第24話 チェンジ・ザ・商店街

「さて、どうしたもんか」「警察でしょ、警察」「ああ、すぐに連れてってもらおう」


 商店街を襲撃した不良達は、現在、通りの真ん中に位置する広場で、四人まとめて、縄によってぐるぐる巻きの状態だった。その周りを取り囲み、彼らの処遇をどうしようかと、商店街の人々は意見を述べる。

 意見はどうやら、大半が、彼らを警察へ引き渡そうというものが多いようだ。大きく壊されたものはシャッターのみだが、バイクでの暴走など、危険な行為も多々あった。意見がそうなるのも無理はない話だ。


 だが、シシノには、この不良達の気持ちが少しだけ分かるのだった。


「あの……皆さん、ちょっと待ってくれませんか?」


 意見が飛び交う中、シシノが手を挙げると、人々の注目が集まった。


「なんだい、強面の兄ちゃん」


「はい、あの……そいつら、ちゃんと謝ったら、許してやってくれませんか?」


 その発言に、商店街の人々はざわめく。


「何を言ってるんだ」「許せるわけないだろ」「こんな不良放っといたら、なにしでかすかわからん」「また暴れられたら困るわぁ」


 ざわめきはどんどん大きくなる。果てには、「やっぱアンタも不良なんじゃねえか」という声まで聞こえてきた。


 ──やっぱ、おれじゃダメだ。わかってもらえねえ。


 言いたいことが、言葉にできない。別に、彼らの行いが悪くないと言いたいわけではないのだ。ただ、彼らがなぜ、こんな行動を起こしてしまったのか、それを言いたいのに。


 ──理解してもらうことは、難しい。説明するのが難しいから、もう、これ以上、何も言わない方がいいか。


 シシノがあきらめて、その口を閉じたとき、優しく肩に触れ、代わりにシエラが前へ出た。そして両手を上げて口を開く。


「あのね皆! その人達は、この商店街で買い食いがしたかったんだと思うの!」


 その言葉に、シシノと不良達は、ハッとしたように顔を上げる。

 一方で商店街の人々は、皆、呆気にとられたような顔になっていた。

 だが、シエラのハッキリとした言葉に、その場にいる全員の注目が集まっていた。誰もがシエラの発言の続きを聞こうとしていたのだ。


「だってその人達、多分ここで何も食べたことないんだよ。コロッケもソフトクリームも、何にも。だって、あんなにおいしいの食べたことがあるんなら、壊そうとするはずないもの」


「そ、それがどう関係あるっていうんだ?」


 群衆から声があがる。シエラは、その声の方へ向くと、人差し指を突き立て、再び口を開く。


「関係大アリだよ! わたしは見たもの。この人達、商店街のシャッターが一斉に閉まった時、すごく悲しそうな顔をしてたの。シシノとおんなじようにね。それに、ちゃんと言ってたでしょ。『それがムカつく』って。きっと今まで、まともにこの商店街を歩けたことがなかったんでしょ。皆がああやって避けるから」


 そう言って群衆を見渡すと、シエラは不良達に問いかける。


「そうでしょ? それが嫌だったんでしょ? 普通に歩きたかっただけなのに、学校帰りに買い食いでもしようかと思ってただけなのに、ただ雰囲気だけで避けられるのが、耐えられなくなったんでしょ?」


 群衆の視線は不良達へと集まった。沈黙する不良達は、しばらく地面を見つめると、たまらなくなったのか、ついに赤さらしが口を開いた。


「あぁそうだよ。最初は中学んときだった。いい感じの商店街だと思ってよ、入ったんだ。なんか揚げ物でも食いたくてよ……。けど、あのシャッターだ。何もしてねえのに、拒絶された感じがして、嫌だった。」


 すると、不良達は皆、口々に、その心の内を明かし始めた。


「おれもだ。そこのコロッケうまそうだけど、いつもシャッター閉まってるから買えなかったんだ」

「何度も何度も来てみたんだぜ? でも毎回シャッターが閉まってくんだ」

「だからおれら我慢ならなくなってよ……暴れたら開けてくれるかと思ってよ」


 不良達のその言葉に、シシノは自分と近いものを感じていた。今日、こうしてシエラが隣にいたことで、初めてシシノはこの商店街をまともに歩けた。買い食いだって初めてだった。だが、シエラがいなければ、閉じたシャッターに声をかけることなどなかっただろう。


 彼らは、シエラというきっかけの無かったシシノだ。だから、彼らなりに、きっかけを作ろうとしたのかもしれない。その結果が、こうなることも考えられなかったのだろう。


「おばちゃん、コロッケ、まだあるよね?」


 静まり返った中で、シエラが問いかける。

 すると、おばちゃんは頷き、二人で肉屋の方へ歩いて行く。シエラは小銭を払い、コロッケを四つ持って、広場へ戻って来た。


「シシノ、半分持って、食べさせたげて」


「お、おう?」


 シエラはシシノにコロッケを二つ手渡し、群衆の中を進む。四人の不良の前へ立つと、その手に持つコロッケを、不良達の前へ差し出す。シシノも後に続き、シエラの真似をした。


「はい、あ〜ん」

「あ、あーん?」


 不良達はキョトンとしている。


「コロッケ、美味しいよ。食べて」


「い、いや、なんだってそんなことしなきゃなんねえ……」


「いいから!」と、不良達の拒絶を突っぱねるシエラ。その剣幕に、不良達は渋々、目の前のコロッケを頬張った。

「サクッ」という軽い音が四つ、広場に響く。その音は、「サクッ、サクッサクッ」と、続いて響いた。

 あっという間に、コロッケは無くなってしまったのだ。


「どう? 美味しいでしょ?」


 シエラが優しく問いかけると、不良達は、一筋の涙を流し、口々に言うのだった。


「あぁ、美味えよ「美味え「最高だよ「やっと、食えた」


 そして、商店街の人々に向き合う。


「すみませんでした。ただ、ここで買い物がしたかっただけなんだ。普通の奴らと同じように。でも、どうしたら分かってもらえるのか分からなくて、今日、こんな暴れまわっちまいました。……本当に、すみませんでした」


 深々と頭を下げる様子を、商店街の人々は、ただ見つめる。誰もが、何を言おうか困っているのだ。

 そんな中、口を開いたのはシエラだった。


「ほら、皆、コロッケ美味しいって言ってくれたよ。ここの食べ物美味しいって、分かってもらえたんだよ。……いつまでもシャッターを閉じてたら、分かってもらえなかったんだよ。だからさ、これからは、見た目で判断するのやめようよ。分かり合うためには、ちゃんと顔を合わせて、話をしないと」


 シエラは商店街の人々の顔を、一人一人見渡す。この言葉を、ここにいる皆に、分かってもらうためだった。

 沈黙が続く中、一人の男性が口を開いた。


「ああ、私も薄々思ってたよ。こういうのはもう、あんまり良くないって」


 その意見を皮切りに、人々は次々と、意見を述べ始めた。


「そう、よねえ」「何をされたわけでもないしなあ」「最近は、悪ノリが過ぎたかもしれないよな」「うん。お客さんを選ぶなんて、悪いことだわ……」


 肯定的な意見があがれば、当然、否定的な意見もあがる。


「だけど、それで治安が悪くなったらどうする?」「そ、そうだよ。避けられるトラブルは避けるべきだ」


 と、そんな意見が聞こえると、試練の老人が前へ出て、その口を重々しく開いた。


「良いか皆……、今までそうして避けてきた結果が今日じゃ。分かりあおうとせずに、拒絶し続けた結果、彼らは気持ちのやり場に困ってこうなったのじゃ……。こちらのシシノ君を見てみたまえ、彼はこんな見た目じゃが、決して不良ではなかったじゃろう。それも今まで知らなかったことじゃ」


 すうっと一息吐くと、老人は商店街の皆を見渡し、一際大きな声で宣言する。


「今日これから、コード"Y"は廃止じゃ! ここは普通の商店街になる! やんちゃな子供達も来れば、大いに賑わうじゃろう! たまのトラブルは、魚屋の兄ちゃんにでも任せるとしよう!」


 その宣言に、群衆は歓声をあげる。まばらに同調していない人々もいるが、それはこれから変わっていくかもしれない。


「……すごいなシエラ。商店街のルールを変えちまった」


 歓声をあげる人々を見て、シシノは素直に、シエラを尊敬した。たった一人で、これだけいる人々の意思を変えたのだ。

 だがシエラは、謙遜するのとは違う態度で、シシノの言葉を否定する。


「ううん、わたしだけじゃないよ。わたしが言ったことは、昨日シシノが言ったことだもん。『分かり合うためには、話し合わないと』って。だから、ここを変えたのは、シシノの言葉だよ」


「い、いや……んなことねえよ……」


「えへへ〜。シシノったら照れちゃって〜うりうり」


 顔を赤くするシシノの脇腹に、シエラはイタズラな笑顔を浮かべ、ぐりぐりとひじを押し付ける。


「な、なにすんだ」と抵抗を見せるシシノに、その手を緩めることをしない。たまらず逃げ出すシシノを、さらに追いかける。


「うりうりうりうり〜」


「や、やめろこんにゃろ、いい加減にしねえと、こうだぞ!」


 わきわきと指を動かし、シエラの顔の前へ近づける。

「あはははは、怒った怒った〜」と、二人がそんなやりとりをしていると、解放された四人の不良達が、こちらへやってきた。


「あのよ、イチャイチャしてるとこ悪いんだけど」


「はっ!? イチャイチャなんてしてねえよ!」


「いや、してんだろ……。まあいいや、あのよ……なんかありがとな」


 どうやら四人は、わざわざお礼を言いにきたようだ。


「警察は勘弁してくれるってよ」「マジお前らのおかげだよ」「ただ、おれらシャッターは弁償してえからよ、これからバイト始めんだ」


「これから、ここで買い食いできるようになるのは、お前らのおかげだ。俺らを止めてくれて、ありがとよ」


 赤さらしが、代表して礼の言葉を言うと、四人は一斉に頭を下げた。


「いや、おれだって、お前らの気持ち分かるしな……顔上げてくれよ」


 四人は、顔を上げると、爽やかな表情で「あばよ」と口々に言って立ち去っていく。


「ちょっとまって!」


 シエラがそれを引き止める。これ以上、更に優しい言葉をかけるというのだろうか。


 ──なんていい奴なんだシエラ。今日、お前の株は爆上がりだぜ。


 シシノは感心のあまり、涙さえ流しそうになった。引き止めるシエラと、四人の様子をそっと見守る。


「な、なんだよ、銀髪の姉ちゃん」


 不良達も、こらえる涙を見られたくなかったのだろう。早々に立ち去ろうとしたところに声をかけられ、涙がこぼれそうになっている。

 そんな彼らに、シエラが紡ぐ言葉はーー。


「コロッケ代、返してもらってないんだけど!」


「台無しだよ……」


 皆の涙は、一斉に引っ込んでしまうのだった。


 ~~~


「それで、結局試練はなんだったんだよ、お爺さん」


 広場に置いておいた買い物袋を回収するついでに、シシノは試練の老人に尋ねる。


「ああ、君らはもう、達成しておるよ。最後の試練は、ドラッグヤマダの医療品じゃ、ほれ」


 老人はシシノに、その手に広げていた紙を見せつけてくる。

 一から十五まである四角いマス目に、今まで行った店と買った商品が描かれていて、その上にスタンプが押されていた。


「お爺さん、これ、スタンプラリーじゃねえか」


目の前の台紙を、呆れた顔で凝視する。


「ああ、そうじゃ、別にヤンキーじゃないという証明のためのものじゃないわい。その辺の奥さんもやっておる」


「えぇ……じゃあなんのためにやったんだよ……」


「まあ、これに参加するのはヤンキーじゃないじゃろうということじゃ。それにほれ、賞品あるしな、ほい、ネヌフード一ヶ月分の引換券じゃ」


「うち、ネヌ飼ってねえんだけど……」


 どうしろというのだと思いつつも、差し出された券を一応貰っておくシシノ。貧乏性が身についてしまっているのだった。

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