12 離れていても……

「なあ、最近さ。安藤ひより、可愛くねえか?」


 ふいに、友人の口から彼女の名前が出て、俺はドキリとした。


「確かに。前は本当にやせっぽちだったけど。今はちゃんと栄養を取って適度にふっくらしているし。それに、前よりオシャレもしている」


「だよな」


 すると、友人2人の目が俺に向けられる。


「ていうか、秀次」


「な、何だ?」


「今まであえて触れないでおいたけどさ……お前、安藤ひよりとどういう関係?」


「いや、だから、同じコンビニのバイト仲間で……」


「けどそれだけじゃ、あんな真似は出来ないだろう?」


「そうそう。倒れた彼女をお姫様だっこして運ぶとかさ」


 友人2人は俺のことをジーッと見て来る。


「……お前らには関係ないよ」


「あー、逃げた」


「本当は、彼女なんじゃねえのか?」


「だから、違うって」


「あっ、噂をすれば、安藤ちゃん」


 友人が言うので、俺はハッとして見る。


 彼女は、他の女子から声をかけられていた。


「ひよりちゃ~ん。最近、すごく可愛くなったね~」


「もしかして、彼氏でも出来た~?」


「そ、そんなことないよ」


 ふっと、彼女がこちらの方を見た。


 お互いに目を丸くして、つい視線を逸らしてしまう。


「良いな~。俺、あの子にアプローチしようかな」


 友人が言う。


 俺がハッとして振り向くと、


「冗談だよ、そんな怖い顔しちゃって。秀次、お前やっぱり……」


「だから、違うって」


 その後、講義中も友人2人がニヤニヤと見て来て鬱陶しかった。




      ◇




「ツグツグ~、見て~。レジ出来たよ、ほら~」


 ピッ、ピッ、ピッ、ガチャーン。


「おー、良い子、良い子」


 俺は小さく拍手をして言う。


「えへへ。これで、あたしも一人前だね」


「バカ言え。レジ打ち以外はまだ出来ないだろうが。ここからが、本番だぞ?」


「あ~ん、ツグツグの鬼畜ぅ~」


「どこがだよ」


 俺はため息を漏らす。


「ねえねえ、そう言えばさ。最近、ひよりんとはどうなの?」


「えっ? 何が?」


 聞き返す俺に、小柴がニヤニヤしながら近寄って来る。


「もう、キスとかした?」


 そして、囁く。


「いや、しないから」


「え~、何で? 二人は付き合っているんでしょ?」


「だから、違うって」


「でも、一つ屋根の下に暮らして……絶対、お似合いだと思うよ?」


 俺は額に手を置く。


「小柴、頼む」


「えっ?」


「あまり……俺の心を掻き乱すようなことを言わないでくれ」


「ふ~ん……マジじゃん」


 小柴はそう言って、


「あ、お客様だ。いらっしゃいませ~」


 レジへと向かう。


「……俺って、分かりやすいのかな」




      ◇




 バイト終わり。


 俺はビールとチューハイを1本ずつ買って帰路に着いていた。


 以前は、バイト終わりに家に帰っても、淡々とした時間が過ぎるだけだった。


 でも今は、彼女が家で待っていてくれる。


 温かいご飯を用意して。


 ――松尾さん。


 その天使のように無垢な笑顔を思い出すと、かぁ~と顔が熱くなる。


「だから、ダメだって。俺は彼女に手を出さないって決めているんだから……」


 火照った頬を何とか夜風が冷ましてくれと思いながら歩き。


 自宅のアパートにたどり着いた。


 俺は玄関ドアの前に立って、何だかドキドキしてしまう。


 落ち着け、俺。


「お~い、秀次ぅ~」


 その声に俺はビクッとした。


修也しゅうや? 伸和のぶかず? お前ら、何でここに居るんだ?


 俺は焦って友人たちに問いかける。


「いや~、久しぶりにお前の家で酒でも飲もうかなって」


「バイトが終わって帰る時間を狙って、来ちゃった」


「あはは、そっか……今すぐ帰れ」


「え~、何でだよ~。良いじゃんか~」


「そうだ、そうだ~。せっかく来たんだぞ~」


「良いから、帰れって」


「だって、秀次には色々と聞きたいことがあるんだよ」


「は? 何を?」


「もちろん、安藤ちゃんのこと……」


 ガチャリ。


「あ、松尾さん。声がしたから、帰って来たかなって思って」


 エプロン姿の安藤さんが姿を見せた。


「「えっ?」」


 その場がしばし、硬直した。


 友人2人は口をパクパクとさせる。


 何より、俺は口をあんぐりと開けた。


 そして、汗がダラダラと流れる。


「あっ……」


 安藤さんもまた、目を丸くして口を押える。


「……秀次くんよ」


 ポン、と肩に手が置かれる。


「事情聴取、させてもらおうか?」


「かつ丼……は無いけど。ピーナッツならあるぜ」


「いらねえよ、バカ……」


 俺はまた額を押さえて顔をうつむける。


「あ、あの、えっと、その……」


 安藤さんは、あたふたとしていた。







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