第22話 それでも僕はヤンキーじゃない

「まあ、とりあえずわたしに任せてよ」


 ふふん、と鼻を鳴らし、シエラは胸を張って、大きく一歩踏み込んだ。辺りを見回し、息を吸い込む。その仕草は、まるでこれから大きな声を出すかのように見えた。

 それだけはやめてくれ、とシシノは両手をがっしり組み合わせて願うポーズをする。だが、そんな祈りは当然届かない。次の瞬間にはーー。


「シジョー商店街のみなさあああん‼︎ わたしの隣にいる、ヒノミヤ・シシノ、ヒノミヤ・シシノ君はーーーーーッ、全く全然、ヤンキーなんかじゃありませんよーーーーーッ‼︎」


 シエラの渾身こんしんの叫びが、最早閑散かんさんとしてしまった商店街にこだまする。


「ひぇー……やめてくれぇぇ!」


 あまりの恥ずかしさに、シシノの顔はみるみる紅潮こうちょうしていく。顔を両手で覆い隠し、その場にしゃがみこむ。


「あっ、ほらほらみなさあああん‼︎ ご覧ください! ヤンキーがこんな事で恥ずかしがりますか⁉︎ 彼は恥じらいの心を持つ綺麗な人間でふががもごもごっ」


「こんなん誰だって恥ずかしがるわ!」


 追い打ちをかけるシエラの口を慌てて塞ぐ。

 これ以上は耐え切れない。もうすでに、シシノは今すぐにでも商店街を飛び出したい気持ちでいっぱいだった。


「ぶはっ、なにすんのシシノ! せっかくみんなに、シシノの素敵ポイントをアピールしてたのに!」


 シシノの手を振りほどき、シエラはそう言い張る。


「そりゃありがとよ! けどやり方ってもんがあるだろが! あんな……あんな大声で、名前まで叫びやがってぇ。これから来づらくなるだろぉ」


 悲しみの声をあげるシシノ。穴があったら入りたいとはまさにこの事である。今日この日のために生まれたことわざだと言っても過言ではない。

 だが、そんなシシノに、シエラは厳しい眼差しを向ける。


「いいや、今までだって来づらかったでしょ! ヤンキーじゃないのにコード"Y"なんて発令されちゃってたら、来るたびにムカムカしちゃうでしょ!」


「ぐ……それはそうだけどよ」


「だったら、今日恥ずかしくても、みんなに教えてあげなくちゃ。シシノはヤンキーじゃないって」


 シエラの言うことは、間違ってはいない。それはシシノにも分かっていたことだった。実際、今まで肩身の狭い思いをしてきているのだ。誤解が晴れるのならば、それに越したことはない。

 だが、人の誤解を解くということ、分かってもらうということは、なかなかに難しい。疲れてしまうし、恥ずかしいのだ。だからシシノは、今までどうすることもなく、ただコソコソと激安の野菜を買うばかりだった。


「ほら、シシノ。みんなちゃんと見てるよ」


 言われて、シシノは周りを見る。確かに、シャッターは開かれ、商店街のみんなは表に出ている。そしてそのみんなの注目は、こちらに集中しているのだった。


「そりゃあんな大声出したら注目もされるだろうよ……」


 最早半泣きのシシノ。シエラはそんな彼の隣に立ち、大きな身振りを取り、商店街の皆々様の注目を、さらにこちらに向けさせる。


「さあさあ皆様、こちらにご注目!」


 みんなの視線が、シエラの手先が指す、シシノに集まる。

 まるで大道芸でも始まるみたいだ。と、すでにシシノは、思考を明後日の方向へ飛ばしていた。


「ご覧くださいこの真面目に鍛え抜かれた腕を!」


 みんなの視線がシシノのがっしりした腕に集まる!

「喧嘩に明け暮れた腕に違いない」と誰かが言った!


「ご覧くださいこのスラリと伸びた足を!」


 みんなの視線が、そこそこ長いと言えば長い、シシノの足に集まる!

「バイクのアクセルを踏みまくってるに違いない」と誰かが言った!


「ご覧くださいこの誠実さを表した髪型を!」


 みんなの視線が、前髪を上げたシシノの頭に集まる!

「気合入ってんじゃねえか!」と誰かが言った!


「ご、ご覧くださいこの真っ直ぐな眼差しを……」


 みんなの視線が、凶悪な光を放つシシノの瞳に集まる!


「「「「どこからどうみてもヤンキーじゃないか!!!!」」」」


 ついにみんなは、口を揃えて言うのだった。


「見た目は確かにヤンキーでした!」


「ええっ!? 認めんのかよ!」


 みんなの意見に、あっさり引き下がるシエラ。そしてあまりの潔さに驚きを隠せないシシノだった。

 だが無理もない。シシノの風貌は、元来の目つきに加え、前髪を上げたことによって、気合の入ったヤンキーと言われれば、そうとしか見えない。


「結局ヤンキーなのかよおらァ!」


 野次を飛ばすのは魚屋の店主だ。その憤りっぷりは凄まじい。


「ええ……あの人血の気多っ。怖えよ……」


「あっ、ほらほらみなさん、魚屋さんの剣幕に、シシノは怯えてますよ! ヤンキーなら、売られた喧嘩は買うところですよね!」


「あら確かに」「そう言えばそうだな」「あれもしかして」と、まばらに声が聞こえてくる。シエラの発言には効果があったようだ。

 だが、その声をかき分けて、一人の老人が、シシノ達へと近づいてくる。そして、目の前に立ちはだかった。


「お二人さん、この商店街の、ヤンキーとの戦いの歴史は古い」


 突然の語り出しに、シシノは「はあ」と、適当な相槌を打つことしかできない。

 しかし老人は続ける。


「昔はそれはそれは様々な手を使ったものじゃが、今となってはコード"Y"によって、ヤンキーたちにそれとなく察させることで、彼らを追い払っておる」


 ──それで察して帰るのは、割といい奴なんじゃねえかな……。


 頭に浮かぶ意見を、シシノはぐっとこらえる。老人の話は先が見えない。


「そんな中、自分がヤンキーではないと主張する者が現れるのは、今日が初めてのことじゃ。見所がある」


「そ、それじゃシシノがヤンキーじゃないって、分かってくれたんですね!」


 シエラは瞳を輝かせる。だが、老人の答えは、シエラが思っているものとは違かった。


「いいや、言い張るだけならばヤンキーにもできる。ヤンキーでないと証明したいのならば、我々が面白半分に作った試練をこなしていただきたい」


「何だそりゃ……」


 ──何だこの商店街は……、おかしいおかしいと思っていたが、まさかここまでとは。そもそもさっきからヤンキーという単語が飛び交いすぎて、訳が分からなくなってきた。ヤンキーってなんなんだ。


 シシノは頭が痛くなってきた。もう、ささっと買い物でもして家に帰りたい気持ちが強い。

 だがそんなシシノの横で、シエラは闘志を燃やしていた。


「その試練、受けて立ちましょう」


「ええっっ⁉︎ おれの意思は⁉︎」


 シエラは自信満々に答えるのだった。だが、試練を受けるのは当然シシノだ。面白半分という言葉も気になって、試練を受けたい気持ちなどさらさらないというのに。


「なんだオメー、ビビってんのかおい!」


 煽り立てるのは魚屋の店主である。


「うわ、また魚屋か、怖えんだよあの人」


「おらおら、パンピーだって証明したいんだろ⁉︎ やるしかねえだろオオン⁉︎」


「ぱ、パンピーって、そもそもパンピーが使わない言葉だろうが! 魚屋絶対元ヤンってか、現役ヤンキーじゃねえか!」


 パンピーとは、「一般ピープル」の略語である。おもにこの言葉を使うのは、パンピーでない人、つまりヤンキーなのだ。


 ──いいのか内部のヤンキーは!


 なんだか不公平さを感じるシシノ。もうなんだかどうでもよくなってきた。


「はいはい、やりますよやればいいんでしょ」


 一歩進んで前にでる。こうなりゃヤケだ。やってやろうではないか。と、シシノは腹をくくる。


「シシノ、頑張って!」とシエラはガッツポーズをして、シシノにファイトを送る。面白半分という試練にファイトが必要なのかという疑問もあったが、そこはまあ、ありがたく受け取っておくことにした。


「それで、おれは一体何をすればいいんだ」


「よかろう、では試練を与える……」


 老人は重々しく口を開く。その様子に、試練がとても厳格なものなのではないかと、シシノは身構えた。


「第一の試練は……」


「おい、何個もあんのかよ!」


「第一の試練は、『黄金色に輝く衣纏いしジャガイモを食せよ』じゃ」


 シシノのツッコミを無視して、試練を伝える老人。だが、その試練の内容すら、回りくどい暗号めいた言葉でーー。


「って、それ難しく言ってるだけでコロッケじゃねえか」


「ああ、そこのお肉屋さんで売っておる」


 嫌な予感がしながらも、シエラとともに肉屋へ向かう。並ぶ肉を眺めると、高価そうなものから、切り落としまで、様々な種類が並んでいた。

 シシノはここで、ミンチ肉をチェックする。作業工程が長く、鮮度が落ちやすいミンチ肉の色をチェックするのは、いい店を見分ける一つの手なのだ。

 感心する。ミンチ肉は、鮮やかな色をしている。肉の鮮度には気を使っているようだ。


 だが、ここでは律儀にコロッケを二つ購入する。


「ほい、シエラの分」


「えへへ。ありがとう。いただきます!」


 二人はコロッケにかじりつく。「サクッ」という心地よい音とともに、香ばしい油の香りと、甘みを持つジャガイモ、ジューシーな牛肉の旨味が、口いっぱいに広がった。ジャガイモの舌触りもなめらかで、このコロッケはまさに一級品と言える。


「うめえ!」「おいし〜い」と、歓喜の声をあげる二人に、試練の老人が近づいてくる。


「第二の試練は……」


「え、ちょっ、もう!?」


「第二の試練は、『凍てつく白き渦巻きを食せよ』じゃ」


「……次はソフトクリームか」


「やったー! わたし食べたことない!」


 シシノは、この試練の魂胆が読めてきたような気がした。それでも、そもそもシエラの目的と一致していそうだったので、シシノはその試練に乗っかるのだった。

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