26 まさかのコンセプト

「学祭で映画の上映……ですか?」


 ひよりは自分の体を洗いながら言う。


「うん、そうなんだよ」


 俺は湯船に浸かりながら頷いた。


「全く、今までそんなことしなかったのに、急に何を言い出すんだかって。撮影とか編集とか、諸々の技術が不足しているだろうに……」


 言って、俺はハッとする。


「あ、ごめん。何か愚痴っぽくなっちゃって」


「良いですよ。秀次さんの愚痴、いくらでも聞きます」


 ひよりはニコリと笑って言う。


「ありがとう」


 俺も微笑んで言う。


 シャワーを止めると、ひよりは立ち上がる。


 そして、湯船に浸かるのだけど……


「えっ?」


 この前は、お互いに向かい合うようにして入っていた。


 けど今日のひよりは、俺に背中を向けながら寄り添い、ちょこんと体育座りのような格好になった。


「ひ、ひより?」


 俺が呼びかけると、ひよりは小さく顔を向ける。


「ダ、ダメですか……?」


「いや、ダメってことはないけど……ドキドキするな」


「わ、私もです」


 俺とひよりはお互いに照れてしまう。


「ああ、そうだ。映研の学祭に参加するっていう話の続きだけどさ」


「はい」


「何か……俺とひよりを主演にして映画を撮りたいって」


「……へえええぇ!?」


 ひよりの驚いた声が浴室の壁に反響する。


「わ、わた、私が……秀次さんとえ、映画で主演……ですか?」


「うん。まあ、あいつらもどこまで本気なのか分からないけどな」


 俺は苦笑する。


「そうですか……」


「ひよりも、やっぱり困っちゃうよな?」


「……でも、ちょっと興味はあります」


「えっ?」


 意外な返答に目を丸くすると、ひよりがまたこちらを見た。


「すごく恥ずかしいけど……でも、秀次さんとの素敵な思い出になるかなって」


「あっ……」


 俺はひよりの純粋な目を見て、声が抜け落ちる。


「……じゃあ、また一緒に映研に顔を出すか? 何か明日にでも、話し合いをするってさ」


「そうなんですか」


「夏休みはあと1ヶ月あるから、ここで色々とやり込むって算段らしいな」


「学祭って、いつでしたっけ?」


「11月の上旬頃だな。まあ、今からやれば間に合わないことも無いかもしれないけど」


「ふふふ」


「ひより?」


「あ、いえ。何て言うか、その……楽しそうだなって」


「そうかな? まあ、高校生の時の文化祭を思い出すけど」


「そうですね」


「ひよりはどんな感じだったの?」


「私は……そんなに目立つ存在じゃなかったので、明るく盛り上がるみんなを陰から見ている感じ……でしたね」


「そっか……」


「あ、ごめんなさい。暗い話になっちゃって」


「良いよ、そんなこと気にしないで」


 俺はひよりを抱き締める。


「あっ……」


「じゃあ、今度の学祭は、一緒に楽しもう。な?」


「秀次さん……」


 ひよりは潤んだ瞳で俺を見つめる。


 俺は彼女の華奢な肩に触れながら、キスをした。


 軽く唇を吸って離すと、ひよりがピクっとした。


「……可愛い」


「……う、嬉しいです」


 その後、しばらく。


 俺とひよりは湯船の中でくっついていた。




      ◇




 翌日。


 俺はひよりを連れて、映研の部屋にやって来た。


「あっ、ひよたん!」


 いの一番に、蛯名が声を上げた。


「会いたかったよ~!」


 そして、すぐに抱き付く。


「しょ、翔子ちゃん。久しぶりだね」


「本当だよ~……くんか、くんか」


「おい、蛯名」


「ちょっと待って、秀次」


 制止しようとした俺をさらに制止する蛯名。


 そして、真剣な眼差しでひよりの匂いをかぐ。


「くんくん、くんくん……こいつはぁ……ちょっとばかし、大人な香りがするようになったね~、ひよたん?」


「しょ、翔子ちゃん……」


「秀次にいっぱいエッチなことされたのかな~?」


「やっ、翔子ちゃん、そこは……あっ!」


「フヘヘヘヘ」


 ベシッ!


「あいた~!」


「蛯名、いい加減にしろ」


 俺に頭を叩かれた蛯名は軽く涙目で睨んだ。


「秀次のケチ。良いじゃんか、ちょっとくらい」


「ダメだ。ひよりは俺の……」


 言いかけて、俺はハッと口元を押さえる。


「え? ひよりは俺の何かな~?」


 蛯名がニヤニヤしながら言う。


「ほら~、秀次ぅ、言えよ~!」


「もうバレバレなんだからさ~!」


 修也と伸和のアホコンビを始め、他の映研メンバーも茶々を入れて来る。


「だから、ひよりは俺のかの……」


 言いかけて、俺はひよりを見た。


 小首をかしげる彼女を見て、俺はふっと微笑む。


「ひよりは俺の嫁だ」


「「「えっ……!?」」」


 その場のみんなが驚きの声を上げる。


「だから、誰も手を出すなよ」


 俺は言った。


 賑やかだった場が一気に静まり返る。


「……ひ、秀次さん」


 すると、ひよりがか細い声を発した。


「う、嬉しいです……」


 頬を赤く染めて、両手で口を押さえながら。


 ひよりは俺のことを見つめている。


「な、何だこれは……」


「ガチのやつじゃん……」


 修也と伸和が言う。


「……よーし、決めた」


 ふいに、蛯名が言う。


「実は、私なりに映画の脚本を考えてみたんだ」


「蛯名が?」


 俺が言うと、蛯名は得意げに頷く。


「まだほんの触りだけど、見て」


 蛯名はその脚本の紙を俺に渡す。


「どれどれ……」


 読み始めてしばし、俺は固まった。


「……なあ、蛯名」


「どした、秀次?」


「何で……役名が俺とひよりのまんまなの?」


 俺がぎこちなく笑いながら言うと、


「うん、フィクションじゃなくて、ドキュメンタリー風にしようかなって」


「ドキュメンタリー?」


「そう。秀次とひよたんの、イチャラブっぷりを思う存分、見せつけちゃえ!」


 蛯名はグッと親指を立てた。


「……ひより、帰ろうか」


「秀次さん?」


「ちょっ、待ちなさーい!」


「何だよ、蛯名?」


 俺は眉をひそめて言う。


「ドキュメンタリーって、俺たちの私生活を撮影するってことだろ? 嫌だよ、そんなの」


「もちろん、プライベートにそこまで干渉しないよ」


「そうなのか?」


「うん。ほら、役者として違う人物と名前を演じると、何か寂しいなって。せっかく二人は積み上げて来た時間があるんだから、それを表現しないと」


「じゃあ、この映画のコンセプトは何だよ? わざわざ、学祭でやる意味があるのか?」


「まあ、ぶっちゃけ、ウチらだけで鑑賞しようかなとおも思ったけどさ~……せっかくだから、今までよりも積極的に学祭に参加したいじゃん。来年には就活が始まるから、思い切り楽しめるのは今年がラストチャンスだよ」


 蛯名が言うと、みんなが少し神妙な面持ちになった。


 そう、今のサークルを動かしているのはほぼ2年生だ。


 3、4年生は就活なり卒論なりで忙しいからほぼ来なくなる。


 元より、そんなにやる気のあるサークルじゃないし。


「自分で言うのもなんだけど、私らって結構仲良しじゃん? だから、みんなで思い出を作りたいなって。新しく仲間になってくれた、可愛いひよたんも一緒に」


「仲間……私が?」


 ひよりは目を丸くした。


「そうだよ。ていうか、親友だし」


 蛯名が言うと、ひよりの目がジワリとした。


「……嬉しい。ありがとう、翔子ちゃん」


「グハッ……! あ、相変わらず、何て健気な子なんだ~!」


 蛯名はひよりを抱き締めてワシャワシャとする。


 普段なら怒って止める所だけど、今この時だけは許した。


「……良いよ」


「えっ?」


「その映画、撮ろう」


 俺が言うと、蛯名を始めみんなが目を丸くした。


「良いの?」


「もちろん、ひよりが良ければだけど……」


 俺が言うと、


「……私も、やりたいです」


 ひよりも頷いた。


「「「おおおおおおぉ~!」」」


 部屋の中が一気に盛り上がる。


「よーし! こうなったら、スーパー監督たるこの蛯名ちゃんが、バシッと素晴らしい脚本を考えたるよ!」


 いつの間にかハリセンを持っていた蛯名がテーブルを叩いた。


「蛯名、あまり気合は入れなくて良いぞ」


「そうだね、ゆるっと楽しめる感じの映画にしようか」


「ああ、それで行こう」


「と言うことは、のんびりリラックスしている、ひよたんの入浴シーンも撮影せねば……あいた!」


「お前、クビにするぞ」


「ちょっ、役者が監督に逆らうな~!」


 蛯名がポカポカと俺を殴って来る。


「分かった、分かったから」


 俺はため息を交じりに言う。


「まあ、何だ……ちゃんと健全な映画にしてくれよ?」


「りょーかい!」


 蛯名は威勢よくビシッと敬礼する。


「本当に大丈夫かな……?」


「秀次、私を信じて!」


「分かったから、落ち着け」


「ふふふ」


 尚もため息が止まらない俺のとなりで、ひよりは微笑んでいた。







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