番外編 休憩ガールズトーク

「ねえねえ、ひよりん」


 バイトの休憩時間になると、小柴さん……夏芽ちゃんはウキウキとしながら私に声をかけてきた。


 いつもそんな感じの彼女だけど、今日は特にウキウキだ。


 その理由はもちろん……


「ツグツグと付き合うことになった詳細プリーズ!」


「え、えっと……」


「ていうか、絶対にサークルの合宿がきっかけだよね? あ~ん、もう! こんなことなら、あたしも一緒に行けば良かった~!」


「あはは……」


 私は苦笑する。


「で、どういう流れで付き合うことになったの?」


「えっと、それは……」


 私は脳裏にを思い浮かべて、少しためらう。


「実は……」


 そして、私はことのあらましを、夏芽ちゃんに話した。


「……マジで? あの神月マリナが、ひよりんの……家族だったなんて」


「義理だけどね……」


「ていうか、ひよりんを苛めていたなんて、許せない! まあ、人気モデルだけど、絶対に性格悪そうだなって、みんなで言っていたから」


「そ、そうなんだ」


「でも、ツグツグが守ってくれたんだ……さすが、あたしの見込んだ男だね」


 夏芽ちゃんは腕組みをして頷く。


「うふふ」


「あ~、あたしもその決定的な瞬間を見たかったよ~……クソ、あの百合女さんめ」


 夏芽ちゃんは恨みを込めた視線を、今ここに居ない翔子ちゃんに向けていた。


「じゃあ、晴れてカップルになったこの夏休みは、デート三昧かな?」


「ど、どうだろうね?」


「だって、大学生の夏休みって長いんでしょ?」


「う、うん。2ヶ月くらい」


「うらやま! じゃあ、そんだけ長かったら……」


「ん?」


「……本番エッチ、しちゃうんじゃない?」


 私は一瞬、夏芽ちゃんが言うことの意味に理解が追い付かなかった。


 けど、やがて……


「……はうううぅ~」


「出た、ひよりんの可愛いやつ!」


 夏芽ちゃんは満足げに言う。


「か、からかわないでよ~」


「えへへ~、ひよりんが可愛いのがいけないんだぞ~」


 うぅ、私は年下の女の子に良いようにされて……


 まあ、夏芽ちゃんの方が色々と経験がありそうだから、仕方ないかな。


「夏芽ちゃんは、彼氏とかいるの?」


「へっ? いや、あたしは……い、いないよ」


「そうなの? モテそうなのに」


 私が言うと、夏芽ちゃんの顔が途端に赤くなる。


「あっ……あたしのことは良いの! 今はひよりんの話!」


「ご、ごめん」


「でも、ちょっと心配だなぁ」


「心配って?」


「だって、二人は大学生のくせに、今までカメさんみたいなペースで進んで来たでしょ?」


「ま、まあ……」


「だから、そんなに長い夏休みがあっても、ロクに手すら握れずに終わっちゃうんじゃないかな~って。だとしたら、初体験なんて夢のまた夢だね~」


「あはは……」


「あっ、ひよりんって、経験は……」


「な、ないよ……」


「そっか。じゃあ、あたしと一緒だね」


「えっ、夏芽ちゃんも?」


「あたし、こう見えて純情だから。本当に惚れた男にしか、大事なものはくれてやらなーい!」


 夏芽ちゃんは言う。


「だから、ひよりんが羨ましいよ。もう、運命の人を見つけちゃったんだから」


「ご、ごめんね」


「もう、何で謝るの。そこは『どうだ!』って、胸を張って良いんだよ」


「で、でも、私は胸が小さいから……」


「あたしだってちっちゃいよ! って、何を言わせるんだ~!」


 夏芽ちゃんが私にじゃれついて来た。


「きゃっ」


「揉んでやる~! ひよりんの可愛いおっぱいを揉んでやる~!」


「んっ……やぁ!」


「ぐへへ~……って、これじゃあの百合女さんと一緒だ~!」


 夏芽ちゃんは頭を抱えて叫ぶ。


 その時、事務所のドアが開く。


「おい、小柴。うるさいぞ。お前のやかましい声が店まで聞こえてんだよ」


 秀次さんが顔を覗かせて言った。


 私はドキリとする。


「あっはは~、メンゴ、メンゴ~」


「お前は一向に反省しないな……ん? ひより、どうした?」


「い、いえ、その……」


 さっきの会話も、聞かれちゃったのかな……?


 ダ、ダメ、恥ずかしくて聞けないよ~!


「おい、小柴」


「何だよ、ツグツグ?」


「あまり、ひよりをからかうなよ? 年上のお姉さんなんだからな?」


「分かっているよ。ちょっと、おっぱいは揉んだけどね」


「なっ……バ、バカ野郎」


「羨ましいっしょ?」


「はぁ? お前は何を言って……あっ、いらっしゃいませ~!」


 来店があったのか、秀次さんは途中で言葉を切り上げた。


 そして、最後に夏芽ちゃんを軽く睨む。


「小柴、分かっているよな?」


「任せておいて」


「信じられん」


 最後にそう言って、秀次さんはドアを閉めた。


「……はぁ~。ツグツグもひよりんも、実にからかいがいがあるよ」


「な、夏芽ちゃん?」


「あ、今のはツグツグに内緒ね~?」


 指を唇に置いて、夏芽ちゃんは可愛らしく言う。


 さっき、秀次さんも言っていたけど。


 私はこの子よりも年上のお姉さんなんだから。


 ここは少し、ビシッと言ってあげないと。


「夏芽ちゃん」


「なに、ひよりん?」


「あ、あまり、年上の人をからかっちゃいけません!」


 私はつい声が大きくなってしまい、慌てて口を押える。


 どうしよう、秀次さんにまた迷惑をかけちゃったら……


 すると、目の前の夏芽ちゃんがニヤニヤとしていた。


「ひよりん」


「な、なに?」


「背伸びする感じが、すごく萌える♡」


「も、萌える……って」


「ひよりん、萌え~!」


 夏芽ちゃんはまた私に抱き付く。


「な、夏芽ちゃん……」


「だいじょーぶ、今度はおっぱい触らないから」


「そ、そういう問題じゃないよ~!」


 何だかんだ、私は最後まで、年下の彼女にからかわれちゃいました。







 (了)







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