3 引っ越して、カップ麺を食べる
休日に俺は車を走らせていた。
「すごいですね、松尾さん。車を持っているなんて」
「ハハ、中古のローンで買ったんだよ」
「でも、本当にすみません。わざわざ、私のために……」
「良いんだよ。俺が安藤さんのためにしてあげたいって思うんだ」
「松尾さん……」
そして、俺たちは、安藤さんのアパートまでやって来たのだけど……
「……こ、これは。中々、すごいな」
お世辞にも、良い住まいとは言えない。
築年数は相当古いだろうし、何か気持ちちょっと傾いているような気がする。
うら若き花の女子大生がこんな場所に住んでいるなんて、あまりにも不憫すぎる。
「お、お恥ずかしいです……」
「いや、恥ずかしがるようなことじゃないよ。今まで、よく頑張ったね」
「……はい」
また、安藤さんが涙をこぼしそうになったので、俺は優しく背中を撫でてあげた。
それから、二人で安藤さんの部屋の荷物を車に積み込んだ。
あまりにも物が少なかったので、たった1回の往復で引っ越しが完了する。
「あの、松尾さん」
「ん?」
「今さらですけど、本当に良いんですか? 私が、松尾さんの所に転がりこんでしまって……」
うつむく彼女の頭に、俺はそっと手を置いた。
「良いんだよ。だって、放っておけないからさ」
「……ありがとうございます」
そして、俺の部屋に彼女の荷物をセッティングする。
「ごめんね、1Kで収納が限られているから。本当なら、ちゃんと分けてあげたいんだけど」
「そんな、お気遣いなく」
安藤さんは慌てて手を振って言う。
「さてと……お腹すかない?」
「あ、私が作りましょうか?」
「うん、安藤さんの美味しい手料理はぜひとも食べたいね。でも、安藤さんも引っ越しとかで色々と疲れているだろうからさ」
俺はキッチンに向かうと、そこにある棚を開けた。
「たまには、これも良いでしょ」
「あ、カップ麺……」
安藤さんは小さく目を丸くした。
「嫌かな?」
「いえ、そんなことないです。もう、カップ麺はずっと食べていなかったので」
「あ、そうなの?」
「はい。大学に入ってからはずっと……だって、カップ麺って実は高いですもん」
「え? むしろ、貧乏メシじゃない?」
「まあ、そうですね。でも、日割りとかすると、お米の方が結果として安いんですよ。ご飯一杯で大体、2、30円くらいだと思います」
「それは確かに安いね。安藤さん、よくそんなこと知っているなぁ」
「本当に貧乏だったので、色々と勉強しました」
「そっか……じゃあ、今日はちょっとだけ、贅沢しても良いですか?」
俺はカップ麺を揺らして、少しおどけながら言った。
「はい」
安藤さんは笑顔で頷いてくれた。
「ちょっと待っていてね」
俺はお湯をさっと沸かす。
沸騰したお湯をカップ麺に注ぐと、安藤さんの所に持って行く。
「しょうゆとシーフード、どっちが良い?」
「松尾さんはどっちが良いですか?」
「安藤さんはどっちが良い?」
俺があえてもう一度、聞き返すと……」
「……じゃあ、しょうゆで」
「どうぞ」
俺が差し出すと、安藤さんはぺこっとした。
「おっ、3分経ったね」
俺は言う。
ぺりぺりっ、とふたをめくると、香ばしいシーフードの香りが鼻腔をくすぐった。
「……あっ、良い匂い」
安藤さんもまた、呟く。
「じゃ、食べようか」
「はい」
「割りばしどうぞ」
「ありがとうございます」
そして、俺たちは二人仲良く手を合わせて、
「「いただきます」」
俺は腹が減っていたこともあり、ズルズルッ、と勢い良く麺をすすった。
「うん、やっぱり美味いなぁ」
一方、安藤さんは久しぶりのカップ麺ということで、少し慎重に麺をすすっている。
「……美味しい」
「それは良かった」
ちゅるちゅる、と麺をすすっていると。
安藤さんの目に、またジワリと涙が浮かぶ。
「大丈夫?」
「……ごめんなさい。このカップ麺の味が、とても優しくて」
「やっぱり、たまには良いでしょ?」
「……はい」
「あ、そうだ」
俺は立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
「これ、ちょっとしたアレンジ」
俺は安藤さんに卵を渡す。
「めっちゃ体に悪いけどね。入れると美味いよ」
「やってみます」
安藤さんはコンコン、と卵を割ると、カップ麺に入れた。
少しだけかき混ぜてから、またちゅるる、と麺をすすった。
「……あっ……もっと優しくなった」
「ねっ。たまごって偉大だよな」
「たまご、好きなんですか?」
「うん、好きだね」
「じゃあ、今晩はオムライスでもしましょうか?」
「えっ? オムライス作れるの? 難しいでしょ?」
「作れますよ」
安藤さんはニコッと微笑む。
「やった、今晩の楽しみが出来たよ」
「あの、夜までどうしてます?」
「とりあえず、もう少し部屋の整理整頓をしようか。安藤さんが暮らしやすいように、スペースとか区切らないと」
「そんな、私になんて気を遣わなくて良いですよ。松尾さんの生活を邪魔しない方が優先です」
「安藤さん」
俺は彼女華奢な肩に手を置く。
「もっと俺を頼ってくれ」
彼女が目を見開くと、またポロリと涙がこぼれる。
「……何から何まで、ありがとうございます」
たぶん、まだしばらく、彼女は涙を流すと思う。
それでも、いつか。
心の底からの笑顔を見せてくれたら、俺は嬉しい。
「ねえ、安藤さん。ちょっと、そっちのカップ麺ももらって良い?」
「あ、はい。どうぞ」
「代わりに、俺のカップ麺も食べて良いから」
「あ、はい……」
「ん? どうしたの?」
「い、いえ……何でもありません」
安藤さんはなぜか頬を赤らめて、顔をうつむけてしまう。
俺は小首をかしげながら、彼女が食べていたカップ麺をすすった。
「うん、美味い。しょうゆも美味しいね~」
「そ、そうですか」
「ほら、安藤さんも遠慮せずに」
俺が言うと、安藤さんはおずおずとしつつ、また遠慮がちにカップ麺をすすった。
「……あ、すごい」
「シーフードも美味しいでしょ?」
「そ、そうですね……」
なぜか、安藤さんはずっと顔を赤らめたままだった。
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