17 ナチュラルに夫婦っぷりを見せつける

 眩い太陽、弾ける笑顔、飛び交う笑い声。


「修也、行ったぞ!」


「任せろ!」


 そう言って、ボヨン、と。


「って、デブな腹でレシーブすな!」


「しかも、ちゃんと上がっているし!」


 俺はそのアホみたいなトスから、スパイクを決めた。


「うぇーい!」


 修也がハイタッチを求めて来るので、苦笑しながら応じた。


「秀次、すごいぞ~!」


 蛯名を筆頭に、


「「「松尾くん、すご~い!」」」


 と、女子の声が響き渡る。


「いや、はは……」


 俺は少し照れ臭くて頬をかいた。


「ま、松尾さん」


 すると、安藤さんの声がした。


「えっと、その……か、かっこよかったです」


 うつむき加減で遠慮がちに、そう言った。


「あ、ありがとう……」


 俺もまた、顔をうつむけてしまう。


「ひゅー、ひゅー、お熱いね~!」


「さすがは夫婦だ~!」


 修也と伸和が茶化す。


「よし、お前ら、次は敵チームだ」


「「えっ?」」


「ビシバシ、スパイクを決めて行くから、覚悟しておけよ?」


 俺はにやりと笑う。


「おぉ~、秀次が鬼畜モードに入った」


「蛯名、人聞きが悪いことを言うな。あと、小柴を連想するからやめろ」


「はいはい」


 蛯名は肩をすくめる。


「ま、まずいぞ、伸和」


「落ち着け、修也。俺に策がある」


「お、何だ?」


「それは……」


 伸和が修也に耳打ちをすると、二人して応援する女性陣の所に行く。


「「安藤ちゃん、頼む!」」


「へっ?」


 いきなり、コートに連れて来られた安藤さんは戸惑っていた。


「なっ」


「ふっふっふ、秀次よ。愛しの嫁さんが相手じゃ、本気を出せないだろ?」


「お、お前ら、卑怯だぞ」


「これは立派な作戦だよ」


「ムカつく奴らだな」


 俺は頬を歪めて言う。


「ていうか、安藤さんは運動があまり得意じゃないんだよ」


「あ、そうなん?」


「だから、ちょっとだけ練習させろ」


「あいよ」


 素直に頷く修也を見てから、俺は視線を安藤さんに向ける。


「じゃあ、俺が軽く打つから。安藤さんも返して。ラリーをしよう」


「は、はい」


 安藤さんは身構える。


「もっとリラックスして。行くよ?」


 俺はポーン、と軽くボールを打った。


 ふわりとした孤を描いて、安藤さんの頭上に向かう。


「あっ、えっ、とっ……えいっ」


 安藤さんは頑張って手をスイングするけど、空ぶった。


 直後、カーッと顔が赤く染まる。


「ひよたん、ドンマ~イ!」


「可愛いよ~!」


「気にしないで~!」


 女子たちが笑いながら言う。


 男子たちも同様に笑っていた。


「は、はい」


「安藤さん、ちょっと良い?」


 俺は彼女の下に歩み寄る。


「とにかく、落ち着いてやれば大丈夫だから」


「ご、ごめんなさい。どうしても、緊張してしまって……」


「そっか……じゃあ、料理をしている時のことを思い出そうか」


「お料理ですか?」


「そう、自分が得意なことをしている時の風景を思い出してみる。そして、心を落ち着かせると良いかもしれないね」


「はい、やってみます」


「それから、ボールを打つポイントだけど、ここに手の平の中心よりも下の方を当てるんだ。そうしないと、痛いからね」


 俺は説明するために、安藤さんの手の平に触れた。


「あっ……」


 安藤さんの口の端から声が漏れるけど。


 俺はすっかり指導に夢中になっていた。


「おっ、安藤さん。手の形もきれいだね」


「そ、そうですか?」


「うん。だから、自信を持って、ボールを打つんだよ」


「は、はい……」


 すると、俺は周りからの視線を感じた。


 振り向くと、サークルの連中がみんなして俺らを見てニヤニヤしている。


「……何だよ?」


「もう~、秀次ってば~。私たち、恥ずかしくて見てらんないよ~」


 蛯名が言うと、


「本当にね~!」


「もうラブラブなんですけど~!」


「え、ていうかもう、付き合っているっしょ?」


 女子たちが口々に言う。


「いやいや、もう夫婦だから、あの二人は」


「そうそう。お似合いの夫婦さん」


 修也と伸和を筆頭に、男子たちもやいのやいのと言って来る。


 みんなにからかわれて、安藤さんの顔がみるみる内に赤く染まって行く。


「おい、お前ら。あまりからかわないでくれよ」


 俺が言うと、


「へぇ~? そんなに私たちがお邪魔かな?」


 蛯名が言う。


「いや、そこまでは言わないけど……」


「いーや、邪魔だね!」


 遠慮がちに言う俺に対して、なぜか蛯名は強めに返す。


「みんなもそう思うでしょ?」


 すると、


「うん、確かにそうだ」


「ウチらは邪魔だね」


「そうだね」


 しきりに頷き合っている。


「……ってな訳で、秀次」


 蛯名が言う。


「ひよたんと二人で、お散歩にでも行って来な」


 ビシッと指を差して言う。


「えっ……」


「ひよたんも、そうしたいでしょ?」


 そう言われて、安藤さんは、


「……い、行きたいです」


「よーし、素直な良い子だね」


 蛯名はニヤリと笑う。


「ほんじゃ、秀次。ちゃんとエスコートするんだよ~」


 最後に、蛯名は軽い調子で言う。


「分かったよ」


 俺は軽く笑いながら、


「じゃあ、行こうか」


 安藤さんに声をかける。


「は、はい」


 そして、二人でみんなの下から離れた。




      ◇




 秀次たちの姿が見えなくなった直後、


「……あー、しまったぁ!」


 蛯名は思わず叫ぶ。


「お、おい、どうした?」


 修也が呼びかける。


「ビーチでお散歩するのは、日が暮れてからの方がロマンチックで良かったかな~って」


 蛯名が軽く舌を出して言う。


「別に良いんじゃないかな。あの二人なら、どんなシチュでも、夫婦だから」


 伸和が笑って言う。


「確かにね~! もう嫉妬するくらい、夫婦ちゃんだよ!」


 蛯名は腕組みをしながらプンスカとして言う。


 そのポーズによって、豊満なバストが強調された。


「でもさ~、翔子よかったの~?」


 女子の一人が言う。


「ん?」


「だって、翔子って松尾くんのことが好きだったでしょ?」


「「はぁ!?」」


 驚きの声を上げたのは修也と伸和のアホコンビだ。


「まあね」


「まあねって……いや、お前は女にしか興味ないんだろ?」


「実は私さ……レズじゃなくて、バイなんだよね」


「「バイ?」」


「バイセクシャル、つまりは両刀ってこと。まあ、レズ寄りのバイって所かな」


 蛯名は言う。


「でも、ぶっちゃけ……秀次のことは好きだったなぁ」


「マ、マジかよ……」


「し、知らなかった……」


 そう言いつつ、アホコンビは蛯名を見て、ゴクリとする。


「どしたの?」


「いや、お前って美人だし胸もデカいけど、レズだから今まで興味無かったんだよ」


「失礼だな」


「でも、男もアリって知ったら……それ、何カップ?」


「教えるかよ、バーカ!」


「じゃ、じゃあ、秀次にだったら……」


「あのね、君たち」


 蛯名は両手に腰を置いた。


「私、邪魔したくないの。惚れた男と……女の恋路は」


「そうか、そうか……ん?」


「おい、蛯名、女って……まさか、安藤ちゃんまで」


「そこのアホ二人、ガクブルしないの」


 蛯名は言う。


「ひよたんは、まあ……可愛いよね。ていうか、天使だし。まだ付き合いは本当に短いけど……人として、惚れたって言うか、うん……とにかく、この子には幸せになって欲しいと思った」


 凛とした顔で言う彼女を見て、


「確かに」


「それは言えているな」


 他のみんなも同意を示した。


「ていうか、どう考えてもお互いに好き同士の両想いなんだから、絶対にこの合宿でくっつけてあげないと」


「翔子、大丈夫ぅ?」


「無理してない?」


「松尾くんのこと、好きだったんでしょ?」


 女子たちが言う。


「お~、優しいガールズ。私は平気だよ」


 蛯名はニコッと笑う。


「じゃあ、今日はいっぱい飲もう~!」


「わたし、お酒を飲める歳になったよ~!」


「おー、おめでとう! じゃあ、今日は一緒にいっぱい飲んで……グフフ」


「って、せっかく良い感じだったのに、またキモ百合女さんになってるし」


「だなぁ~」


「うるさいよ、修也と伸和。あんたらこそ、デブとガリでキモいんだよ」


「「ガーン!」」


 同時に打ちひしがれた二人は、その場で四つん這いになった。


「さーてと……秀次、男なら決めろよぉ」


 蛯名はそう呟いた。







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