキ使われた腹いせか、修也と伸和が口々に言う。


「何だと~?」


 怒った蛯名は、


「おっぱい攻撃!」


 何を血迷ったのか、アホ二人に向って胸を突き出した。


 Tシャツがグッと引っ張られることで、蛯名の豊かな胸が強調されて、


「「グハッ……!?」」


 今度はアホ二人が鼻血を出して倒れた。


「「「翔子、すご~い!」」」


 なぜか女子たちが賞賛した。


「ふっふっふ。秀次も、ちゃんと演技しないと、私のおっぱい攻撃を食らわせちゃうよ?」


「やめてくれ」


「とか言って、本当は興味あるんじゃないの~? 蛯名ちゃんのGカップおっぱいに……あっ、言っちゃった」


「「ジ、Gだと……!?」」


 それを聞いて、アホ二人はまた血を噴き出して気絶した。


「ちっ、カスどもに知られちまったぜ……まあ、良いや」


 蛯名は俺に対してニコッと笑う。


「ふふふ、秀次。私のおっぱい、興味持ったっしょ?」


「いや、だから……」


「おっぱい攻撃、しても良い?」


「おい、蛯名……」


 その時、


「ダ、ダメっ」


 ひよりが小さく叫んだ。


「ひよたん?」


「しょ、翔子ちゃん……ダメ」


 珍しく、ひよりが少し怒ったように、頬を膨らませていた。


 すると、蛯名はニヤリとする。


「じゃあ、ひよたんが秀次にしてあげなよ」


「えっ?」


「おっぱい攻撃♡」


「いや、蛯名お前はバカか?」


 俺が言うけど、


「あ、あの、秀次さん……」


 何やら、ひよりがモジモジとしながら、


「ひ、ひより?」


「え、えっと……お、おっぱい攻撃!」


 そう言って、俺に軽く胸を当てて来た。


 ふにっ、と。


「んっ……!」


「ひ、ひより? 大丈夫か?」


「……ご、ごめんなさい……ちょっと、擦れちゃって」


「お、おい……蛯名のバカの真似はやめておけ」


「は、はい……」


 俺とひよりはまた赤面してうつむく。


 けど、ふと視線を巡らせると、


「……って、お前ら何してんだ!?」


 みんながスマホを構えていた。


「言ったっしょ、秀次。これはドキュメンタリー。普段の何気ない一コマもカメラに収めるのさ~」


 蛯名がニヤリとする背後で、スマホで動画を回すみんなは、


「きゃ~、可愛い~!」


「てか、バカップルすぎてウケる~!」


「いや、バカ夫婦っしょ~!」


「末永くお幸せに~!」


 とかなんとか言われて、メチャクチャ恥ずかしい。


「よーしよし。この調子でドンドン二人をからか……演出しちゃうぞ~!」


「今、絶対にからかうって言いかけたよな?」


 俺はスーパー監督さまに詰め寄る。


「え、えーと……おっぱい攻撃!」


 ポヨン。


「あっ!」


 ひよりが声を出すけど。


「バカ、やめとけ」


 俺は蛯名の額を小突く。


「なっ……!? わ、私のGカップが効かないだと!?」


「当たり前だろ。だって、俺は……ひよりだけだし」


 自分で言っていて、死ぬほど恥ずかしかった。


「秀次さん……」


 ひよりがぴとっと、俺にくっつく。


「ぐぬぬ、悔しいけど……見事だね!」


 蛯名はグッと親指を立てた。


「よーし、みんな! これからも気合を入れて、この二人の恥ずかしいシーンを撮りまくるぞ~!」


「「「おおおおおおぉ~!」」」


「とうとう本音を言いやがったな」


「は、恥ずかしいシーン……はわわ」


 呆れる俺と焦るひより。


 そして、スーパー監督たる蛯名はどこまでも不敵に笑っていた。







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