29 この夫婦が祝福されすぎている

 当たり前かもしれないけど、大学の学祭は、高校のそれよりも規模が大きい。


 とは言っても、高校時代のそれは学生らしい爽やかさに満ちていて、素敵なものだ。


 まあ、俺は野球部の練習が忙しかったから、さほど準備には参加できなかったけど。


 それでも、良い思い出だと思う。


 大学の学祭は、高校のそれをより一層華やかにした感じと言うか。


 ちょっと大人な感じだ。


 手作り感満載というよりも、きちんとした商売施設みたいなテントが立ち並ぶ様を見て、大学一年生の頃は結構驚いた記憶がある。


 とまあそんな感じで、我が大学の学祭は大いに盛り上がりを見せていた。


 一方、俺たちの方はと言うと……


「……まあ、これくらいが落ち着くよね~」


 映画上映の場所は、普段から俺たちが使っている講義室だ。


 大学の講義棟はL棟、M棟、S棟という具合に分けられている。


 その頭文字通り、Lは大きい、Mは中くらい、Sは小さい講義室がある。


 俺らの映画が上映されるのは、M32という講義室。


 俺としては、もっと小規模なS棟の講義室で良かったんだけど……


 ていうか、意外とお客さんがいるし。


 まあ、ひよりは愛されキャラとして同じ女子からも好かれているし。


 俺もまあ、男子たちとは仲が良い。


 つまり、同性から好感度が高い俺らカップルを主演とした映画は、意外にも客を引き寄せて……


「おいおい、マジかよ。あの秀次が……ウケルわ~!」


「きゃ~、ひよりちゃんデレデレすぎ~!」


 ……今正に、俺のライフゲージはゼロ。


 風前の灯だ。


 けど、退場することは許されず。


 真っ白なまま、椅子の上に腰かけていた。


 チラ、と隣のひよりを見る。


 彼女は俺と対照的に真っ赤になっていた。


「いや~、我ながら良い出来だよ~」


 ご満悦そうに言うのは、我らがスーパー監督こと、蛯名だ。


「おい、蛯名。俺たちはもう、キャンパスをまともに歩けないぞ……」


「大丈夫だって。みんな祝福してくれているじゃん」


 蛯名が親指でクイと示すと、


「「「イエエエエエエエエェイ!」」」


 お客さんたちは盛り上がった。


 まるでウチのサークルのアホ野郎どもと一緒だ。


「あ、あの、翔子ちゃん」


「ん? どした、ひよたん?」


「私たち、まだここに居ないとダメかな?」


 おっ、ひよりもさすがに恥ずかしくなって来たか。


 蛯名はひよりには甘いから、ひよりが言えばこの辱め空間から脱出できるかもしれない。


「ダメってことは無いけど……どしたの?」


「あのね、せっかくの学園祭だから……秀次さんと、一緒に回りたいなって」


「なっ!」


 声を上げたのは俺だ。


 蛯名がニヤリと笑う。


 そして、お客さんたちに振り向くと、


「みなさーん! ラブラブ夫婦がご退場なさいまーす! 二人でお祭りを回るために~!」


「蛯名、この野郎ぉ!」


 すると、


「「「ふうううううううううううううううぅ!」」」


 またお客さんどもが沸きやがる。


 クソ、何かムカつくな。


「良いな~、秀次くんは~。可愛い嫁さんと、イチャコラ出来て~」


「全く、見せつけてくれるよね~。自慢かよ~」


 修二と伸和のアホコンビが言うと、俺は軽くキレた。


 ゴチン!


「「あいて~!!」」


 俺にゲンコツを食らった二人は頭を押さえて喚く。


「全く……」


 俺は腰に手をおいてため息を漏らす。


 ひよりと目が合った。


 すると、俺は自然と口元が綻ぶ。


「ひより、一緒に学園祭を回ろうか」


「は、はい」


 嬉しそうに微笑む彼女を見て、俺もまた笑う。


 それから、騒がしい奴らに茶化されながら、講義室を出た。


 スタスタと歩いて、講義棟も出ると、賑やかな学祭の光景を目の当たりにする。


「そういえば、ひよりと祭りを回るのは2度目だな」


「えっ?」


「ほら、夏祭り」


「あっ、そうですね」


「あの時は……」


 言いかけて、俺の脳裏に蘇る記憶。


 浴衣がはだけたひよりのことを思い出して、思わず顔が熱くなった。


「秀次さん? 大丈夫ですか?」


「……ああ、何でもないよ」


 俺は口元を押さえながら言う。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 俺とひよりは手をつないで歩き出した。




      ◇




 あの映画効果だろうか。


「おっ、ラブラブ夫婦のご来てーん! 何にするよ?」


「秀次ぅ~、嫁さんを幸せにしろよ~!」


「ひよりちゃ~ん、おめでと~!」


 俺たちはありがたいことに学祭の至る所で祝福された。


 最初は辟易としていた俺だったけど。


 隣を歩くひよりが、照れながらも嬉しそうに微笑む姿を見て、次第に心が穏やかになって行った。


「秀次さん、楽しいですね」


 笑顔で言う彼女を見て、


「ああ、楽しいな」


 俺もまた、自然と笑顔になれた。


 その時、プツ、プツ、と音がする。



『え~、経済学部2年生の松尾秀次さん。並びに、経済学部2年生の安藤ひよりさん。至急、学祭ステージまで来て下さい!』


 そのアナウンスを聞いて、俺は軽くギョッとした。


「な、何だ? どうして俺らが……」


 戸惑う俺のことを、周りの知っている奴らが見ていた。


「……仕方ない、行くか。ひよりは……」


「秀次さん、私も行きます」


「良いのか?」


「もちろんです。私は秀次さんの……はうううぅ~……」


 そんな風に照れて可愛らしい声を出すひよりを見て、俺は和む。


「じゃあ、一緒に行こうか」


「は、はい」


 俺はひよりの手を引っ張って、軽く駆け出した。




      ◇




 息を弾ませて、ステージまでやって来た。


 そこには大勢の観客が詰め寄せている。


 学外からもお客さんが来ているから、人口密度がすごい。


「え~、松尾さ~ん、松尾秀次さんはまだかにゃ~? 安藤さんは~?」


 司会の女子がマイクを通して言うので、


「あ、ここにいまーす!」


 俺は声を張り上げて言った。


「あ、良かった。来てくれた~!」


 司会の女子がホッとしたように言う。


 観客の視線もこちらに向いた。


「すみませ~ん、ステージまで来てもらえます?」


 俺は困惑する。


 何やら、わざわざ学祭のスタッフが観客をかきわけて来て、


「どうぞ、こちらへ」


 と誘導される。


 そのまま、俺とひよりは手をつないだまま、ステージへと上がった。


「ようこそ、おいでくださいました~!」


 司会の女子は声を響かせる。


「いや、あの……これは一体……」


「実はねー、今日のスペシャルゲストが、君たちのことをお呼びなのニャ~」


「えっ? スペシャルゲスト?」


「では、ご登場いただきましょ~! この方でーす!」


 司会の女子が言うと、ステージ脇のカーテンから人影が姿を見せる。


 コツ、コツ、とヒールの音が鳴っていた。


 次第に浮かび上がるそのシルエットを見て、俺は背筋がゾクリとする。


「お、お前は……」


 目の前に現れた奴を見て、俺は歯噛みをする。


 そして、ひよりは……


「……マ、マリナ……ちゃん?」


 怯えたように言うひよりを見て、奴は――安藤マリナは、ニタリと笑った。


「会いたかったわよ……ひ・よ・り」







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