21 ただ、彼女に新しい夏服を買うだけの話

 今日はひよりと出かけることになった。


「秀次さん、お待たせしました」


 ひよりは小さなバッグを肩にかけた。


「うん、行こうか」


 そして、二人でアパートを出る。


「今日も暑いな」


「そうですね」


 ジーワ、ジーワ、と。


 暑さが押し寄せて来るようだ。


 セミの鳴き声もまた、暑さを煽ってくれる。


「……ひ、秀次さん」


「どうした?」


「私って、冷え性なんです」


「あ、そうなんだ。女子って、冷え性の人が多いよね?」


「はい。だから、その……私の手、冷たいです」


 ひよりは少し顔をうつむけながらそう言って、小さな手を差し出す。


「そ、そうなんだ」


 俺は何となしに、ひよりの手に触れてみる。


「あっ、本当だ……冷たいな」


「は、はい。だから、その……いま握ると、気持ち良いかもしれません」


「じゃ、じゃあ……試してみようかな」


 俺はそっと、ひよりの手を握った。


「……秀次さんの手は、やっぱりあったかいです」


「あ、離した方が良い?」


「こ、このままが良いです」


「そ、そうか」


 ひよりはきゅっ、と俺の手を握って来る。


 小さくて繊細の手の指先から、ひよりの鼓動が伝わって来るようだ。


 俺は強すぎず、けどしっかりと、ひよりの手を握る。


「あ、ひより。頭、熱くないか?」


「えっ?」


「熱中症になるかもしれないから……」


 俺は自分が被っていた帽子を、そっとひよりの頭に乗せた。


「あっ……」


「ごめん、俺の臭いがしちゃうかもしれないけど……嫌だったら、取って良いよ?」


「い、嫌なんてこと……ないです」


 ひよりは俺と手をつないだまま、帽子をぽふっと深くかぶる。


「……秀次さんは、ズルいです」


「え、何で?」


「いつもこんなに……私をドキドキさせて」


「そ、それはお互いさまだよ……お前こそ、可愛すぎるんだよ」


「……もう、ダメです」


 ひよりがフラつくので、


「お、おい。まさか、本当に熱中症か?」


「ち、違います……強いて言うなら……恋煩いです」


「お前……バカ野郎」


 俺はさらにひよりに帽子を深くかぶせた。


「ひゃっ」


「ほら、行くぞ」


 俺はひよりの手を引っ張る。


「はい」


 ひよりは、弾んだ声を発した。




      ◇




 俺たちがやって来たのは、ショッピングモールだった。


「ふぅ~、クーラーがよく効いていて、オアシスだな~」


 俺は言う。


「ひより、帽子とるか? もう涼しくなったから」


 俺が言うと、ひよりは小さく首を横に振った。


「こ、このままで良いです……便利なので」


「便利?」


「秀次さんに……恥ずかしい顔を見られなくて済みます」


「ひより……俺としては、可愛いお前の顔が見たいけど……なんて」


「うきゅぅ~……」


 急にひよりが変な声を出した。


「だ、大丈夫か?」


「……あまり、大丈夫じゃありません」


 ひよりは深く帽子をかぶって言う。


「……お、お行儀が悪いのは分かっていますけど……しばらく、このままで」


「お、おう。分かった」


 俺は頷く。


 それから、ひよりの手を引いて、服屋に入る。


「ひより、確かTシャツしか持っていないよな? だから、もっと女の子らしい夏服を……って、俺じゃ分からんな」


 辺りを見渡し、


「あ、すみません」


「はいは~い」


 愛想の良い女性店員がやって来た。


「あの、この子に女の子らしい夏服を選んであげたいんですけど……」


「かしこまりました~。彼氏さんはどんな感じがお好みですか?」


「え、えっと……とりあえず、清楚系で」


「じゃあ、ワンピースですかね~」


「ワンピースは前にも買ったような……あ、でもアレは春用か」


「夏用のワンピも可愛いのいっぱいありますよ~」


「じゃあ、それで」


「あと、私としては、帽子も合わせてみようかなって思います」


「帽子ですか?」


「その男物でボーイッシュな感じも良いですけど……もっと女の子らしい帽子もどうかなって」


「あ、すみません。これ、俺のなんです」


「まっ」


 店員さんが思わず、と言った感じに両手で口を押さえた。


「……コホン。じゃあ、しばらく、彼女さんをお借りしても良いですか?」


「あ、お願いします」


「じゃあ、このお帽子は彼氏さんにお返しして……では、彼女さん、こちらへどうぞ~……ふふふ、久しぶりに腕が鳴るわ」


 店員さんの目がギラついたような気がしたけど……まあ、お任せしよう。


 すると、ひよりはこちらに少しだけ顔を見せて、小さく手を振った。


 ど、どこまで可愛いんだ、あいつは。


 俺は返してもらった帽子をかぶり、自分の赤面を隠した。




      ◇




 それから、30分くらい待った。


「ごめんなさ~い、彼女さんすごく可愛いから、ついつい着せ替え……コーディネートに悩んじゃいまして~!」


「そ、そうっすか」


 俺はいま、試着室の前に立っている。


「では、心の準備は良いですか?」


「あ、はい」


 俺が頷くと、店員さんはニコリとする。


「オ~プ~ン!」


 シャッ、とカーテンが開け放たれた。


 直後、俺は目を見開く。


 ひよりは、純白のワンピースに身を包んでいた。


 それはもちろん清楚ながらも、肩口を露出しているため、そこはかとない色香が漂う。


 そして、頭には、小さめの麦わら帽子が乗っていて……


「……これは、絶対に汚せないな」


「やだも~、彼氏さんってば! いきなり下ネタですかぁ! 私、嫌いじゃないですけど!」


「ち、違いますよ! ご飯とか食べて、汚せないって意味です!」


 慌てて否定する俺を見て、店員さんはクスクスと笑っている。


「ひ、秀次さん」


 俺は振り向く。


「ど、どうですか……?」


 ひよりは後ろ手を組んで、モジモジとしながら言う。


「……可愛いよ、すごく」


「あ、ありがとうございます」


 俺とひよりはしばらく、見つめ合ってしまう。


「……あの~、私はお邪魔ですかね?」


 そして、二人してハッとする。


 店員さんがニヤニヤしていた。


「こ、これ、買います」


「ありがとうございま~す!」


 そして、お会計を済ませて、俺たちは店を出た。


「秀次さん、ごめんなさい。また、お金を出してもらって……」


 新しい服を纏ったひよりが言う。


「気にするなって。すごく似合っているよ。可愛い」


 俺が言うと、ひよりは両手で頬を押さえる。


 いま気付いたけど、純白のワンピースのせいで、頬とか他の部分の赤らみが際立って……


 って、ダメだ、ダメだ。


 変なことを考えるな。


「そろそろ、お昼ごはんにしようか」


「はい」


「そのワンピースを汚さないように、ナプキンをもらえるところで食べような」


「分かりました。せっかく、秀次さんに買ってもらった大切なワンピースですから。がんばって、汚さないように食べます!」


 ひよりは両手でガッツポーズをした。


 俺はつい、ぷっと笑ってしまう。


「えっ?」


「あ、ごめん……やっぱり、ひよりは可愛いなって」


「ひ、秀次さんこそ……かっこいいです」


「なっ……カ、カウンターは反則だろ」


「た、たまにはお返しですからね」


「バカ……行くぞ」


「はい……」


 俺はひよりの手を握って、また歩き出した。







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