第16話 殺し屋のいる食卓

「シシノ様、そしてシエラ様っ! おかえりなさーーって、あ、あわわわ、一体全体その惨状は、どうしたと言うのですか。お顔は血まみれ、学生服も血まみれ、おまけに穴だらけのズタボロではないですか。何をしたらそんなことになると言うのです。え? 証明? ナイフ? なんのことやらさっぱりですが、この男ですか。この男にやられたのですか。このロン毛の男に。なんなんですかあなたは恥を知りなさい。許しませんよ私は。シエラ様と再びお会いできてとても嬉しいというのに、余計なロン毛が付いてくるとは。とにかく目障りなロン毛ですね。刈り上げてしまいなさい燃やしてしまいなさい。ほらこっちへ来てコンロに頭を乗せてください青い炎で消し炭にしてください」


 五号室の扉を開くと、すぐさま出迎えてくれたネネさんは、開口一番マシンガントークを決め込んだ。シシノは事情をかいつまんで話しただけなのだが、ネネさんのデオドラへのヘイトは、はなまる急上昇を遂げてしまったようだ。


「とにかくっ! みなさんお風呂に入ってください! シシノ様はこの部屋、シエラ様は六号室、そこのロン毛の人は一階の日当たりの悪いガスが通ってない三号室で! 水でも浴びてください!」


「んン〜、シャンプーはボク、気を使う主義なのですがァ、こちらのお家ではどのようなものをお使いでェ?」


「貸しませんよ? クレンザーでいいなら考慮しますが」


 ああこれはマズイ、とシシノは頭を悩ませる。これからここで、シエラを一緒に守ってくれるというデオドラに、あまり不快な思いをさせたくなかった。ネネさんの怒りは分からないこともないが、ここまでのプッツンブチ切れ状態も珍しい。


「あ、あのデオドラさん、気を悪くしないでくれ、ネネさんには後でちゃんと説明するから」


「いえいえェ、いいのですよ、いやァ……素敵な人ですねェ、ネネさん。たまりませェん」


「えっ」


 シシノは驚愕した。デオドラは、どこか恍惚こうこつの表情を浮かべている。不快どころか快感を覚えているご様子だ。まさかこの人ドMなんじゃ、というシシノの疑念を察してか、デオドラはシシノに向かって言う。


「あなたのためにここまで怒ってくれている。良ィい家族をお持ちですねェ、シシノ君」


「い、いや、その……ありがとうございます」


 デオドラの言葉に、思わず照れてしまう。ネネさんは確かに、シシノにとっても家族同然の存在だった。誰かに改めて家族だと言われると、とても嬉しいものだった。


「ちなみにボクはMのがあります」


「あるのかよ!」


 ──要らねえ情報だよ! と、玄関先でやり取りしていると、ネネさんはお風呂へ入るのを急かしてくる。


「ほら、いいから早く入ってください! 話はご夕食の後にでもしましょう!」


 デオドラにはタオルと、三号室の鍵が投げ渡された。


 ──うわぁ、本当に水を浴びさせる気なんだ。

 

 とシシノは若干、その状況に引いてしまったが、デオドラはお構いなしに、というか嬉しそうに、アパートの階段を下っていった。耳をすますと鼻歌まで聞こえてくる。


「すげえなあの人……」


 シシノも風呂場へ向かい、シャワーからお湯が出ることに感謝しながら身体を洗うのだった。


 ~~~


「「「「いただきます」」」」


 今宵の食卓には、四人分の声が響く。テーブルの上に並ぶのは、コーンスープ、サラダ、グラタン、そしてハンバーグと洋食の趣だ。グラタンとハンバーグは、三人でつくった料理を解凍したものだった。


「やったあ、またハンバーグだぁ!」


「ハンバーグは一際大量に作りましたからね、せっかくですから、そちらのロン毛野郎にも食わせてあげましょう」


「ネネさん、口調が……」


 喜ぶシエラと、細かいところでもデオドラへの口撃を挟むネネさん。そんな平和とも言える光景を見て、シシノはなんだか安心してしまう。先程までの戦いが嘘のようだった。


「あのォ、ボクには、デオドラという名前があるのですよォ」


 いつまでも「ロン毛の人」呼ばわりは耐え切れなかったのか、デオドラはついに名乗った。


「ふぅん。そうですか、デオドラさん、感謝しながら食べなさい、そのハンバーグを。あなたの目の前にあるハンバーグは、シエラ様が作ったものなのです」


「な、なんとォ……それは、本当ですかァ?」


 デオドラの驚きは、どうやら真剣なもののように見えた。シエラが元の家で料理をすることは、そんなにもあり得ることがなかったのだろうか。


「ちょ、ちょっとネネさん、そんな、デオドラにも食べさせるなんて、恥ずかしいよ」


「いいではないですか、自信をお持ちくださいシエラ様。あなたのハンバーグは絶品です」


 そんな会話を横に、デオドラはハンバーグを切り分け、フォークに刺さったカケラを、崇めるように目の前へ運ぶ。そして数秒見つめた後、祈りを捧げるように目をつむり、ついにその口へ、ハンバーグを運んでいった。

 噛み締める。ハンバーグを噛み締めている。すると、デオドラの瞑った目から、一筋、涙が流れ出てきた。


「嗚呼ァ、美味です。よもや、シエラ様がお料理をする日が来ようとはァ……ありがとうございます、お二人とも」


 その感動は、本当のものだった。彼はふざけてなどいないのだ。涙も感動も、嘘偽りない本当のものだった。


「やめてよデオドラ……。なにも泣かなくても……」


「いいえェ、これが泣かずにいられますかァ。ボクは今、本当にこの星へ来てよかったと思っていますよォ」


 と、デオドラの感動は止まらない。グラタンを食べるときにも一口一口、祈りを捧げるものだから、思わずみんなは笑ってしまう。


 デオドラを迎えての初めての食卓は、なかなかに楽しいひと時だった。


 ~~~


「ふむ。では、シエラ様とデオドラさんは、宇宙人かつ殺し屋。シエラ様は殺し屋稼業が嫌で、こちらへ逃げて来られたということですか」


「ネネさん、信じられない話だとは思うけど、本当なんだ」


 夕食が終わり、今四人は、七号室のリビングで、話し合いの最中である。とりあえずは血まみれになった経緯、それと、シエラとデオドラがなぜここへやって来たかということを、かいつまんで説明したところだ。

 しかし、あまりに突拍子も無い話である。シシノは、シエラとデオドラのことを、ネネさんに信じさせるためには、どう話をすればいいか思案していた。


「あ、はい。信じますよ」


「軽ーーーーっ!」


 ネネさんはよく見る無表情で、さらりと言ってのける。


「ってネネさん、本当かよ!? おれたちはふざけて言ってるわけじゃないんですよ!?」


 あまりにも飲み込みが早いので、シシノはいつもの調子で、ネネさんが話を流しているのかといぶかしむ。


「ええ、ですから信じますと言っているのですよ」


 どうやらその言葉に嘘はない様子だ。ネネさんはシシノに二度も嘘をつくことはしない。


「ンん〜。飲み込みいただけてェ、とォってもありがたい。ですがァ、この話はどうかご内密にィお願いします。もし、ホムラノミヤ機関にでも、ボクたちがこの星にいることがバレてしまえばァ……どうなってしまうかァわかりません」


 デオドラの口から唐突に放たれた「ホムラノミヤ機関」という単語に、シシノは思わず反応してしまう。なぜデオドラがその名前を知っているのだろうか。シシノは彼に、機関について話した覚えなどなかった。


「ほう、ホムラノミヤ機関……ですか。一応、何故だか訊かせていただいてもよろしいですか?」


 ネネさんの質問に、シシノは冷や冷やとしたものを感じていた。一体何を聞きたいというのだろう。


「えぇ、まずボクたちの星ナヴァロッカと、あなたたちの星、地球……いや、野強羅やごうらは、数年前からコンタクトを取っていた。……それはご存知ですか?」


「は、はぁッ!? そ、そんな話、聞いたこともねえ! じゃ、じゃあホムラノミヤ機関は、宇宙人とのコンタクトを隠してるってことなのか!?」


 デオドラの話に耳を疑い、シシノはつい大声を出してしまう。その動揺は、小さなものではなかった。機関がそんな大きな事実までひた隠しにしているということに、憤りさえ感じていた。


「ふむ、その様子ではァ、やはりこの星の人は、まだみなさんがこの事実を知らないのですねェ。ボク達の星では、国民全体がこの星について知っているのですがねェ。いや、知っているのは「地球」のことですがァ……話が進まないわけだァ」


「デオドラさん、続けていただいてもよろしいですか?」


 ネネさんに促され、デオドラは独り言のようなつぶやきを切り上げ、話を続ける。


「ご存知なければァ、まあ、なぜ機関がそれを隠しているのかはご想像くださいィ。それはボクにもわからないことです。それでェ、ここからが機関にボク達のことがバレたくない理由なのですがァ……国際問題、いや、星際せいさい問題に発展してしまうから、なんですよねェ」


「な、……どういうことだ? デオドラさん」


「二つの星は、まだお互いの情報を、ほとんど公開しあっていません。ですからァ、野強羅やごうらとナヴァロッカは、時が来るまでェ、お互いの星を行き来しないように、とりあえずの協定を結んでいます。スパイ活動のようなことは禁止、というわけですねェ。つまり、今のボクたちはァ、史上初の宇宙規模の犯罪者というわけです。バレたらどうなってしまうかは、想像もつきませェん」


「そ、そんな……そんな話は、わたしだって知らなかった。デオドラ、本当なの?」


「シエラ様は箱入りでしたからねェ。知らなくても無理はないことです」


 デオドラの話に、シエラは相当なショックを受けているようだった。自分のした行動が、まさかそこまで大きな問題に繋がるとは、思いもしていなかったのだろう。

 しばらくの沈黙が続いた後、何かを思案していた様子のネネさんが、口を開く。


「まぁまず、ホムラノミヤ機関にバレたくないというのはもう無理ですね」


 ネネさんの言葉に、デオドラは目を見開いている。


「な、何とォ、貴女は、ボク達のことを機関に伝えるおつもりですかァ? そんなことになったら、ボクはともかく、シエラ様の身がどうなってしまうか……」


「えぇ、私もシエラ様とは末長くお付き合いしたいところです。ですから、告げ口などしません」


「だったらァ……?」


 焦るデオドラを、ネネさんは意地悪な笑顔で見ている。シシノはその様子を見て、悪い癖だなぁとため息をついた。

 ネネさんは割と意地悪をするのだ。リアクションが面白い人間には特に。


「告げ口などしませんが、ホムラノミヤ機関にバレないのはすでに無理です。……すでに伝わってしまっている。……つまり、私がホムラノミヤ機関の構成員なのですから。しかも、割と偉いんですよ、私」


 デオドラの驚愕は、こっちにまで伝わってきそうな程だった。その目を見開き、口をあんぐりと開けた様子は、言っては悪いが、面白い。


「あははっ。デオドラ、変な顔〜」


「ちょっ、おま、空気読めーーぶふうっ」


 シエラの無邪気な声に、思わずシシノも笑ってしまう。

 笑いをとれたのが嬉しいのかなんなのか知らないが、デオドラはしばらくその顔のまま硬直しているのだった。


 しかし、シシノは思案する。話は意外なところに繋がっている。まだまだこの夜の話し合いは、長くなりそうだなと、覚悟していた。

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