20 ひたすらに、温かい

「安藤さん、フランクとアメリカンドッグを揚げてもらえるかな?」


 俺はレジの両替をしながら言う。


「分かりました、松尾さん」


 彼女はニコリと微笑んで頷く。


 そして、フライヤー室に向って行く。


「……あっ、ひより。コロッケも頼む」


「あ、はい、秀次さん」


 直後、俺はハッとする。


 少し冷や汗をかきながら、背後を見ると……


「……聞いたぞ~?」


 案の定、小柴がニヤつく顔をしていた。


「ねえ、今さ。お互いに名前で呼び合ったよね?」


「「うっ……」」


「もしかして……付き合っているの?」


 小柴が言う。


 俺は吐息を漏らした。


「……ああ、そうだよ」


「マジぃ!?」


 小柴は目をキラキラとさせる。


「やっとか~! もう、どれだけ焦れさすんだよ、この二人は~! 高校生かよ!」


「それはお前だろ」


「ひより~ん、おめでとう~!」


 小柴は彼女に抱き付く。


「あ、ありがとう、小柴さん」


「ノンノン。あたしのことも、名前で呼んで?」


「え、えっと……夏芽ちゃん」


「きゃ~! 照れるぅ~!」


「おい、小柴。仕事しろ」


「もう~、ツグツグってば~、嫉妬してるの?」


「はぁ? 違うよ、バカ」


「とか言って、顔が真っ赤なんですけど~」


「う、うるせえ!」


「ぷぷぷ~!」


 俺はどこまでも小バカにして来る小柴に苛立ち、


「小柴ぁ~!」


「きゃ~、ツグツグの鬼畜ぅ~!」


 軽く懲らしめた。




      ◇




「じゃあね~! 新婚さんはせいぜい、ラブラブするんだよ~!」


「小柴、うるせえ!」


「えっへへ~!」


 小柴は笑顔で自転車にまたがり、颯爽と去って行った。


「全く、あいつは……」


 俺はため息を漏らす。


「……じゃあ、俺たちも帰ろうか」


「は、はい」


 そして、二人で歩き出す。


 けど……


 か、会話がない。


 前は、何気なく会話をすることが出来たのに。


 チラッ、と横を見ると、彼女もまた俺を見る。


 けど、すぐに視線を逸らした。


 俺もまた、同じようにしてしまう。


 な、何だろう。


 心臓が全然、落ち着いてくれない。


 こんな気持ち、初めてだ。


 どんなピンチの試合でも味わったことがない。


「……ひより」


 俺が呼ぶと、彼女は軽くピクッとした。


「……ひ、秀次さん?」


 彼女は俺の方を見た。


「あ、いや……」


 その時、前方から車が来た。


「ひより、危ない」


 俺は彼女を抱き寄せた。


 車は過ぎ去っていく。


「あ、ありがとうございます……」


「い、いや、どういたしまして……」


 俺はすっと、ひよりを自分から離した。


 心なしか、彼女は少し寂しそうだ。


「ひより」


「は、はい」


「手……つなごうか?」


「へっ!?」


「あ、嫌なら良いんだけど……」


「そ、そんなことないです!」


 ひよりは珍しく、強い口調で言う。


「ひ、秀次さんと……手をつなぎたいです」


 それから、遠慮がちにそう言った。


 俺は微笑む。


「はい」


 彼女の手を取ると、驚くほどに繊細で。


「あっ……」


「行こうか」


「……はい」


 小さく頷くひよりの手を握って、歩き出す。


 それからまた、しばらく無言になった。


 けど、先ほどのような気まずさはない。


 胸の鼓動も落ち着いている。


 ドキドキはしているけど、気持ちは安らいでいる。


 そんな少し矛盾した、不思議な気持ちだ。


「……秀次さんの手、大きくて、あったかいです」


「そ、そうか?」


「ずっと、触れていたいです」


「ひより……やめてくれ、可愛すぎるから」


「か、可愛い……」


 それからしばらく、俺とひよりは夕日に照らされながら、アスファルトを歩いて行った。




      ◇




 アパートに帰ると、


「ひより、先に風呂に入りなよ」


「えっ? い、いえ、秀次さんが、お先にどうぞ」


「いやいや、ひよりが……」


「ひ、秀次さんが……」


 言っている内に、俺は噴き出してしまう。


「何やっているんだろうな、俺たちは」


「うふふ」


 ひよりも楽しそうに笑ってくれる。


「あ、あの、秀次さん」


「ん?」


「そ、それだったら……一緒に入りませんか?」


「えっ」


 俺は一瞬だけ固まった。


「わ、私は……良いですよ? 秀次さんの、立派で大きな背中を……洗ってあげたいです」


「ひ、ひより……」


 俺はめまいがした。


 もちろん、最高に良い意味で。


「……お前は、どこまで可愛ければ気が済むんだ」


「ご、ごめんなさい」


「いや、怒ってないよ」


 俺は苦笑まじりに言う。


「俺さ、ひよりのことは大事にして、ゆっくりと歩んで行きたいんだよ」


「秀次さん……」


「だから、今日の所は一人ずつ……な?」


 俺が言うと、ひよりは少し残念そうな顔をした。


「そ、そうですね……正直、私も秀次さんと一緒にお風呂に入ることを想像しただけで……胸のドキドキが止まりません!」


「グハッ……!」


 俺はまるで殴られたかのように仰け反り、軽くノックダウンされた。


「……ひより、すまん。俺は自分が思っていた以上に、情けない男だ」


「そ、そんなことありません。秀次さんは、私のヒーローで……だ……か、彼氏です」


 激しく赤面しながらもそう言ってくれる彼女を見て、俺は口元が綻ぶ。


「ありがとう、ひより」


 ここで、デキる男はキスの一つでもするのだろうけど。


 俺はとてもそんな真似を出来なくて。


 ただそっと、彼女のふわふわの髪を撫でてやった。


「あっ……秀次さんの手……やっぱり、大きくて……温かいです」


 ひよりが涙をこぼした。


 俺は頭を撫でながら、指先でそっと拭ってあげる。


「まだ、夏休みはたっぷりとある。だから、二人で、いっぱい楽しもう」


「はい、秀次さん……大好きです」


「俺もだよ……ひより」


 それからしばらく、俺たちはお互いに優しく微笑み合っていた。








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