14 楽しい買い物の前はハシャいでも仕方がない

 アホコンビの修也と伸和に誘われて、安藤さんが映研のサークル合宿に参加することになったのは良いのだけど。


 一つ、問題が浮上した。


「あ、そうだ。合宿場所は海が近くにあるから、泳ぐぜ~。安藤ちゃんの可愛い水着姿、期待しているぜ!」


「はっ!?」


 と、言う訳で……


 俺は休日、安藤さんと一緒に水着を買いに来ていた。


「ごめんなさい、松尾さん。私、水着を持っていなくて」


「大丈夫だよ。ていうか、本当に良いの? 水着とか、無理に着なくても良いよ? Tシャツとかでも……」


「い、いえ、大丈夫です。せっかくですから、私も楽しみたくて……」


「そっか」


 彼女の前向きな発言に、俺は思わず口元を綻ばせる。


「おーい、ツグツグ~!」


 街中で響くその声に、俺は辟易とする。


 まあ、俺が呼んだ訳だけど。


「何よ、ツグツグ~。嫌そうな顔しちゃって~」


「いや、悪い。俺って、分かりやすいタイプみたいだからさ」


「この鬼畜ぅ~! あっ、ひより~ん♪」


 小柴は笑顔になって、安藤さんに抱き付く。


「わっ。小柴さん、今日はよろしくね」


「まっかせといて! ひよりんに飛び切り似合う水着をチョイスしてあげる」


「頼むぞ、小柴」


「あっ、ツグツグがあたしを頼ってくれるなんて、珍しい~」


「そうだな。バイトでは絶対にありえないことだ」


「もう、バカ~!」


 そんな風に会話をしていると、


「あ、秀次」


 女の声がして、俺たちは振り向く。


 そこにはスラっとした女がいた。


「おう、蛯名えびな。悪いな、休みの所に」


「気にしなくても良いよ~」


 彼女はニコニコ、というよりヘラヘラ笑って言う。


 ふと、小柴が訝しむような目を向けていることに気が付く。


「ツグツグ、見損なったよ」


「え?」


「ひよりんという素敵なお嫁さんがいながら、目の前で堂々と浮気するなんて……ギルティーだよ……超ギルティーだよ!」


「おい、違うよ。人聞きの悪いことを言うな」


「じゃあ、この女は何なのよ!?」


「こいつは……」


「うぅ、所詮、私は遊びの女だったのね……」


「って、蛯名!?」


「ほら~、やっぱり~! ひよりん、ツグツグにビンタしちゃいなよ!」


「へっ? いや、その……」


 安藤さんは困惑している。


「……なーんて、冗談だよ」


 蛯名はくすりと笑う。


「改めまして、蛯名翔子えびなしょうこです。秀次の同学年で、同じ映研に所属してまーす」


 ニコッと爽やかに笑う蛯名。


 けど、小柴はまだジト目を向けている。


「ていうか、ツグツグのこと、秀次って呼び捨てにしていたよね? ひよりんもまだ名字でしか呼んでいないのに……」


 小柴はブツブツと呟く。


「まあ、蛯名はフレンドリーで、男女問わず仲良くなるタイプだからな」


「そういうこと☆」


「でもな~……」


 小柴がまだ疑っているので、


「心配ないよ、小柴」


「何でよ、ツグツグ?」


「だって、蛯名は……」


 俺がクイと親指を向けた時、


「……それにしても、可愛いギャル子ちゃんだね~」


「へっ?」


 少し、雰囲気が変わった蛯名に対して、小柴が軽くたじろぐ。


「君のお名前は?」


「あっ、小柴夏芽こしばなつめだけど……」


「夏芽ちゃんか~。君はもしかして、女子高生?」


「そ、そうだけど……」


 小柴が口を尖らせて言うと、


「JKキター!」


 急に蛯名が叫ぶ。


「ひっ!」


 そして、怯える小柴に容赦なくタックル……ではなく、抱き付いた。


「あ~、若い成分を欲するのだ~!」


「ちょっ、何なの、この人!?」


 小柴が珍しく焦った声を出す。


「あー、蛯名って……レズビアンなんだっけ?」


「はっ?」


「ノンノン、それだと響きが生々しいから。百合って言って♪」


「だとさ」


「ちょっ、ツグツグ! 何でさっきから、ニヤついてんの!? まさか、こんな風にされているあたしを見て喜ぶ変態なの!?」


「いや、普段から俺を振り回す小柴がこんな目に遭って、ちょっとスッキリしたから」


「この鬼畜ぅ~!」


「うりうり~!」


「や~ん! 犯される~!」


 蛯名の容赦ない百合攻撃に、小柴は身悶えする。


「あ、あの、その辺にしてあげた方が……」


 安藤さんが遠慮がちに声をかけると、蛯名がぐりんと振り向く。


「おや、こっちにも美味しそうな果実が」


「へっ?」


 蛯名は小柴から離れる。


 俺はフラつく小柴を受け止めながら、二人の様子を伺う。


「前のちょっと幸薄そうな感じも良かったけど……今の程よくふっくら幸せそうなひよりちゃんは、もっと魅力的だねぇ」


「え、蛯名さん?」


 安藤さんは後退るも、


「ゲッチュだ~!」


 蛯名はまたタックルのごとく抱き付きで安藤さんを確保する。


「きゃっ」


「うりうり~! あ~、この控え目なおっぱいが、むしろエロくて興奮するんじゃ~!」


「あんっ! や、やめて~!」


 俺の目の前で、安藤さんが容赦なく、百合攻撃を受けている。


 もちろん、止めなくちゃと思う。


 けど、その一方で……


「ほら、ひよりちゃん。愛しの秀次が、じっと見ているよ?」


「ふぇっ!?」


 蛯名の百合攻撃ですっかりトロけた目で、安藤さんは俺を見た。


 ドキリ、としてしまう。


「……ツグツグのド変態」


 小柴がボソっと言うが、いつものように言い返すどころじゃない。


「お、おい、蛯名。もうやめておけ」


「とか言って、秀次。本当は、興奮しているっしょ? 愛しのお嫁ちゃんが、私に犯される様を見て」


「犯すとか言うな。ていうか、安藤さんは俺の嫁って訳じゃ……」


「だって、修也と伸和がみんなに言い広めていたよ?」


「あいつらは後で締めるから」


 俺は笑顔で言う。


「ツグツグがマジで鬼畜っぽい」


 小柴がボソッと言う。


「ねえ、ひよりちゃん。その可愛いお耳を、はむはむしても良いかな~?」


「へっ? そ、そんなのダメだよ~!」


 安藤さんの悲鳴が響く。


「お、おい、蛯名。いい加減にしておけ!」


 俺が少し強めに言うと、奴は顔を向けて、


「まあ、そうだね。今から全部味わい尽したら、もったいないもん」


 とか訳の分からないことを言って、ようやく安藤さんを解放した。


 俺はフラつく彼女を支える。


「あ、ありがとうございます、松尾さん」


「いや、その……ごめん、安藤さん」


「へっ?」


「いや、何でもないよ」


 俺は口元を隠しながら言う。


「よーし、じゃあ、気合を入れて水着を買いに行きますか~!」


 蛯名が拳を突き上げる。


 それに対して、俺たち3人が、


「「「お、おー……」」」


 と答えると、


「覇気がないぞ、君たち!」


「いや、あんたのせいだから」


 小柴が冷静にツッコむ。


「とか言って、子猫ちゃん。後でまた、お姉さんがたっぷりと味見してあげるよ~?」


「ひぃ!」


 怯える小柴が俺に抱き付く。


「もう、ツグツグのバカ~! 何であんな変態を呼んだの~!?」


「いや、サークルの他のまともな女子はみんな予定が埋まっていたからさ」


「何だとぉ~!? 秀次、許さ~ん!」


 蛯名はそう叫びつつ、


「ひゃっ!?」


「あ~、やっぱり、ひよりたんマジで良い匂いがする……くんか、くんか」


「や、やめて~!」


 なぜかまた、安藤さんにセクハラを始めた。


「……ツグツグ、また見てるし。変態」


「み、見てねえよ……」


 俺は脇目で安藤さんたちの様子を伺いながらそう言った。







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