11 ドキドキの密着指導!?

「ねえ、安藤さん」


 いつものように、一緒に夕ご飯を食べていた時。


「何ですか、松尾さん?」


「今度の休み、一緒に公園に行かない?」


「公園ですか?」


「そう。キャッチボール、しない?」


「あっ……」


 安藤さんは小さく口を開く。


「でも、そういえば。安藤さん、運動はあまり好きじゃないんだっけ?」


「そ、そんなことはないです。苦手ですけど……がんばります」


 安藤さんは少し力を込める様にガッツポーズをした。


「分かった。じゃあ、楽しみにしているよ」


「は、はい。私も……すごく楽しみです」


 安藤さんは少し伏し目がちになっていた。




      ◇




 季節はまだ梅雨だけど。


 今日は珍しく快晴になってくれた。


「良かった、晴れてくれて。まあ、雨が降ったら、家でのんびり過ごせるから、それはそれで良いんだけどね」


「そうですね」


「また、安藤さんにマッサージしてもらいたいな、なんて」


「マ、マッサージ……」


 すると、なぜか安藤さんが頬を赤くする。


「どうしたの?」


「い、いえ、何でもありません」


「そっか。じゃあ、適当にあの場所でやろうか」


「は、はい」


 俺は安藤さんにグローブを手渡す。


「今まで、キャッチボールの経験はある?」


「すみません、ないです」


「良いよ、気にしなくて。じゃあ、まずは近い距離から」


 俺はボールを握り、


「行くよ」


「お、お願いします」


 緊張して身構える安藤さんへ、俺はふわっと柔らかくボールを投げる。


「あっ」


 安藤さんのグローブがボールを弾いた。


「す、すみません」


「ドンマイ」


 安藤さんはボールを拾う。


「じゃあ、今度は投げてみて」


「わ、分かりました」


 安藤さんはまた戸惑った様子で、


「え、えいっ」


 ボールはあらぬ方向に飛んで行った。


「おっと」


「はわわ! ご、ごめんなさい!」


「良いよ、気にしなくて」


 俺はボールを拾うと、安藤さんの下に向かった。


「ちょっと、ボールを握ってみて」


「あ、はい」


 安藤さんはボールを持つ。


「この縫い目に人差し指と中指を引っ掛けるんだ」


「こ、こうですか?」


「うん。もう少し、ここかな」


 俺は安藤さんの指に触れる。


「ひゃっ」


 すると、彼女が声を上げた。


「あ、ごめん。いきなり触っちゃって。嫌だったよね?」


「い、いえ、そんなことはありません。遠慮せず、もっと触って下さい!」


「そ、そう? じゃあ、こうやって、握って」


「は、はい……」


「ていうか、安藤さんって、きれいな指してるよね」


「ふぇっ!?」


「だから、きっと良いボールが投げられるよ」


「あ、はい……」


「じゃあ、次は投げ方ね」


 俺は言う。


「さっき見て思ったのは、ちょっと肘が下がっていたから、もっとこう上げて……」


 俺は安藤さんの肘に触れる。


「ひゃああぁ……」


「だ、大丈夫? やっぱり、俺が触らない方が……」


「い、いえ。遠慮せず、触って下さい。松尾さんは、一生懸命に教えてくれているんですから。私も、がんばります」


「う、うん。安藤さんは、がんばり屋で偉いなぁ」


「はうううぅ~……」


「じゃあ、ちょっと一連の流れをやってみるよ」


「は、はい」


「まずはボールを正しく握って……そう。ゆっくり体を半身にしながら右腕を引いて、肘は下げずに、手首を使って……投げる」


 俺は安藤さんの体に触れて動かして見せた。


「じゃあ、俺はまた構えているから。投げてみて」


「は、はい……」


 安藤さんは何かさっきよりも顔が赤くなっているけど、大丈夫かな?


「安藤さん、体調が悪いんだったら……」


「い、いえ、平気です!」


「そ、そっか」


「じゃあ、松尾さん。行きますよ?」


「おう、来い」


 安藤さんは少しドキドキした顔になりつつ、俺が教えた通りのフォームでボールを投げた。


「えいっ」


 ふわっとした孤を描き、すぽっと俺のグローブに収まる。


「やった、出来たじゃん。ナイスボール」


「あ、ありがとうございます」


「じゃあ、今度は捕るのをがんばって」


「分かりました」


 安藤さんは自信を持ったのか、笑顔で答える。


 俺はまた、ふわっとボールを投げた。


 しかし、ボールは安藤さんのグローブに収まらず、


「はうっ!?」


 ゴチン、と。


 彼女の額が受け止めた。


「あ、安藤さん!?」


 俺はうずくまる彼女に慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫か!?」


「ううぅ~……すみません」


 安藤さんは涙目で額を押さえながら言う。


「ほら、見せてごらん」


 俺は彼女の手をゆっくりとどかす。


「少し赤いけど、腫れはそこまでひどくないかな」


「そ、そうですか?」


 俺は安藤さんを近くのベンチまで連れて行って座らせると、


「ちょっと、待っていて」


 車の所まで行って、必要な物を持って彼女の所に戻る。


「良かった、救急箱を持ってきておいて」


「あ、すごい」


 安藤さんが声を漏らす。


「えっと、普通なら湿布だけど、おでこだから……これにしよう」


 俺は風邪を引いた時に使う熱冷ましのシートを出す。


「安藤さん、ちょっと前髪を上げて」


「あ、はい」


 安藤さんは言った通りにしてくれる。


「じっとしていてね」


 俺はそっと、彼女のおでこにシートを貼る。


「ひゃっ」


「大丈夫?」


「は、はい」


「……よし、きれいに貼れた」


 俺は安藤さんに笑いかける。


「あ、ありがとうございます」


 彼女は顔をうつむけながらそう言った。


「どういたしまして。今日は、もうやめにしておこうか?」


「あ、あの、もうちょっとだけ」


「お、安藤さん。ガッツがあるね~」


 俺は二カッと笑う。


「じゃあ、もう少しだけ頑張ろうか」


「は、はい」


 安藤さんは笑顔で立ち上がると、ボールを握った。


「え、えいっ」


「お、ナイスボール。じゃあ、行くよ」


 俺がボールを投げると、


「わっ、とっ、とっ……」


 安藤さんは焦りながらも、ボールをグローブに収めた。


「ナイスキャッチ」


 俺が言うと、彼女は笑顔を浮かべた。







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