第2章
25 もうお嫁さん
私は一人で部屋にいた。
大好きな人の洗濯物をたたんでいる。
それだけで、幸せな気持ちになってしまう。
「あっ……」
ズキリ、と下腹部の奥の方が、少し疼いた。
それは痛みだけど、決して不快なものじゃない。
幸福の痛みと言うか……
あれから、もう数日が経つのに。
まだ、私の中に秀次さんがいるみたいで……ドキドキしちゃう。
「……は、恥ずかしい」
私は自分の下腹部を撫でながら、色々と思い出して……一人で赤面してしまう。
「……秀次さん、すごかったな」
体もたくましいけど……って、私は何を考えているの!
「ひゃ~……」
私は変な声を出して顔面を押さえた。
い、いけない。
そんなふしだらな子になったら……
――このビッチが。
あの人の声を思い出して、ズキリと胸が痛む。
私は胸を掴みながら、軽く喘いだ。
「……ち、違うもん。私のこの想いは……一途なんだから」
今までだったら、私はその声を思い出しただけで心が折れてしまった。
けど、今の私には……秀次さんが居てくれる。
今度は、不思議と手の平がじんわりと温かくなった。
そうだ、秀次さんと繋がったのは、こっちも一緒だ。
ここからもらった温もりが伝わって、私の心を温めてくれるんだ。
「……大好き、秀次さん」
私は彼の洗濯物を抱き締めながら、ひたすらに帰りを待っていた。
◇
「……で、秀次よ。安藤ちゃんとはエッチしたのか?」
賑やかな居酒屋にて繰り広げられるのは……下世話トーク。
「ノーコメント」
「あ、ずりぃぞ」
修也がグラスを片手に俺を睨む。
「教えて下さいよ~、秀次さ~ん」
伸和がへらっとした顔で言うけど、
「ノーコメント」
俺はそれを貫く。
「ていうか、それを聞いてどうするんだよ?」
「「え? からかうに決まってんじゃん?」」
「お前ら……」
俺は軽く怒りを覚えて拳を振るわせる。
「ふぅ~む……」
いつの間にか、蛯名が俺の前にいて、小難しい顔でジーッと見ていた。
「な、何だよ……」
俺はたじろぎつつ、蛯名に言う。
すると、蛯名の口がニィ、と笑う。
「やったね、秀次」
そう言って、俺の肩をポンと叩いた。
「なっ……」
「「何だってええええええええええええぇ!?」」
修也と伸和のユニゾンしたバカデカい声に、他のみんなも反応する。
「なになに、どーしたの?」
「おい、聞いてくれよ。ついに秀次が安藤ちゃんと本番エッチを……むぐぐ!?」
「こら、黙れ~!」
俺は必死に修也の口を押えるが、
「秀次ぅ~、恥ずかしがることじゃないよ~」
蛯名が茶化すと、みんながドッと笑った。
「おい、勘弁してくれよ……」
俺がうなだれると、蛯名はバシ、バシと俺の背中を叩く。
「へこむな、秀次。愛するお嫁ちゃんと結ばれたんだろ?」
蛯名に言われて、俺は観念する。
「はぁ~……そうだよ」
俺が白状すると、その場が最高潮に沸いた。
「「「イエエエエエエエェイ!!!」」」
「お前ら! 他の人の迷惑になるから、静かにしろ!」
俺が叱っても、こいつらは一切聞く耳を持たない。
まあ、いつものことだけど。
「これはもう、アレだな。アレをやるっきゃない」
修也が言う。
「何がだ?」
「後期の学祭、俺らも出ようぜ」
「は? いきなりどうした?」
俺が眉をひそめて言うと、
「俺らって、一応は映研だろ?」
「まあな」
「だからさ、映画を撮ろうぜ」
「は?」
「主演はお前と安藤ちゃんで」
「はああああぁ?」
いよいよもって、意味が分からない俺は軽くキレそうになった。
「お、それ良いな~。修也にしては珍しく、良い提案じゃん」
「伸和、悪ノリはやめろ」
「ノンノン、これは良いノリなのです」
蛯名が言う。
「みんなもそう思うよね?」
「「「イエエエエエエエェイ!!!」」」
また、異様な盛り上がりを見せつけられてしまう。
俺はガックリとうなだれた。
そして、周りが騒がしくなればなるほど、ひよりのことが恋しくなった。
また、二人だけのゆっくりとした時間を過ごしたい。
「でさ、秀次ってち◯こも立派なのか?」
修也が言うと、俺はとうとうブチ切れた。
◇
玄関ドアを開ける。
「ただいま~……」
俺は酒には強い方だけど、今日はさすがに参ってしまった。
「おかえりなさい、秀次さん」
けど、我が家に帰ると、そんな疲れはすぐに吹き飛ぶ。
「ただいま、ひより」
エプロン姿の彼女がそばにやって来た。
「どうでした、映研のみなさんとの飲み会は」
「うっ……まあ、ちょっとね」
「秀次さん?」
ひよりが小首をかしげる。
「いや、何でもないよ」
「そうですか……あの」
「ん?」
ひよりはもの言いたげな瞳で、じっと俺のことを見つめている。
俺もバカじゃないから、彼女の言いたいことは分かった。
「ひより」
俺が呼んで、そっと顔を寄せると、彼女は目を閉じた。
優しくキスをする。
ひよりの唇の柔らかさを少し味わってから、離れる。
「……嬉しいです」
「ひより……やっぱり、お前は可愛いな」
「はううぅ~……」
ひよりはまた赤面する顔を押さえて身悶えしている。
「あ、あの……お酒を飲んだ後にサッパリするよう、お茶漬けを作ったんですけど」
「え、本当に?」
「た、食べますか?」
「もちろんだよ」
俺が笑って言うと、ひよりも嬉しそうに笑う。
「あ、先にお風呂どうぞ。沸かしてあります」
「ありがとう。ひよりは本当に気が利くな」
「あ、あの……」
「ん?」
「私、秀次さんのお嫁さんになれますか?」
そのいじらしい顔と声に俺はドキリとした。
「……もう、なっているようなもんだろ」
俺が照れながら言うと、ひよりはハッとする。
そして、彼女もまた照れたように微笑んだ。
「……お風呂、一緒に入ろうかな」
「えっ」
「ダ、ダメですか?」
「い、いや、そんなことは……うん、入ろうか」
「う、嬉しいです」
そんな風にどこまでも可愛いひよりの頭を、俺は優しく撫でた。
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