6 髪を切る。可愛い服に袖を通す。そして、美女になる。
休日の街は弾んだ雰囲気がある。
「安藤さん、どうしたの?」
俺はとなりを歩く彼女に声をかける。
「えっ?」
「いや、何か浮かない顔をしているなって」
「いえ、その……髪を切りに行くなんて、随分と久しぶりなので。緊張しちゃって」
「大丈夫だよ。安藤さんなら、ちゃんと可愛くなるから」
「へっ!?」
安藤さんが少し驚いた顔になる。
何か、まずいことでも言っただろうか?
「あ、ごめんね。変なこと言っちゃって」
「い、いえ、そんな……ありがとうございます」
「おっ、ここだな」
目的である美容室にたどり着いた。
「じゃあ、入ろうか」
「は、はい」
俺は安藤さんと一緒に店に入る。
「いらっしゃいませ~」
「あの、予約していた者なんですけど」
「はーい、お待ちしておりました」
「よ、よろしくお願いします」
安藤さんはペコリと頭を下げる。
「こちらこそ。あ、彼氏さんはここで待ちますか?」
「へっ?」
安藤さんがまた驚いた声を出す。
「あ、いや。俺は彼氏じゃなくて、友人です」
「あら、そうなんですか? とてもよくお似合いなのに」
「そ、そんな……」
安藤さんは頬を赤らめて顔をうつむけてしまう。
「ではどうぞ、こちらに~」
美容師さんは笑顔で安藤さんを案内する。
「じゃあ、行っておいで」
俺が笑って言うと、安藤さんは小さく頷いた。
◇
美容室の匂いは少し独特だ。
シャンプーとかカラーリング剤の匂いが混ざって。
良質な香りが、俺を心地良い眠りへと誘っていた。
「……彼氏さん、彼氏さん。終わりましたよ」
その声がして、俺はハッと目を覚ます。
「いや、ですから俺は彼氏じゃ……」
目の前に立つ彼女を見て、俺はハッとした。
髪の長さ自体はそんなに変わった訳ではない。
けれども、美容師さんの手によってきれいに切り揃えられて。
少しばかり、クセをつけて、動きを出して。
たったそれだけのことなのに、彼女は見違えた。
「あ、あの……やっぱり、似合いませんか?」
安藤さんはおずおずとして言う。
「あ、いや、ごめん……思っていた以上に可愛くなったから、びっくりした」
「へっ!? そ、そんな、可愛いだなんて……」
「いや、本当に。安藤さん、もっと自分に自信を持ちなよ」
「は、はい……ありがとうございます」
すると、脇の方からニコニコとしている美容師さんの視線に気が付く。
「うふふ。やっぱり、お似合いですね」
「えっ……あ、あはは」
俺と安藤さんはひたすらに照れ笑いをしていた。
◇
髪型が少し変わっただけでも、やはり随分と違う。
安藤さんの背筋が少しだけ伸びて、歩き方も少しだけ自信を感じた。
「じゃあ、次は服を買おうか」
「あ、はい」
「安藤さんって、基本的にTシャツとGパンだよね?」
「は、恥ずかしながら、それしか持っていなくて……」
「じゃあ、今日はせっかくだし、もっと女の子らしい服を買ってみようか」
そして、俺と彼女は女性物の服がメインの店に入る。
「すみません」
「あ、はーい」
俺は店員さんに声をかける。
「この子に似合う服を見繕ってもらいたいんですけど……俺じゃ、ちょっと分からないんで」
「分かりました。優しい彼氏さんですね」
「いえ、俺は彼氏じゃなくて……」
「では、彼女さん。こちらへどうぞ」
「は、はい」
まあ、無理に否定する必要もないか。
店員さんもノリノリだし。
その方が、良い服を選んでもらえる気がした。
「今日はどんなお洋服をご所望ですか?」
「えっと、女の子らしい服を選んであげて下さい」
「じゃあ……やっぱり、ワンピースですね」
店員さんはいくつか、チャッチャと選んでくれる。
「ではでは、彼女さん。あちらの試着室にどうぞ~」
安藤さんは店員さんに連れて行かれる。
俺はその場で待つけど、周りは女性ばかりだから結構恥ずかしかった。
それから、しばらくして……
「彼女さん、着替え終わりましたか?」
「は、はい」
「では、オープン♪」
店員さんはノリ良く言う。
「あっ……」
俺はつい声を漏らす。
そのワンピースは、薄い緑色のブラウスを基本とし。
それより少し濃い目の緑のオーバオールっぽい服を上から重ねることで。
何かすごく愛らしい姿になっている。
小柄で細身な彼女にとてもよく似合う。
「ちょいロリータなんですけど、いかがですか?」
「あの、俺はすごく可愛いと思いますけど……安藤さんはどう?」
彼女は少しモジモジとしながら、
「……ま、松尾さんが可愛いって言ってくれるなら、これにします」
「きゃー!」
なぜか店員さんが叫んだ。
「っと……コホン。では、お買い上げということでよろしいですか?」
店員さんはニコリと笑う。
「はい。お願いします」
「ありがとうございま~す!」
◇
髪を切って、可愛いい服に袖を通した彼女と、街を歩いていた。
「安藤さん、気分はどう?」
「えっ?」
「喜んでくれたかなって……あはは」
「あ、あの……すごく嬉し過ぎて、言葉にならないです」
「そ、そっか」
何だか、俺も無性に照れ臭くなってしまう。
「あのさ、安藤さん」
「は、はい」
「せっかくだから、どこかでランチでも食べようか」
「い、良いんですか?」
「うん。せっかくオシャレをしたんだから、ね?」
「あ、ありがとうございます」
安藤さんは嬉しそうに微笑みながら、顔をうつむけた。
「よし、じゃあ行こうか……」
「あっ」
ふいに声がして、俺は振り向く。
「ゲッ!」
そこに居たのは、ギャル女子。
そいつは俺がよく知る女だった。
「こ、小柴……」
「ツグツグじゃ~ん! えっ、ていうか、一緒に居るのってもしかして……ひよりん?」
呼ばれて、彼女は顔をあげる。
「やだ、マジで~!? メッチャ可愛いじゃん、どうしたの~!?」
小柴が安藤さんに抱き付く。
「えっ、ていうか、ていうか、ていうか」
「回数が多いな」
「二人って、付き合っているの!?」
「いや、違うよ」
「じゃあ、何で一緒に居るの? ていうか、前から気付いていたけど、二人の雰囲気ちょっと変わっていたよね? ねえ、何かあったでしょ!?」
小柴は目をキラキラと輝かせて言う。
「分かったから、落ち着け」
俺はため息を吐いて言う。
「じゃあ、今から安藤さんとランチに行く予定だったけど……お前も来るか?」
「えっ、良いの!? でも、二人のデートをお邪魔しちゃうし~」
「安心しろ。今の時点で、もう十分に邪魔だ」
「ひど~い! ツグツグの鬼畜ぅ~!」
「お前の方が鬼畜だよ」
俺はまたため息を漏らして、安藤さんを見た。
「ごめん、安藤さんも良いかな?」
「あ、はい」
「やった~! ありがとう、ひよりーん!」
小柴はまた安藤さんに抱き付く。
「おい、小柴。あまりうるさくするなよ」
「分かっているって。ニッシッシ」
「小柴さんは、いつも元気だね」
安藤さんが笑って言う。
「でしょ~?」
「うるさいだけだよ」
「何だと、このぉ~!」
こうして、俺と安藤さんのデート(?)は一気に賑やかになってしまった。
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