第4話 反芻
宇喜多秀彦の受けた傷は、現場で総司も確かめたが、どうも、左利きの刀筋のようだった。右肩から左脇腹にかけて、大きく斜めに一閃、そして首筋をばっさり斬られていた。
「この斬り口、結構な使い手だな。ためらいもない。おそらく、斬り結んだ相手は左利き。沖田さんはどう思う」
共に現場を確認しに行った、斎藤一のことばが脳裏を掠める。
道場仲間ではないが、新選組では古参の斎藤は徹底した左利き。ふだんの生活はもちろん、たまに左手だけで黙々と刀を操る場面を、総司は何度も見ている。
総司は戦いを有利にするべく、自身の利き腕の話はしない。どうしても箸だけは左だが、普段の稽古は右を中心に、取り澄まして行っている。周囲には、刀は右を使うと思わせて、いざというときだけ、左を使うと固く決めている。秘してこそ、生きる技だ。
「どうかな。その場の判断で、とっさに左で斬ったのかもしれないし。左で抜刀することもあるでしょう」
「沖田さんは利き手の話になると、話をはぐらかすからどうもいけねえな。ま、左、左と連呼すると、真っ先に俺が疑われるから、やめておくか」
総司は斎藤の言を鼻で聞き流し、驚いたように開いている宇喜多の双眼をそっと閉じてやり、無残な遺体に手を合わせたあと、莚をかけた。この大きな傷と流れた血の量から推測するに、ほぼ即死だろうから苦しまなかったことだけが、救いだった。
***
土方の命を受けた総司はその足で、富田弥三郎をはじめとする一番隊の隊士部屋を訪れた。室内をざっと見渡したが、弥三郎はいなかった。
「富田ですか。あいつ近ごろ、非番になるとすぐに消えちまって。歳若のくせに」
「女ですよ、絶対。俺、見ました。仏光寺あたりの路次で、女とこそこそ話しているところ」
「たるんでいますよ、まったく。新入りのくせに、沖田先生の期待を背負っているからって」
「なんなら、俺らから厳しく言っておきましょうか」
どうやら一番隊の中では、弥三郎の評判は悪いらしい。つまらない嫉妬か。
「いや、いいんだ。配下のことは、わたし自身がつける」
土方の調査。隊士の話。弥三郎はなにか隠している。
総司はふらふらと本陣を出た。外は、つま先の感覚が失われるほどに寒い。手指も凍りそうだ。総司は手に息を吹きかけた。頭を冷やしたかった。
女がいるなど、特に目新しい話題ではない。
新選組は日々、斬った斬られたと命のやりとりをしているだけあって、非番の所業は士道に反しない限り、寛大だ。局長の近藤がそもそも、いろんなところに通うところを作っている。
総司は。
女にはまるで興味がないと言ったら嘘になるが、執着心は薄い。甘味屋の娘は気になるけれど、どうしても欲しいかと問われたら困る。
女云々以前に、この身は近藤に預けた体。いつ死んでもいい。この世に未練を残さないように生きたい。京に上るときにそう決めた。
近藤は、家族愛の薄い総司を慈しんでくれた。近藤局長という信念がなければ、人斬りなんかできやしない。
なにも考えられないぐらいに、頭の中身すら凍りついたところで、総司は帰陣の道に着いた。
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