13 もう夫婦やん

 俺はなぜか、自分の家のリビングで正座をさせられていた。


「ネタは上がってんだよ、兄ちゃん。もう堪忍しな」


 丸顔の田所修也たどころしゅうやが言う。


「おい、ピーナッツ、食うか?」


 面長の江上伸和えがみのぶかずが言う。


「あ、ピーナッツ俺にもくれよ。てか、ビール飲みたい」


「あ、俺も。じゃあ、乾杯するか」


 いそいそとコップにビールを注ぐ二人に対して俺は、


「アホか」


 同時にゲンコツを食らわせた。


「「いた~い!!」」


 アホの友人コンビはゴロゴロとのたうち回る。


「うるせえ! 下の部屋の人に迷惑だろうが!」


「現行犯! 現行犯!」


「暴行罪! 暴行罪!」


 俺は尚も騒ぐ二人にイラつきつつ、


「あのな……」


 二度目のゲンコツをお見舞いしようとした時、


「あ、あの」


 安藤さんが遠慮がちに声をかける。


「おつまみを作ってみたんですけど、よければ……」


「「えっ?」」


 丸っこい修也と細っこい伸和が同時に起き上がる。


 奴らの目の前に置かれたのは、大根おろし添えのたまご焼きに、レバニラ炒め。


 それから、冷ややっこと枝豆もある。


「ごめんなさい、こんな簡単なのしか出来なかったんですけど」


 二人はジーッとそのつまみを見つめている。


「あの、僕ら本当に食べても良いんですか?」


「何で急に殊勝になってんだよ」


 俺はため息を漏らす。


「まあ、安藤さんがせっかく作ってくれたから、食べなよ」


「あ、じゃあ……」


「いただきます……」


 修也と伸和はボケっとしたまま箸を持ち、たまご焼きをパクリとする。


 直後、


「「ふわぁ~……」」


 二人は同時にトロけた。


「お、お口に合いませんでしたか?」


 安藤さんは不安げな顔で言う。


「……ヤバい、うますぎる」


「……ああ、神すぎる」


「ほ、本当ですか?」


 目に精気が宿り出した二人は、続けて他のつまみも食べる。


「「何だこれ、メッチャうめえぇ!!」」


 そして、同時に叫ぶ。


「だから、近所迷惑だから静かにしろ!」


「とか言って~、そんな秀次の声が一番大きいぞ~!」


「アレの時の声も大きかったりして~!」


「いやいや、それは安藤ちゃんの方が……グフフ」


「へっ?」


「ごめんね、安藤さん。今からちょっと、ゴミ出しに行って来るね」


 俺はバカ二人の首根っこを掴む。


「ま、待て、秀次! せめて、この絶品のおつまみを全部食ってからにしてくれ!」


「そうだ、そうだ~!」


 喚く二人を見て、俺はまたため息を漏らす。


「もう、好きにしろよ」


「「やった~!!」」


 二人はそう言って、ビールをグビグビと飲む。


「「かぁ~、美味い!!」」


「全く、のんきな奴らだよ」


「あ、松尾さん。晩ごはん、出来ていますよ」


「うん、ありがとう」


 俺の前に置かれたのは、牛丼だ。


「えっ、それも安藤ちゃんが作ったの?」


「あ、はい」


「はぇ~……マジで嫁やん」


 奴らは感心の眼差しを向ける。


「え、ていうかさ、マジでお前ら……結婚してるの?」


「いや、違うよ」


 俺は言う。


「まあ、結婚は冗談にしても……さすがに付き合っているだろ?」


「いや、それも違うよ」


「「はぁ?」」


 二人は同時に顔を歪める。


「お前、バカなの?」


「だよな」


「殴るぞ」


 俺は握った拳を震わせる。


「じゃあ、何でこんな同棲なんてしているんだよ?」


「おかしいだろ?」


 二人に言われて、俺は答えに困る。


「あの、松尾さん」


 安藤さんが言う。


「私、話しても平気ですよ」


「本当に? 大丈夫? こいつらバカで口が軽いよ?」


「「おい」」


「大丈夫です。松尾さんのお友達ですから」


 安藤さんはニコリと笑って言う。


「「ええ子やなぁ」」


 二人は顔を綻ばせて言う。


 それから、安藤さんはことのいきさつを、ゆっくりと話し始めた。


 時折、俺がフォローを入れながら。


「……と、言う訳なんです。松尾さんには、本当に助けてもらってばかりで」


「いやいや、そんな……って、どうした、お前ら?」


 先ほどまで騒がしかった二人が、シーンと押し黙っている。


「ご、ごめんなさい。私の身の上の話なんて聞いても……」


「「うぅ……」」


「えっ?」


 顔を上げた二人は、涙を流していた。


「な、何てひでえ話だ……」


「全くだ……」


 二人は言う。


「けど、そんな不遇な環境でも腐らず、こんなに真っ直ぐ良い子だなんて……」


「でも、俺らはそんな良い子に、『貧乏』だの、『彼女としては無いわ』だの言って……最低だよ」


「そ、そんな、気にしないで下さい」


 安藤さんが慌てて言うと、二人はさらに涙を流す。


「「おい、秀次」」


「な、何だよ?」


「お前、絶対に安藤ちゃんのこと幸せにしろよ~?」


「結婚式には、俺らも呼んでくれ~!」


「いやいや、だから、それは……」


 俺がチラッと横目で見ると、安藤さんは正座をしたまま、顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「秀次。お前と安藤ちゃんの仲はちゃんと大学のみんなに広めておくからな」


「いや、何でだよ?」


「だって、可愛くなった安藤ちゃんにアプローチをする男がいるかもしれないだろ?」


「そうそう。もちろん、安藤ちゃんの事情とかは一切言わないから。あ、二人が同棲していることは言っても良いよね?」


「良くねえよ、バカ」


「あー、ごめん、ごめん。バレたら、しこたまエッチが出来なくなっ……むぐぐ!」


「黙れ、バカ」


 俺はもがく修也の口を押える。


 そのポチャッとした腹をバシバシと叩いた。


「あ、てかさ、もうすぐ夏休みじゃん」


 伸和が言う。


「俺らのサークルの合宿に、安藤ちゃんも来れば?」


「えっ? サークルの合宿……ですか?」


「そうそう。秀次も所属しているよ」


「何のサークルですか?」


「映研……映画研究会だよ」


「とは名ばかりの、飲みサーだろうが。俺は入るつもり無かったのに、お前らが無理やり入れたんだろうが」


「だって、お前が野球部の先輩に無理やり誘われていた所を、助けてやったんだろ?」


「いや、まあ……それは助かったけどさ」


 俺は指先で頬をかく。


「お前が可愛い安藤ちゃんを独占したい気持ちは分かるよ?」


「それは違う……よ」


「否定が弱いなぁ。別に独占欲はあっても良いと思うけどさ」


「安藤ちゃん、せっかく前よりも明るく可愛くなったんだから。もっと大学生活を楽しもうぜってこと」


「あっ……」


 俺も前に、安藤さんに対してそう言ったことを思い出す。


 もっと、楽しくキャンパスライフを送って欲しいって。


「……安藤さん、どうかな?」


 俺が尋ねると、彼女は小さくモジモジとする。


「……い、行ってみたいです」


「「おぉ~」」


 修也と伸和が小さく拍手をした。


「じゃあ、一緒に行こうか」


 俺は言う。


「はい」


 安藤さんは笑顔で頷く。


「よーし、今日はめでたい日だ」


「安藤ちゃんも飲みなよ。普段、お酒は飲むの?」


「あ、この前、20歳になったので。松尾さんと、たまに晩酌でチューハイをちょっと」


「二人で晩酌とか……もう夫婦やん」


「だから、違う……」


「「とは言い切れないよな?」」


 二人にズイと言われて、俺はすっかり返す言葉を失ってしまう。


「あ、あの。私たちって、ちゃんとそんな風に見えますか?」


 ふいに、安藤さんが言う。


「うん、見える、見える」


「お似合いだよ~」


 二人が笑って言うと、


「そ、そうですか……」


 安藤さんは少し恥ずかしそうにしながら、微笑んでいた。







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