7 君の笑顔が嬉しい

 目の前でニッコニコしているのは。


 同じコンビニバイトのギャルJK、小柴夏芽こしばなつめだ。


「で、二人はいつから付き合っているの? もうチューはした? おっぱいは揉んだ? それから……エッチも……キャー!」


「小柴、うるせえ!」


 俺が声を張り上げると、となりの安藤さんがビクッとした。


「ひゃっ」


「あ、ごめん、安藤さん。ビックリさせちゃったね」


「い、いえ。平気です」


 安藤さんはそう言ってくれる。


「ていうか~、ツグツグってば、ひよりんには超やさしくな~い? あたしにはこんなに厳しいのに」


「それはお前がバカだからだ」


「あ~、またパワハラ~!」


「お前、それマジで人聞きが悪いからやめてくれ」


「えへへ。じゃあ、今日のランチはツグツグのおごりで~」


「はぁ~、分かったよ」


 俺はため息交じりに言う。


「あ、あの、松尾さん」


「ん?」


「カット代とか、お洋服代とか、みんな出してもらったから。ここはちゃんと、自分で出します」


 安藤さんが言う。


 俺はそんな彼女に笑いかけ、


「大丈夫だよ、ありがとう」


 そう言って、彼女の頭に手を置く。


「へっ」


「まっ」


「遠慮せず、いっぱい食べてくれると、俺は嬉しいよ」


「は、はい……」


 安藤さんは頷いてくれる。


「なるほどね、ツグツグ」


「何だよ?」


「そうやって、ひよりんにいっぱい食べさせて、育てる気だね?」


「育てる?」


「うん。おっぱいとか」


「小柴、帰ろうか」


 俺は満面の笑顔で言う。


「うわーん! ツグツグの鬼畜ぅ~!」


「これくらいで鬼畜言うな」


「でもでも~、ツグツグだって本当は、もっとひよりんのおっぱいが大きければ嬉しいでしょ?」


「お前は本当に遠慮がないというか、失礼な奴だなぁ」


 俺は肩をすくめる。


「安藤さんは、今のままで十分に可愛いだろうが」


「はうっ!?」


 となりで安藤さんが何か声を発した気がするけど、俺はコンコンと小柴に言い聞かせる。


「まあ、確かに。今はちょっと痩せすぎな所があって心配だから。もうちょっとご飯を食べて、健康的になって欲しいと願ってはいるよ。なんて、余計なお世話かもしれないけど」


「ねえねえ、ツグツグ。となり見て」


「え?」


 俺はなぜかニヤつく小柴に言われて、となりの安藤さんを見る。


「……ふにゅうぅ」


 なぜか、気の抜けたような声を漏らしていた。


「あ、安藤さん? 大丈夫か? もしかして、具合でも悪いのか?」


 彼女は過去のトラウマから、まだ少し不安定な状態だ。


 だから、今日の外出が彼女にとって負担になってしまったかもしれない。


「……い、いえ、違います」


「そ、そうか」


「けど……胸が苦しいです」


「や、やっぱり、病院に行こうか?」


「ち、違うんです……」


 安藤さんはわずかに頬を赤らめて、弱々しい声で言う。


「ツグツグ、ラブいね~。さすが、初々しいカップルは違うよ」


「だからな、小柴。俺と安藤さんはそんな関係じゃないんだよ」


「じゃあ、どういう関係なの? 二人の関係、前よりも明らかに近くなっているよね? 一緒にバイトしていて分かっちゃうよ?」


「それは……」


 すると、料理が運ばれて来た。


 店員が立ち去った後、


「……安藤さん。話しても良いかな?」


 俺が問いかけると、彼女はためらいつつも、頷いた。


 それから、小柴に安藤さんの境遇と説明した。

 今の俺との同居生活のことも。


「……うっ……うっ」


 そして、小柴は号泣していた。


「こ、小柴、大丈夫か?」


「だ、大丈夫……」


 小柴は目の涙を拭う。


「ひよりん、これ食べて」


 そう言って、小柴はハンバーグを切って、安藤さんのお皿に載せる。


「こ、小柴さん? そんな、悪いよ。お腹減っているんでしょ?」


「あたしの空腹なんて、ひよりんの苦労に比べたら大したことないよ」


 小柴は鼻声で言う。


「ほら、ハンカチとティッシュ」


 俺は小柴に渡してやる。


「ありがと、ツグツグ……」


 小柴はハンカチで涙を拭い、


「ズビー!」


「って、おい! わざわざティッシュも渡したのに、何でハンカチで全部やっちゃうんだよ!?」


「あ、ごめん、つい……」


「はぁ、まあ、良いけど」


 俺がため息を漏らすと、


「……ふふふ」


 となりで、安藤さんが笑い声を漏らす。


「安藤さん?」


「あ、ごめんなさい……二人のやりとりが、ずっとおかしくて……」


 安藤さんはまた涙を浮かべている。


 でもそれは、今まで流した涙とは、少し違う。


「……食べようか」


 俺は微笑みながら言う。


「じゃあ、いっただきまーす!」


 小柴が元気よく言って、


「いただきます」


 安藤さんも涙目で言った。


 それから、料理を食べる。


「……美味しい」


「それは良かった」


「ひよりん、あたしがあげたハンバーグも食べてね」


「うん。ありがとう」


「そしてこの後、あたしが丸々と肥やしたひよりんを、ツグツグが食べると。うん、完璧なアシストだね!」


 キラン☆


「小柴、帰ろうか」


 ニコッ。


「わーん! その笑顔が鬼畜なのぉ~!」


 正直、あまりお店の中でハシャぐのはみっともないし、控えたい所だけど。


 安藤さんが楽しそうに笑ってくれるから、今日くらいは大目に見ることにした。







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