三つ首の怪物 ⑤

 パチリ。


目が覚め、意識が戻る。


目を開けてはいるが、あまりにも周りが暗く閉じていてもきっと変わらないと思う。


冷たい地面で力尽きたはずの体は、ふわふわと暗闇の中で浮遊しているかのような、水の中にいるような、何とも言えない心地よさに包まれていた。

不思議なことに体は動かせるが、移動はできない。

近い例を挙げるなら夢の中にいる様な感覚。


(ここは何処だ?まさか死んだとかじゃ・・・)


最悪の事態を想定しながらも、今自分の置かれた状況を理解するために暗闇を見渡す。やはり何も見えない。


いや、大丈夫だ。

まだ生きてはいる。

とにかくそう思い込むことにする。


どれだけの間気を失っていたのかもわからない。何故こんなところに来たのかも。

 

 このままの状態を受け入れてしまえば二度と現実へは戻れないだろうなんて考えてしまい、途端に不安が波のように押し寄せるがどうする手立ても無い。


トンネルの中で異常状態になってしまったが、今は落ち着いているのが不幸中の幸いだ


(考えろ、考えろ。ここに来る前に何があったかを思い出すんだ。確か感覚が狂って体力も無くなって、ぶっ倒れて・・・。その後だ、あのトンネルで人の気配は無かったと思う。だから誰かに連れられてきたわけではないはず、だとすれば・・・トンネルに来た時と同じで、このミサンガに何かないか?)


 訳が分からないことが起きている以上、その原因も得体の知れない物によるものだと考え、それに該当する右手首の紫ミサンガを凝視ぎょうしする。


しかし、改めてミサンガを見て気づいたことは、紫だと思っていたが赤と青の細い糸が何重にも編まれているから紫に見えているだけであること位だった。


頼みの綱であったミサンガも空振りに終わり、全身の力が抜ける。


詰みだ。


 もう、自分にできることは無い。ただ、ここで無になるのをひたすら待ち続けるだけだ。気が付けば楽しかったことや小さい頃の記憶を勝手にさかのぼっている。

生きることを諦めた証拠なんだと思う。


(そういえば、最後の日に何が食べたいかなんて昔聞かれたっけな。実際食欲も湧かないんてあの頃の自分に伝えてやりたいよ)


もうなんだか達観してしまって、少し笑みを浮かべる余裕すらある。


この短い人生、いろんなことがあった。今ほどではないが。

記憶がめぐる度に、何度も何度も脳裏に浮かぶのは家族の顔。

きっともう会えない、見れないであろう顔。


(父さんには、もうすぐ会えるのかな? でもきっと叱られるだろうな。母さんを一人残すんじゃない!って)


そういえば父さんに言われたこと、結局何も守れてないな。

せっかく自慢の息子なんて言ってくれたのに。

母さんも家族がこう立て続けに居なくなったら、優しい人だから自殺してしまうかもしれない。


それは嫌だ


(・・・ああ、嫌だ死にたくない。まだ、まだ)


家族のことを想う度、その熱が諦めという氷を溶かし始め、遂には本心が漏れ始めた。


走馬灯のように、人間は死を覚悟すると過去の記憶から現状を打破できないかと解決策を探すという様な生存本能が機能すると言われている。


その生存本能は解決策を生むまではいかなかったが、終夜の諦めを断ち切った。


「まだ、僕は諦めない」


暗闇の中、声に出して自分自身の意思を確立する。


 その時だった。それに呼応したのかどうかは定かではないが、ぼんやりとミサンガが青く光りだした。

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