第15話 強さの証明。そして──
シシノの言葉を、勝負の開幕の狼煙と受け取ったデオドラは、その瞬間、迷うことなくナイフを
だが今度は、シシノの頭にナイフが突き刺さることはなかった。感覚は研ぎ澄まされている。シシノはナイフの軌道を見切り、左に
シシノの身体の動きは、先程よりも良くなっている。生命の危機に瀕したからか、シエラを守れる強さを示したいという意志の元からか分からないが、とにかく、先程より成長していると言っても過言ではなかった。
「いい動きですねェ、だが、これならァッ!?」
デオドラは、その立ち居振る舞いからはそうは思えないが、こと戦闘に関して、相手が強ければ強いほど燃えるタイプだった。だからシシノの動きを見て、純粋に気持ちが
だが、ナイフを避けることができただけでは、満足がいかない。シエラを守りたいと言うのなら、さらなる攻撃を、試練を、乗り越えて見せてくれなくては、納得がいかない。
言いながら、
シシノはそれを、走ることで避け続けた。草原を大きく一回りするような形で、走り続ける。だが、ただナイフを避けるために外周を走り回っているのではなかった。走る軌道は、徐々に徐々に、内側へと移動している。草原の中心辺りにいるデオドラへ、徐々に距離を詰めようとしていたのだ。
それに気がつかないデオドラではない。彼は投擲するナイフのタイミングをずらす。シシノが大回りをして走ると分かっているのなら、その走る先へ、ナイフを投擲する。
だが、それが、シシノが待っていたチャンスだった。走り回りながら、シシノは、デオドラの投擲する姿を注視していた。シシノがデオドラの周りを走り続けていた後ろに、ナイフが飛びつづけてきていたということは、デオドラはその身体を、シシノを追うように回転させつづけていたということだ。だから、その動きがズレたときが、勝負を仕掛ける瞬間だった。
シシノは、デオドラがナイフを投擲しようとする向きがズレた瞬間、走る向きを変えた。大回りではなく、一直線に、デオドラへと走り出す。ナイフは誰もいない
「う、おおおおおおおおおおおお!!」
咆哮とともに、シシノは駆ける。まずは一発、デオドラに食らわせてやりたかった。
「馬鹿めェ! 狙いやすくなっただけです!」
真っ直ぐに向かってくるシシノへめがけて、デオドラはナイフを投擲する。シシノはナイフが飛んでくるところへ、自ら突っ込んでいく形になった。
だが、そのナイフを、シシノは駆けるのをやめずに、そのまま左の
──なるほど、後で修復するのなら、捨て身の攻撃を
感心しながらもデオドラは攻撃の手をやめない。後ろに飛びながら、ナイフを投げ続ける。ダメージを受け続ければ、その歩みは止まるだろうと考えたのだ。
もう作戦も戦術も関係がない。シシノはただ、デオドラめがけて走り続けるのみだ。一方デオドラは、シシノに追いつかれないよう、後ろ向きに飛びながら、ナイフを投げつけシシノを攻撃する。
シシノの腕には、足には、身体には、もう何本ものナイフが突き刺さっている。それでも、駆ける足は止まらない。
──なぜ、この少年は止まらない。なぜこんなにも、血まみれになって、痛みを伴っても、このボクに向かってくるのだ。
考えながら、デオドラはコートから次のナイフを、計八本、両手の指の間に挟むようにして勢いよく取り出した。そして後ろへ飛びながら振りかぶろうとしたとき、背中に何かがぶつかった。逃げることができない。
「アンタのコートはぁ、四次元にでも繋がってんのかああああああああああ!!!」
そう叫びながら、シシノはついにデオドラに追いついて、血まみれの手でその胸ぐらを掴み、その顔面に頭突きを食らわした。
「ぐ、あっ」と苦悶の声をあげながら、デオドラは、自分の背中にぶつかったものが、大樹の幹だということに気がついた。後ろ向きに飛び続けて、ついに木々が茂る森の方へと、追い詰められていたのだ。
シシノはそのまま、デオドラの両の二の腕を掴み上げ、大樹の幹に彼の背を密着させるようにして、身動きを取れなくした。
「さあ……捕まえたぜデオドラさん」
「さて、捕まってしまいましたねェ。それで、ボクをどうやって殺します? 貴方が手を離した瞬間、ボクはナイフを、貴方の首に突き立てます」
「手なんて使わなくても、おれはアンタを倒せる。このまま頭突きし続けりゃいいんだ。頭蓋が砕けようと、おれには関係がない。アンタが動かなくなるまで、食らわせられるぜ」
「く、は、ハハハハハっ。ああ、ボクの負けですねェ。認めましょォ。貴方の強さを。……さあ、ではおやりなさい〈
デオドラは、認めた。シシノの覚悟を。強さを。少し不安ではあるが、彼になら、シエラの身を任せることができるかもしれないと。
だから、彼になら殺されてもいいと、そう思った。
「いや、何言ってんだ、殺さねえよ」
「はいィ? 何を甘いことを言っているのですかァ?」
シシノの調子に、デオドラは拍子が抜ける。
「いや、さっきも言っただろ。おれは話がしたいんだって。アンタとだって話がしたいんだ。それに、アンタはシエラの味方だろ?」
「何を根拠に……」
「だってそうだろ。アンタがさっさとシエラを連れて帰りたかった理由は、シエラに想い出を作らせたくなかったからだ。それは、想い出なんて作ったら、シエラが元の役割に戻ったときに、余計に苦しむと思ったからだろ?」
デオドラは答えない。ただ、黙ってその根拠を聞いていた。
「それに、アンタはシエラに一度だって、元の役割に戻ることを強要していない。本当は人殺しなんてさせたくないんだろ? おれに、シエラのしたことを告げたときだって、人殺しが悪いことだって分かっているから、それで突き放そうとしたんだろ」
「だァったらなんなのです? ボクを生かして、何を求める」
「アンタはいい奴だ。そしてシエラの味方だ。だから、これからもシエラの味方でいてくれ」
シシノは、真っ直ぐにデオドラ見つめる。本心だった。信じきっていた。疑うことなく、彼をいい人間だと思っていた。
「甘いですよォシシノ君……その甘さは、この先、貴方を苦しめることになる」
「そのときはその……そんときだ。今は甘くても、これからどうなるかわかんねえだろ」
言いながらシシノは、手から力を抜き、デオドラを自由にする。
「だから、甘いんですってばァっ!」
自由になった腕を、デオドラは振りかぶる。甘さというものが、ときにどんな結果をもたらすか、彼はよく知っていた。だから、シシノにもそれを、思い知らせる必要があると、そう思った。
だが──。
──ヴィィィィィィィイイイイイイイイイン。と、何かが震える音が、近づいてくるのを感じた。
音が聞こえた瞬間、シシノとデオドラのすぐ近くに生えていた大樹は、切り刻まれる。文字通り、粉々に、微塵切りのように。
デオドラは自分の手に持っていたナイフの刃が、跡形もなくなっていることに気がついた。
シシノは唖然とする。デオドラのナイフと、大樹を切り刻んだ「何か」が、回転しながらシュルシュルと、いつの間にか近くまで来ていたシエラの手に戻っていく。
ヨーヨーである。初めて会ったとき、得意げに振り回していたあのヨーヨーに、まさか、こんな使い方があったとは思いもよらなかった。
「う、宇宙スゲー……」
今度は冗談抜きで、そう言うのだった。
「デオドラ。わたしからもお願い。ううん、お願いします。わたしは覚悟を決めました。この星に、ずっといたいと思います。シシノは、わたしを守ってくれると言ってくれているけれど、もちろん守られるだけなんて、シシノが傷つくなんて、わたしは嫌。だから、わたしも一緒に戦います。シシノが困ったときは、今みたいに、わたしがシシノを守ります。ただ……わたしたちだけじゃ、どうしようもないときがくるかもしれません。そのときに……貴方にいてほしい。デオドラ、お願いします」
シエラは丁寧に頭を下げる。
「お、おれからも、お願いします」
続けてシシノも頭を下げた。
そんな二人の様子を見て、デオドラは空を見上げる。
空はそろそろ、陽が沈む頃だろうか、黄色くなった雲が、まばらに浮かんでいた。鳥の声が聞こえて、風がそよいでいる。いい気持ちのする場所だと、そう思った。
──シエラ様がずっとここにいたいと言うのも頷ける。ボクも、できるのならば、そうしたい。
そして、ついに、参ったという様子で言うのだった。
「はァ〜、そんなに信頼されちゃァ、い〜ィ気分になりますねェ。分かりました分かりましたァ。ボクはァこれからも、シエラ様の味方です。力を貸しましょォ」
それも悪くない。いや、シエラの味方でいられることは、デオドラにとっても嬉しいことだった。
こうして、道化と不死身は、互いを認めあい、お姫様はまだ、この星に、
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山を下り、街を歩く。三人は、自分たちが悪目立ちする格好をしていることに、途中まで気づいていなかった。
「うわわっ、ど、どうしたのシシノ君!? それ、大丈夫なのかい!?」
怪しげな三人組に、声をかけて来たのは、ショウタ君である。どうやらちょうど家に帰るところだった様子だ。
血まみれの男が内に二人もいる三人組に声をかけるとは、彼もなかなか肝の座った男である。
「あッ!? いや、その〜この血まみれなのは訳があるっていうか、あ、いや、ペンキなんだよこれ!」
自分が血まみれなことに、シシノは今気づいたのだ。慌てて言い訳する。殺し合いのようなことをしていたことが、クラスメイトにバレてしまっては、この先立つ瀬がない。
「へ、へえそうなんだ、えっと……そちらのお二人は」
「シシノのお友達です!」
「はいィ。ボクも、シシノ君の友人です。あ、演劇仲間なんですよォ。ちょっと気合の入った」
食い気味に答えるシエラと、言い訳までしてくれるデオドラに、シシノは感謝する。
どうやらショウタ君もそれで納得したようで、挨拶をして、家に帰っていった。
三人は、割と爽やかな笑顔で、夕焼けの家路を歩いたのだった。
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