第5話 品定め①
土方のような小細工は自分に向いていない。
と、判断した総司は、弥三郎がひとりでいるときを狙って直接話しかけてみた。逃がさないよう、巡察が終わったあと、すぐに。
「いい人がいるって聞いたけど」
あまりにも率直な総司の問いかけに、弥三郎はひどく動揺した。若者らしく、顔を赤らめて俯いた。無理もない。しかし、総司は畳みかけた。
「会わせてくれないか。ほら、わたしが知っていたら、面倒なことも詮索されないで済むし。実は、弥三郎が悪い女に引っかかっているらしいと、おかしな噂を耳にしたものでね。おせっかいだろうけど、悪いようにはしないよ」
暗に、土方の身辺調査のことを指してみた。過去に、裏で敵方に通じていた女などに引っかかった隊士も、土方はばっさりと処分している。
弥三郎の女がやましい筋の人間でなければ、弥三郎の処遇は安泰になる。総司が女との仲を認めてやれば、やがて家を構えるなり、所帯を持つなりできるだろう。
怪訝そうに総司の顔をしばらくうかがっていた弥三郎も、最後は承諾した。胸中ではいろいろ思案したようだが、上役の総司が素直にぶつかってきたのが、かえってよかったらしい。土方のように、策を弄するだけが仕事ではない。総司は頬を緩めて胸を張った。
***
弥三郎の女は、仏光寺近くの小料理屋で働いているという。
その夕、ふたりで店に行ってみた。緊張しているのか、弥三郎の口数は少ない。ふだんはもう少し明るい男のはずなのに。
客入りもまずまずの、町の小料理屋。
弥三郎の見繕いで酒と肴をいくつか頼みながら、隅の座敷にどっかり座った。ここならば、店内が見渡せる。
「あれです。悪い女ではありません」
やや恥ずかしげに、弥三郎はきびきびと立ち働く女性を、小さく指差した。
女は客に軽口を叩きながら、笑顔と嬌声を振りまいて狭い店内をすり抜けている。客とどのような会話をしているのかまでは聞き取れないが、女が声をかけると、どの酒卓もどっと盛り上がる。
背はやや高いが、黒々した髪の美しい、なかなかのきれいどころだ。切れ長の目に、引き締まった口角が鋭く、隙がない。
思わずどきりとして、総司は目を逸らしてしまった。こういうことには不慣れだ。今回の役目、やはり向いていない。総司は土方を恨んだ。
懐にしまってある人相書の写しを、総司は必死に思い出す。まさかここで写しを取り出すわけにはいかない。似ているだろうか。痩躯は当てはまるが、優男とはどうだろう。どう見ても女だ。
総司たちふたりの視線に気がついた女は、意味ありげに笑顔を作って寄越した。初心な弥三郎は、女のそんな仕草ひとつで悶えている。すっかり本気らしい。そんな弥三郎の様子を見て、ほほえましくなった。
「たいした惚れようですね。いずれは、一緒になるのでしょう」
「いえ、彼女は一家が離散してしまって、同郷の私を頼ってきただけです。昔、家が隣同士だった縁で」
「ほう。同郷、というと」
「丹波です」
総司は富田弥三郎の経歴を思い出してみた。丹波。地理には疎いが、京のそばの地名だったと記憶している。弥三郎は確か、武士の出ではなかったはず。
新選組は、過去や出身にさほどこだわらないゆえ、たとえ自分の一番隊の隊士だろうと、総司もいちいち覚えていないことが多い。
「私の家は薬屋です。そして、彼女の家が医者でした」
そうだ、思い出した。土方が薬屋と聞いて、勝手に好感を持っていた。今では新選組副長の土方も、京に来る前は、農作業の傍ら、家業の薬を近辺に売り歩いていた。
総司は弥三郎の語尾が気になった。『医者でした』とは。
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