第11話 訪問

 翌日。

 隊務を終えた総司と弥三郎は、小家を目指して連れ立って歩いた。


「寒い寒い」


 暦は九月。晩秋だが、これからの冷え込みを思うと、憂鬱さが募る。京の底冷えに襲われることを想像するだけで背筋が凍りそうになる。江戸の、乾いた冬が懐かしい。総司は長身を縮めて歩いた。


「でも、朝晩冷えるごとに紅葉が深まって、きれいですよ」

「ふうん。紅葉、ねえ」


 俳句好きの土方ならば一句ひねり出すところだが、生憎総司にはそんな高尚な心得はない。もみじをかたどった菓子ならば大歓迎だが、枯れ葉では食べることもできない。


 今宵は女が手料理をご馳走してくれるらしい。総司は巡察の帰りに立ち寄った、瑠璃のお店の団子を懐にかかえていた。せめてもの土産として。


 おそるおそる甘味屋に赴くと、総司を見つけた瑠璃が明るい笑顔で飛び出してきた。『先日はありがとうございました。あのあと、いくら待ってもお店にいらっしゃらないから、どうしたのかと心配していましたよ』と、紐をつけて首から提げた地主神社のお守りを、総司だけに分かるようにちらっと見せてくれた。総司も黙って懐から自分のお守りを取り出し、笑顔で見合った。


 それは、ふたりだけに分かる符牒のようだった。早速、ご利益があったと実感する。

 総司は自分の小ささを恥じたが、それだけで本望だった。幸福感に包まれる。やはり、新選組だとは知られたくない。


 瑠璃を思い出すと胸が熱くなるが、今は弥三郎のことだ。


「そうだ、これを弥三郎に。ご利益があるかも」


 総司はいつ渡そうか悩んでいたお守りを、ようやく手渡すことができた。勢いで買ったはいいが、白刃の下をすり抜ける日々の新選組の隊士に、恋愛成就のお守りなど、女々し過ぎるかと懐で温めたまま、逡巡していたのだ。弥三郎は恭しく両手で受け取ってくれた。


「はあ、ありがとうございます。じぬし……神社」

「いやそれね、じしゅ神社って読むんだって。清水寺の境内にあるの、知らないかな」


 すっかり京の都の通気取りで、総司は地主神社の解説をした。そのほとんどが、瑠璃の受け売りだが。


「なるほど。恋愛の」

「今の弥三郎には、ぴったりでしょう」


「ご心配、ありがとうございます。女とは半ば、一緒に暮らしている形になっていますが、あれの本意が掴めなくて。もしかしたら、私は彼女の仇討ちのために利用されているだけなのかと、邪推するときもあります」

 

一見、相愛に見えた弥三郎も弥三郎なりに悩みがあるらしい。伏し目がちの、暗くよどんだ顔。

 総司は懐にある、自分のお守りを着物の上からぎゅっと握りしめた。



 女が住んでいるのは、細い小径をうねうねと進んだ先にある、小さな町家だった。中庭に小さなもみじの木が植えてあり、赤く色づいている。苔むした石の上に、落葉したもみじの赤が映える。


「こんばんは」


 早速、いい匂いがする。手料理に間違いない。女は今夜だけ、仕事を早めに切り上げて総司たちを待っていてくれたらしい。条件反射で、おなかがきゅっと鳴る。


 家で見る女は、きつい視線が薄れており、普通にどこかのご新造さんかといった印象。これが本来の女の姿だろうか。一家が離散しなければ、よき家刀自になっていたはず。


「どうぞ、これ」


 総司は団子を差し出した。


「これは、祇園の甘味屋はんの包み。私もたまに行きます。あの店では、なにを食べても美味さかい」


 ほう。

 総司は感心した。あの店のよさを知っているとは。単純だが、この事実だけで総司は女にかなりの好感を寄せた。


 女は小さな位牌の前に包みをお供えした。死んだ父のものだろうか。総司は興味を惹いたが、仏壇を覗くのは悪いと思い、視線を逸らした。


「さ、沖田先生。狭いですが、早く上がってください」


 女が用意してくれたぬるま湯で足をすすぎ、総司たちはくつろいだ。仲よさげなふたりを眺めていると、所帯もいいものだと思えてくる。


 ……とある日。

 わたしが帰宅すると、お瑠璃ちゃんがあれやこれやとわたしの世話を焼いてくれて、そんな彼女がいとおしくて、わたしはお瑠璃ちゃんを抱き留める。

 つい、妄想から笑みがこぼれた。

 現実にはできない夢だからこそ、楽しい。


 料理はどれもおいしかった。本陣で賄い飯のようなものばかりを慌しく食べさせられている今では、こういうのどかな夕餉は懐かしい。ただ、江戸育ちの総司には薄味だったのが残念だが、酒もだいぶ進んでしまった。それほど飲めない口なのに。


 女は酌をするぐらいで、会話に口を挟むこともほとんどなく、もの静かだった。小料理屋では、過剰なまでに愛想を振りまいていやに商売っ気を感じたが、あれは繕った一面だったらしい。


「今夜は、ずいぶん早くに酔いがまわってしまいました。そろそろおいとまします。弥三郎はここに泊まるのでしょう。では、明日の朝稽古で」


 総司は立ち上がった。足元がふらつく。


「お送りします。沖田先生、危ないです」

「だいじょうぶですよ。弥三郎こそ、ふたりの時間をゆっくり過ごしてください。土方さんにはいつでも取り成ししますから、ふたりの気持ちが固まったら言ってください」


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