15 賑やかなメンバーたち

 夏の朝は少しだけ涼しい。


「安藤さん、大丈夫?」


 俺はとなりを歩く彼女に声をかける。


「えっ?」


「何か、目の下にクマがあるから……」


「あっ……こ、これは、その……」


 安藤さんはモジモジとする。


「た、楽しみで、昨日の夜はあまり眠れなかったんです」


「そっか」


 俺はまた口元を綻ばせる。


「荷物、持つよ」


「そ、そんな、良いですよ」


「良いから、貸して」


「は、はい……ありがとうございます」


 俺は安藤さんからバッグを受け取り、


「うん」


 笑顔で頷く。


 それから、二人でバスに乗って駅前にやって来た。


「おっ、新婚さんはっけ~ん!」


 いきなりそんな声が響く。


「朝から熱いね、ひゅーひゅー!」


「修也、伸和……お前らなぁ~!」


 俺は二人をとっ捕まえると、同時に頭をグリグリとした。


「「いてええええええええええぇ!」」


 バカ二人のやかましい声が響き渡る。


「ぷぷぷ~! 朝から元気だね~!」


 頬を膨らませながら口を押えて言ったのは、蛯名だ。


「「うるせえよ、クソ百合女!」」


「誰がクソ百合じゃボケぇ!」


 軽くキレた蛯名が、二人の頭をしばく。


 そして、アホコンビはすっかり大人しくなった。


「ねえ、秀次。夏芽ちゃんは?」


「いや、小柴は来ないよ」


「え~、何で何で? 誘ったじゃ~ん」


「だって、お前がなぁ~……」


 俺はゲンナリとしながら、


『ツグツグとひよりんとは遊びたいけど、あの百合女さん怖いからやだ!』


 と言っていた小柴の顔を思い浮かべる。


「ガーン……ち、ちきしょう。可愛い女の子にフラれるのが、こんなに辛いことなんて……」


 蛯名は一人でがっくりとしている。


「こうなったら、ひよりたんに慰めてもらうしか……」


 蛯名がギラつく目を向けると、


「ひぅ!」


 安藤さんが軽く怯えた。


「おい、蛯名。安藤さんに変なことしたら、許さないぞ?」


 俺が笑顔で言うと、蛯名はたじろぐ。


「ぐぬぬ……」


「翔子ぉ~、元気を出しなって」


「そうそう、ウチらがいるじゃ~ん」


「慰めてあげよっか?」


 女子たちが言う。


「おぉ、素晴らしき我が百合フレンドたちよ~!」


 感極まった蛯名は、速攻でその女子たちにセクハラをした。


 朝っぱらから人が行き交う場所で、女子のちょっと嫌らしい声が響いた。


「ていうか、お前ら……さっさと行くぞ」


 俺が少し苛立って言うと、


「「「はーい!」」」


 何だかんだ、素直で良い子なみんなは手を上げて良い返事をしてくれた。




      ◇




「ひよりちゃ~ん、今日は来てくれてありがとね~」


 新幹線の中で、映研サークルの女子たちに囲まれた安藤さんは少し困惑しながらも、


「こ、こちらこそ、ありがとうございます」


「ていうか、松尾くんとはどういう仲なの?」


「もう付き合っているの?」


「ていうか、嫁なんでしょ?」


 矢継ぎ早にされる質問に、


「え、えと、その、あの……」


 安藤さんはひたすら戸惑っていた。


「おい、秀次。お嫁ちゃんが困っているけど、助けなくて良いのか~?」


 修也がニヤつきながら、肘で俺の脇を突いて来る。


「良いよ。安藤さんも、他の女子と交流した方が、もっと楽しくなるだろうから」


「さすが、大人だね~」


 伸和が言う。


「で、安藤ちゃんの水着はちゃんと用意してあげたのか?」


 修也がまたニヤつきながら言う。


「まあな。蛯名と小柴に付き合ってもらって」


「蛯名かぁ~。まあ、あんなクソ百合女だけど、センスは悪くないからな」


「ていうか、小柴って誰?」


「バイト先の女子高生」


「なぬっ!? おい、何で連れて来てくれなかったんだよ!?」


「だから、蛯名のセクハラが嫌だからって」


「ちっ、あのクソ百合女が……」


 そう言っているそばから、蛯名は安藤さんたちの下に向かい、またキャッキャとしながらセクハラをしていた。


「え、蛯名さん、やめて~」


「ふふふ、ひよたん。名字なんて寂しいから、名前で呼んで?」


「しょ、翔子ちゃん……」


「きゅ~ん! きゃわゆい~!」


 興奮した蛯名は、先ほど以上に安藤さんの体をまさぐる。


「ああ、やっぱりこの控えめなおっぱいが最高なんじゃ~……ハァハァ」


「んっ、あっ……やっ……はぅん!」


 蛯名の腕に抱かれながら、安藤さんがビクビクと震えた。


 俺は思わず立ち上がり、


「蛯名、その辺にしておけ」


「あはは、メンゴ、メンゴ~。けど、旦那様。お嫁ちゃんの体はしっかりと温めておいたから……いつでもOKですぜ?」


「いや、何がだよ?」


「それは、も・ち・ろ・ん……エッチ~ング!」


 蛯名のアホで元気な声が響き渡る。


「えっと、新幹線って窓は開いたっけ?」


 俺が笑顔で言うと、


「ちょっ、秀次の鬼畜ぅ~!」


「おい、小柴かよ」


「そう、夏芽たんの真似しちゃった☆」


「勘弁してくれよ、蛯名。ただでさえ、修也と伸和のウザコンビで手一杯なんだから」


「「何だと~!」」


「ていうか、みんなもう少し静かにしよう。俺もだけど」


「「「ふぁ~い……」」」


 また、みんなは素直に返事をしてくれる。


 俺はふと、安藤さんの方を見た。


「安藤さん」


「あ、はい」


「楽しい?」


 俺が言うと、


「た、楽しいです……すごく」


 安藤さんは照れたように顔をうつむけて言う。


「良かった」


 すると、周りのみんなの視線を感じた。


「何だよ?」


「秀次ってば、ひよたんには随分とお優しいんだね~?」


 蛯名がジト目で言う。


「当たり前だろ。安藤さんはお前らと違って、すごく良い子だからな」


「むぅ~……」


 蛯名が口を尖らせて言った時。


「……ま、松尾さん」


「ん? どうしたの?」


「わ、私……そんなに良い子じゃないです」


「えっ?」


 手を合わせてモジモジとする彼女を見て、俺は少し驚いてしまう。


「おやおや~、これは、もしや……ひよたんが、浮気とか?」


 蛯名が嫌なことを言う。


 ていうか、嫌ってなんだよ。


「ち、違います!」


 安藤さんは声を張り上げた。


 みんなが驚いた顔になる。


「あ、そ、その……はううぅ……」


 安藤さんは赤面が限界値に達して、頭から湯気が漂っている。


「おー、よしよし。ごめんね、ひよたん」


 蛯名が優しく抱き締めて、安藤さんの背中を撫でる。


 それから、俺の方に振り向いて、


「秀次」


「何だ?」


「絶対、ひよたんを泣かせるなよ?」


 蛯名が言う。


「……ああ」


 俺が微笑みながら頷くと、蛯名はわずかに目を丸くして、直後にニッと笑う。


「では、誓いのキスを」


「何でだよ」


「私は神父です。女だけど」


「蛯名、いい加減にしろ」


「てへ」


 自分の頭をコツンとする蛯名にイラつきつつも、


「うふふ」


 何だか楽しそうに笑う安藤さんを見ていると。


 俺の心は、ホッと癒された。







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