第3話 すぃませぇん!あのぉ!僕ぅ!
ゴードンの葬儀は恙無く終わった。町の教会でカール・ゴードンの墓石と共に眠っている。
僕とリディアで仕留めた熊は体重400kg代のそこそこ大きな物でこの地方の新聞で取り上げられたが、まぁ、そこは置いておこう。
「パトリック」
葬儀が終わり、僕はカールさんに呼ばれて店に行った。
「こんにちはカールさん」
「ああ、ゴードンの仇をありがとう」
仇、仇か……
「いえ、僕達の命も掛かっていましたから」
「にしても、だ。
そして、聞きたいことが有る」
カールさんは小銃を取り出した。
小銃は木製の銃床やボディに傷が多数付いている。ゴードンが熊を殴ったり、熊の攻撃を防ごうとしたりしたのだろう。
「何故、ゴードンは一発も撃たなかった?
この銃は一発しか撃っていない。それはお前さんが撃ったやつだな?」
「はい。山鳩を仕留める際に」
「弾は5発入っていた。
何故、あのアホ倅は一発も撃てなかった?」
ふむ。
「多分、安全装置の解除が出来なかったんでしょう」
「なに?この安全装置は壊れていたのか!?」
「いえ、壊れてません。
ゴードン自身がそもそも安全装置の概念が無かったんですよ」
新型ライフルは槓桿後端にある摘みを左右に動かす事で安全装置が掛けられる簡単なものだ。
槓桿を引き、安全装置を掛けておくと槓桿操作は勿論、引き金の操作、つまりは撃発が不可能に成る。
市販のライフルは殆が単発式で安全装置は付けられていない。
軍からの放出品の小銃は安全装置が付いているらしいが、軍でボロボロになるまで使われたうえに安全装置と言う不便な物が付いている銃は人気が無い。
弾を込めて置いて得物を見つけたら解除して撃つ。そんな事をする猟師は居ないし、そもそも安全装置付きの銃はついてない銃より高い。
「ゴードンは安全装置の扱いに慣れていなかった為に熊に反撃出来ずに死にました」
告げるとカールさんは目を瞑り、額に手を置いた。
「おっかあに早死され、息子にも先に死なれちまった。
俺はどうすりゃ良い?」
知らんがな、とは言えんよね。
「二人の分まで生きて行くしかないです。
人間の死とは何か分かりますか?」
「人間の死?
そんなもん、墓の下にいる事だろう」
「いいえ違います。
その人が完全に忘れ去られた時です」
まぁ、僕の持論なのだが。
「人の死は、その人が忘れ去られた時に本当に死ぬんです。
死んだ人でも、その人の思いや考えが残ればその人は部分的でも生きているんです」
「ゴードンみたいな死に方をしてもか?」
「寧ろ、ゴードンは少なくともこの町に取って最も有益になる死に方をしました。
銃の安全装置の解除、ただただノッチを左右にズラすと言う動作でも焦っていたら難しいと言う事を、その身を持って見せてくれた。
カールさん」
一呼吸置き、目の前の男に視線を確り合わせる。
「貴方のする事は何ですか?」
カールさんはハッとした様に僕を見る。
それらしい回答してみたが、どうも正解らしい。やったぜ。
「これ、貰ってくれねぇか?」
「良いんですか?」
「ああ、今の俺には、その銃は辛過ぎる。
だから、俺が平気になるまで、お前さんが持っててくれ。
それに、お前さんならこの町の誰よりもこの銃を上手く使える。その方が銃も喜ぶだろう」
「……わかりました。
では暫く預かりますね」
「ああ、序に弾薬も全部もくれてやる。
その銃の弾頭は特殊なのは知ってるだろ?」
「ええ」
薬莢を使う弾頭には大きく分けて2種類ある。一つはどんぐりみたいな丸い形の弾。平頭弾と呼ばれる奴で所謂拳銃弾がそれに当たる。
もう一つは尖頭弾と呼ばれる奴で、先が尖ってる所謂ライフル弾と呼ばれる奴がそれだ。
そして、その弾頭を作るのは何時もの平頭弾を作る専用の型が居る。現状、平頭弾が市井では最も普及しているし連発銃もチューブマガジン式が多いのだ。
通常の縦に入れるタイプのライフルは軍が特許を占有しているのでやっぱり市井では中々な普及しない。
「いいんですか?」
「構わん。弾頭材料はそっちで用意してくれれば、何時でもうちの工房に来てくれば場所を貸してやる。
火薬も用意しておくしな」
「分かりました。
じゃあ、お言葉に甘えます」
「ああ、ありがとうよ」
「いえ、こちらこそ」
それから暫く弾の作り方や調合等を聞きカールさんの店を後にする。
貰った小銃を担いで家に帰る。
それから一週間程するとセリナが家を訪れた。
「パトリック、いらっしゃいますか?」
「鍵は開いてるよ」
言うと扉が開き、セリナと軍人が二人入ってきた。
「やぁ、セリナ。
椅子が足らないな。少し待ってて」
この家には椅子が3つしかない。椅子代わりに成る物を持ってこなくては。
「いえ、私の方は大丈夫です」
軍人の1人が慌てて告げる。なら良いや。肩に担いでいるのは貰った小銃と同じ物だ。
「そうですか。
銃架は其処にあります」
銃を立て掛ける台を指差す。其処には僕の小銃達が立て掛けられている。
「弾薬はそちらに」
その隣の棚がある。其処には弾薬を保管している。鍵がないのは怖いが、まぁ、この世界は銃社会なので日本より大分扱いが雑になる。
「ああ、分かった」
「何か飲みます?」
「コーヒーで」
「私達は結構です」
椅子に座る軍人が即座に答えた。格好的には椅子に座ってるのが士官だろう。
「わかりました」
自分とセリナの分のコーヒーを淹れてから士官を見る。
「それで、軍の将校様がこんなボロ屋に何の御用ですか?」
「それは私が説明します」
セリナが口を出す。
「こちら、第13師団司令部のロッテンマイヤー少尉。軍が演習をするのでその案内人を付けたいそうです」
なるほどね。
「分かった。良いよ。
行軍の案内人?」
「其処からは私が説明する」
将校が咳払いと共に告げる。
「我軍は夏季の検閲に先立ってこの町と山において演習を行う事となった。
お前はこの町で最も山に詳しいと聞く。
案内をせよ」
「構いませんが、幾ら出ますか?」
ニッコリ笑うと将校は1日5千マルクルと言う。舐めとんのかコイツ。
「ハッハッハッ!
地図とコンパスで演習すると良い。歩兵は鉄砲だけじゃなくて地図とコンパス使えないと戦争できませんよ」
「幾らだ」
「1日10万は貰わないと。
春から夏にかけては狩猟シーズン真っ盛りですからね」
「ぼったくる気か!?」
将校が机を殴りつけて立ち上がる。
「いいえ、正当な要求ですよ」
「軍人様、パトリックは1日10万円前後の肉や毛皮を稼ぎます。春から秋に掛けて、パトリックを含め猟師達が獲って来た毛皮や肉などもこの町の重要な収入の一端となります。
軍が演習でこの町を利用し収益の不足分が発生するのを飲み食いや宿の提供で賄うわけですし、山の猟師達を案内人として雇い入れる事で演習間の収入に変えるのが条件です。
そして、猟師達の収入に関してはその猟師の収入から算出するとも契約書に書いてあります」
セリナが何かの書類を将校の前に出す。将校はそれに目を通し目を見開いた。
「本当にこれだけ取っているのか?
まぁ良い……わかった。1日10万マルクルで手を打とう」
「ご理解頂き幸いです」
これで前半期の収入は安定するぞ。一日中山を歩き回って獲物を探さなくて良いんだから。
「明後日、町長の屋敷に来い。
其処で詳しい話をする」
「はいはい、分かりましたよ将校さん」
セリナが夜ご飯の時に家に来てと告げると将校たちと共に去って行った。夕飯にお呼ばれした訳だ。
その日は野うさぎを数頭狩ってお土産にする。
内臓も取り血抜きも終えれば良い時間だ。お土産片手にセリナの家に。
「ドーランさんこんばんわ。
ただ飯食いに来ました」
「やぁ、パトリック。
娘が待ってるよ」
ウィルヘルム・ドーラン。この町の町長だ。
「はい。
あ、これお土産です」
ウサギを渡し、奥に向かう。
この家は何度か来てるのだ。
「お邪魔します」
ダイニングに入ると、其処には山でよく見る人達が揃っていた。
「お、パトリック。遅いんじゃねぇのか?」
「そこ座れそこ」
「リディアの横空いてんぞ」
言われるがまま座れば右隣にリディア、左隣にセリナが来る。
挟まれた。ま、良いや。
「案内人一同って感じ?」
「そうよ。
今回は町に多くの軍人が入って来るわその事でも注意をして貰いたくてね」
セリナがなぜか僕を見ながら告げる。周りの男達はヒューと茶化しながら口笛を吹いた。
「端的に言えば、合意の上なら病気に気を付けてやっても良い。
襲う襲われる、未遂でも報告する様に。金銭のやり取りは目を瞑るからお心付け程度なら貰っても良いと思う」
やって来たドーランさんが告げる。そのまま上座席に座り僕を含め全員の男を見た。
「ただし、怖い怖い奥方には自分で何とか言うように。子供を孕ませてま僕等は何の介入もしないからそのつもりで」
ドーランさんの言葉に全員が笑う。
男は何処の世界に言っても下ネタが好きなのだ。
「それで、案内人って何するだい?」
「お貴族様の道案内さ。
この国の軍隊は士官達は大体お貴族様なのは知っているだろう?」
ドーランさんら僕らを見る。生憎僕は知らない。
「全然知らないです」
手を挙げると周りはさもありなんという顔をされた。
「まぁ、言葉のままだよ。
帝国軍は皇帝の血筋が各師団を保有しているんだ」
帝国軍は全部で16師団の師団で構成されている。
そして、その師団の下に各地方毎に連隊が置かれているらしい。僕は素早くメモと組織図を作る。
「成程、師団長は皇帝の血筋で各連隊は血筋の血筋。
そして、連隊の将校は貴族や騎士になる。
騎士は貴族社会の底辺で領地を持たない貴族で戦争により功勲を取ることにより領地を手に入れて騎士階級から抜け出し貴族に成れる」
「そうそう。
やっぱり、君は覚えが良いよ。今からでも学校に来ないかい?」
教師役はドーランさんだ。
「生活が出来なくなるので」
「うちに婿入しなよ」
「ハッハッハッ、話を進めましょう」
先を促す。
「しかし、何でまた軍が此処で演習するんだ?」
「確かに。此処に軍が演習に来るなんて初めてじゃないか?」
「町が活気良く成ると良いな」
猟師達は勝手なことを思い思い述べる。
「新聞を読みなさい」
ドーランさんが呆れた顔で告げる。僕はテーブルに置かれた誰かの新聞見る。其処にはフレツテン王国新国王戴冠とカロリング共和国新政権樹立と書かれている。
フレツテンとカロリングは我が帝国の南にある国でまぁ、三国間で昔から喧嘩していた。
前の王と政権は比較的仲良く出来ていたので両国から港と回廊を認めて貰っていた。
「あ〜……なるほど。
これ、帝国の港取り上げられる可能性が出て来たって事ですか?」
新聞を置いてドーランさんを見ると
「その通り。
お前達もパトリックを見習え。誰よりも獲物を撃ち、学がある。
さっきも態々うさぎを二羽手土産にして持ってきてくれたんだぞ?」
そういう所を見習えよ、と何故かお説教を僕以外の全員の男が食らいバツの悪そうな顔で僕を見る。僕は何も悪くない。
「モテる秘訣さ」
ね〜?っと両隣にいる美人さんに告げるも何故かソッポを向かれる。
「ハッハッハッ。
軍人が来るのは理解できた所で、何するんです?将校団の道案内ですか?」
「その通り。
パトリックは顔が良いから師団司令部付きの案内人だ。気苦労があるだろうけど、そこの処も見込んでの師団司令部付きだ」
それから各々にどこの部隊につくのかという指示が下る。内々示だ。明後日の説明で内示に成る。
「師団司令部にはパトリックとセリナだ。
まぁ、基本的に町の事に周囲の村の事と山の事だって話だ。
お小遣い稼ぎもして良いからね」
度が過ぎない程度にねとドーランさんは笑い夫々の説明を夕飯を食べつつしていった。
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