23 夏祭りでデートする

「ひより」


 キッチンで料理をしていた彼女に呼びかける。


「どうしました、秀次さん?」


「今度、一緒に夏祭りに行かない?」


「夏祭り……ですか?」


「うん、そう。ひよりと二人で行ったら、きっと楽しいと思うんだ」


 ひよりはおたまを鍋のふちに置いた。


「い、行きたいです」


「本当に? 良かった」


「でも、秀次さん……私、浴衣を持っていないです」


「ん? 普段着でも大丈夫だよ?」


「そ、そうかもしれませんけど……」


 ひよりは目を伏せつつも、頬を赤らめている。


「じゃあ、浴衣を買うか」


「へっ? あ、ごめんなさい。そんなおねだりをするつもりは……」


「良いよ。ひよりのおねだりなら、俺は何でも聞いてあげたい」


「ひ、秀次さん……」


「とは言っても、俺もそこまでお金がある訳じゃないから……あ、そうだ」


 俺はポンと手を打つ。


「ひより、浴衣を買ってあげられないけど、着せてあげることは出来るよ」


「えっ?」


「レンタルしよう、一緒に」


「レ、レンタル? 一緒に……?」




      ◇




 夏の夜空に響き渡るのは。


 陽気な笛の音色。


 そして夜風に乗って、いくつもの美味なる香りが漂って、さらに人々を陽気な気持ちにさせてくれる。


「ひより、似合っているよ」


 俺はそばにいる彼女にそう言った。


「ほ、本当ですか?」


 黄色を基調とした浴衣は、ひよりにとてもよく似合っていた。


 小柄なひよりの可愛らしさをより引き立ててくれている。


 また、決して濃い黄色ではないので、少しばかり大人の階段を上りつつある、女性の色香もきちんと醸し出している。


 いや、大人の階段を上るって……


「ひ、秀次さんも、浴衣姿……かっこいいです」


「そうか? ありがとう」


 照れたように言うひよりを見て、俺は微笑む。


「じゃあ、行こうか」


「はい。けど、すごい人ですね……」


「うん、だから……」


 俺はすっとひよりに手を差し出す。


「つなごうか」


「は、はい」


 ひよりは遠慮がちに俺の手を握った。


 二人で祭りの喧騒へと入って行く。


「ひより、何か食べたい物はあるか?」


「そ、そうですね……秀次さんは何が良いですか?」


「う~ん……あっ」


 俺は一軒の屋台に目を留める。


「たこ焼き、食べようか?」


「食べたいです」


「よし、行こう」


 俺はひよりの手を引いて、そこに向かう。


「すみません、たこ焼きの……6個入りを1つください」


「あいよ!」


 気前と人の良さそうなおじさんがパパッとたこ焼きを用意してくれる。


「500円ね!」


「はい」


「毎度あり!」


 俺は辺りを見渡して、休憩スペースを見つける。


「食べようか」


「はい」


 俺とひよりはつまようじを持った。


「「いただきます」」


 そして、一緒にたこ焼きを頬張るけど……


「「あ、熱いっ……!」」


 二人して口元を押さえる。


 けど、すぐに笑い合った。


「美味しいな」


「はい、美味しいです」


「でも、、口の中がやけどしそうだ……あ、ひより。ちょっと待っていて」


「あ、はい」


 俺はサッとその場を離れて、またすぐに戻る。


「これで、少しは冷ませるかな? 炭酸だけど」


「ラムネ……ですね」


「うん」


 俺は頷きながら、ビー玉を押し込んだ。


 ぷしゅっ、と気の抜ける良い音がする。


「ひより、飲むか?」


「いえ、そんな、秀次さんが先に」


「じゃあ、遠慮なく」


 俺はぐいとラムネを飲む。


「ど、どうですか?」


「うん、美味しいよ」


 俺は笑って言う。


「ひよりも、飲んでみなよ」


「あ、えっと……」


「ん? あっ」


 そこで、俺はようやく気が付く。


 俺が買って来たのは、1本のラムネ。


 そう、


 それはもう、無意識的に。


 何もそこに目論見などない。


 ただ純粋に、ひよりが口のなかをやけどしないようにと思って……


「ご、ごめん。もう1本、買って来るから」


 俺は慌てて立ち上がろうとする。


「秀次さん」


 ひよりの声に止められる。


「だ、大丈夫です……」


 そう言って、ひよりは俺が口を付けたラムネをじっと見つめる。


 そして、手に取るとクイと傾けて飲んだ。


「……美味しいです」


「そ、それは良かった」


 俺は何だかドキドキしてしまう。


 それから、俺とひよりはたこ焼きを食べ終えると、二人で祭りを堪能する。


 焼きそばを食べたり、わたあめを食べたり、射的をしたり、輪投げをしたり……


 今までも、何度か経験があることなのに……となりに大好きな彼女がいるだけで、見える景色がこんなにも違うなんて。


 まるで、夢みたいだ。


「……夢みたいです」


 自分の想いとひよりの言葉がリンクして、俺は胸がドキリとする。


「ひより?」


「私が、大好きな……秀次さんと一緒に、こんな風に夏祭りを楽しめるなんて」


 微笑む彼女がとても愛らしくて。


 俺はつい一人占めにしたいと思ってしまう。


「……ひより、少し休憩しないか? 慣れない下駄で歩いて疲れただろ?」


「あ、はい」


 そして、俺はひよりを連れて、祭りの喧騒から少し離れて行く。


 神社の境内にやって来た。


 そこは少し不気味だけど、シンと静まり返っていて。


 火照った頬と体と心を冷ますには、ちょうど良かった。


 やしろの階段に座る。


「……俺も夢みたいだよ」


「えっ?」


「大好きな彼女と……ひよりと一緒に、こうして夏祭りを楽しめるなんて。ううん、それ以外も……みんな幸せだよ」


「秀次さん……」


 俺とひよりはそっと手を重ね合う。


「あっ……」


 俺はそっとひよりと抱き寄せると、キスをした。


 静かな時間の中で、二人だけ。


 だから、いつもよりも、ゆっくりと、長くした。


「……ごめん、ひよりが可愛すぎて」


「……謝らなくても良いですよ? 私……秀次さんになら、何をされても良いです」


「……ひより」


 俺はふと、浴衣の隙間から覗く、彼女の白い肌に目が行く。


 彼女も気持ちが高ぶっているのだろうか。


 その肌が、ほんのり赤く染まっていた。


 改めて目を見ると、潤んだまま俺を見つめている。


 だから、いつもなら終わる所で、終われなかった。


 俺はそっと、ひよりの華奢な肩に触れる。


 と、彼女はピクリとした。


「ひ、秀次さん?」


「ごめん、怖い?」


「い、いえ、その……すごく、ドキドキします」


「嫌なら言って? 俺、すぐにやめるから。けど……早めにね?」


「……言わないです、何も」


「えっ?」


「さっきも言いましたけど……私、秀次さんになら、何をされても……良いですよ?」


 その一言で、俺の理性が少しだけ切れた。


 ひよりの浴衣の合わせ目を掴むと、少しだけ開く。


「あっ……」


 先ほど以上に、白くてきれいな肌が、やはり赤く染まっていた。


「ご、ごめんなさい」


「えっ? あ、やっぱり嫌とか……」


「そ、そうじゃなくて……胸が小さくて」


「何だ、そんなことか……気にしないよ」


「えっ……あっ……」


 本当にそっと、薄らとだけ、ひよりの胸に触れる。


「俺、ひよりの全部が好きだから……可愛いよ、ひより」


「そ、そんな……ダメです、もうおかしくなっちゃう……」


「良いよ、おかしくなって……」


 俺はひよりを、片手で支えながら、もう片方の手で撫でて行く。


 その度に、ひよりがピクピクと反応して、可愛かった。


 ヤバい、マジで止まらない。


 神社でこんなこと、バチ当たりだろ。


 けど……


「……秀次さん」


 こんな可愛いひよりを前にして、俺は男として……止まる自信が無かった。


 だから、そのまま階段にそっと、優しく、ひよりを寝かせた。


「あっ……」


 そして、ひよりは目を丸くしつつも、何かを悟ったように。


 すっと、目を閉じた。


 俺は心臓が高鳴りつつも、不思議と平常心を保っている自分がいた。


 いや、頭が既にのぼせ切って、バカになっているだけかもしれない。


 だとしても、もう止まれない――


「……あっ」


 俺が頬に触れてひよりがピクッとする。


 けど同時に、俺は気が付いた。


「……これ、汚せないな」


「えっ?」


 ひよりが目を開く。


「レンタルだから……汚したら、悪いよな」


「そ、そうですね」


 俺はひよりを起こした。


「ていうか、マジでごめん……調子に乗った」


 俺は額に手を置いて言う。


 まさか、自分がこんなに欲望に忠実な男だったなんて。


「そんな謝らないで下さい……私、すごく嬉しかったです」


「ひより……?」


 はだけた浴衣をいそいそと直すと、ひよりは微笑む。


 そのタイミングで、夜空に花が咲いた。


「あっ……花火」


「きれいですね……」


 二人して、夜空をじっと見つめた。


 俺とひよりは手を重ね合う。


「……好きだよ、ひより」


「……私もです、秀次さん」


 夏の夜風が頬を撫で、ゆっくりと体の火照りを冷ましてくれる。


 そのせいか……二人とも恥ずかしさが込み上げて来て……


「うわぁ~……」


「はうぅ~……」


 しばらく、お互いを見ることが出来なかった。


 けど、手は最後まで、ずっと重ねていた。







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