第14話 殺し屋殺し

 両者は対峙する。

 間合いを取り、出方を伺う。お互いに睨み合い、緊迫が続いていた。

 

 ──まったくのど素人ではないな。


 デオドラはシシノを値踏みする。

 その構え、間合いの取り方、気迫は、平和に暮らす少年が、自然と身につけるものではない。……ただ、落ち着きがない。それをデオドラは見逃さない。そこから、シシノの実戦経験の少なさを推測した。

 そして芝居掛かった動きをしながら、口を開く。


「勝負、ですか……ボクたちの世界に、そんな綺麗なものはないのですがねェ。どんなことをしてでも、殺すか、殺されるか、それだけです。……だがいいでしょう。受けて立ちましョォ。ただ、ボクに勝とうと言うのなら……」


 飄々ひょうひょうとした台詞を言い終わる前に、一瞬にして間合いを詰める。そしてシシノの左胸に一突き、ナイフが突き刺さった。


「が、がはっ……」


 苦悶の表情を浮かべるシシノに、デオドラは顔を近づけ、ささやく。


「ほら、よォく見ないと。ボクを見ないと。話しかけられただけで気が緩んでしまってはダメじゃァないですかァ」


 その左腕は、ナイフを引き抜き、また突き刺す。何度も、何度も、何度も、何度も。同じ箇所に、執拗しつように。その傷口が修復しないように。修復する隙を与えないように。

 その行為は、生命を奪う意思の具現だった。


「ぐ、──が、あっ、が、はっっ」


 突き刺されるたびに、血液が、破裂したポンプのように、その傷口から吹き出した。


「シシノーーーーーッ!!」


 シエラの絶叫が響く。その声に一瞬、気をとられたデオドラの様子を、シシノは見逃さなかった。


「オラァッ!」


 ナイフを刺そうとするデオドラに、間合いをさらに詰め、頭突きを喰らわす。


 デオドラの視界を一瞬奪えた。その機を逃さず、苦悶の声をあげるデオドラに追い打ちをかける。奴がナイフを持つ左手に、手刀を繰り出す。手放されたナイフを、シシノは奪い取った。

 デオドラの初撃は失敗に終わった。たまらず、後ろ向きに飛び、再び間合いを広げる。


「……油断しました。そして、舐めてかかりましたァ。いやはやお恥ずかしい、これはプロとして失格です」


「あぁ、残念だったなあ。武器ももうこっちのもんだ」


 奪いとった血まみれのナイフを、勝ち誇ったようにひらひらと動かす。これで、勝負がついたと言えればいいのだが。


「まだ気を抜かないでッ! ナイフは一本なんかじゃない!」


 シエラの忠告は少し遅かった。シシノが、その言葉を認識するよりも早く、頭に、脳髄に、衝撃が走る。


 ──熱い? 熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い。痛い痛い痛い痛──。


 膝から崩れ落ちる。何が起きたのかもわからない。思考が吹き飛ぶ。


「あ、嫌……嫌だ」


 シエラの動揺も無理はない。


 シシノの頭には、デオドラが投擲とうてきしたナイフが、深々と突き刺さっていたのだから。


 膝から崩れ落ちたシシノは、ビクビクと痙攣けいれんしていた。


「愚かですねェ。なぜボクがこんなコートを着ているのか、考えなかったのですかァ。武器をたァくさん、隠し持つためでしょォ」


 言いながら、デオドラはまたシシノに向かってナイフを投擲する。今度は、心臓に。そしてまた投擲する。今度は、右足に、左腕に。投擲する。腹に、脇腹に、左肩に。

 突き刺さるたびに、シシノの身体は血液を吹き出しながら、揺れる。

 すでに、シシノが自分の意思で身体を動かすことなどできなくなっていた。ビクビクと痙攣の様な動きを見せるが、それは反射だろうか。彼の意識は、とうになくなっていたのである。


「どういう仕組みで、傷が治るのかは知りませんが……これは死んだでしょォ。脳を破壊した時点で、もう済んでいたとは思いますがァ……」


 そう言うと、ようやくデオドラは、ナイフを投擲する手を止めた。


 シシノの身体のあちこちに、ナイフが突き刺さった様は、笑えない表現だが、黒ひげのおもちゃのようだった。もう痙攣さえすることなく、完全に動かない。

 そんな、凄惨なシシノの姿を見て、シエラは力なく座り込み、涙を流す。シシノに言われたままに、黙って見ていたことを後悔した。そして、自分の我儘わがままを、この星にずっといたいだなんて願ったことを、呪った。その結果、シシノがこんな姿になってしまったことに、吐き気がするほどの後悔が押し寄せていた。


「シシノ……ごめん…なさい、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」


 償いの言葉は、シシノにはもう、届いてなどいないだろう。

 どんなに謝ったところで、償いになどならないと、シエラはそう思った。だが、この場では、謝る以外にできることなど、何もなかった。


「ごめん…なさい。うぅぅ、ごめん、なさい。シシノを殺したのは、わたしだ……。わたしの、くだらない願いが、シシノを殺したんだ……。こんな、こんなことになるなら、来なければよかったんだ……ごめん、ごめんなさいシシノ、どうか、どうか、ううぅぅあああああ、ああぁぁ」


 泣き崩れる。シエラはもう、死んでしまいたかった。いなくなってしまいたかった。自分が生まれてきたことを呪った。

 血まみれのシシノを見つめる。自分がこの星に来なければ、シシノがこんな形で死ぬこともなかった。後悔は、悔恨かいこんは、とめどなく溢れてくる。

 だが、そのとき。


「おい……今の言葉は、許せねえぞ……」


 シシノの口から、言葉が発せられた。


 そして、右腕をゆっくりと頭に伸ばし、自身の脳髄に突き刺さったナイフを引き抜いた。また血が少し吹き出す。


 シエラは、目の前の光景に言葉が出せずにいた。怪奇とも言える異常を目の前に、驚愕と安堵が、頭の中で渦巻いていた。


 デオドラも、驚愕のあまり、ただシシノの動きを見続けることしかできなかった。ただ、シエラとは違い、その頭に浮かんでくるのは、身体の中に渦巻いていたのは、恐怖にも似た感情だった。


 シシノは、身体に突き刺さっていたナイフを全て引き抜き、地面に転がす。

 そして、血まみれの顔のまま、シエラに向き合った。


「来なければよかったなんて、くだらない願いだなんて、言うんじゃねえよ。……あんなに、楽しかったじゃねえか。それにあの晩、お前、言ってたじゃねえかよ、大切な願いだって。おれはちゃんと覚えてんだ、お前がやりたいこと、全部が大切な願いだってよ」


 戸惑うシエラを真っ直ぐに見つめ、言葉を続ける。


「お前の願いはおれを殺さない。お前がいるからおれは死にたくない。お前が、おれの明日を生きる力になる。だから、もうそんなこと、言わないでくれ」


 シシノの言葉に、シエラの金色の瞳は、再び涙で揺れる。


「う、ぅぅぅぅ……うわああああああん」


 声をあげて泣く。今度は、後悔の涙ではなかった。シシノがまだ生きているということへの安堵から。そして、自分の存在を、願いを、全てを受け入れてくれるシシノに、ありったけの感謝を、嬉しさを感じた。溢れる想いは、とどまることを知らなかった。


「ありがとう……ぐすっ、ありがとうシシノ」


「ああ……だけど、まだ少しだけおれたちの家に帰るには早い」


 視線をデオドラの方へ向ける。

 彼の敵意はまだ、シシノに向けられているようだった。


「いやはや……これには驚きのあまり、貴方に視線が釘付けでしたよ。さながら〈殺し屋殺しキラー・キラー〉……ですねェ。殺しても殺しても死んでくれないんじゃァ、ボクたちの立つ瀬がなくなる。……ですがァ、驚いただけです。貴方は、死なないだけだ」


 言って、再び懐からナイフを取り出し、戦闘態勢に入る。


「そんな、デオドラっ、もういいでしよ!?」


「いいえ、シエラ様。シシノ君は、証明すると言ったのです。貴女を守れる力があると。……死なないだけでは、貴女を守れるとは言えないでしょォ」


 デオドラは意地悪で言っているわけではない。最初は、愚かな子供の鼻っ柱を、明かしてやるつもりだった。ひねって後悔させて、諦めさせるつもりだった。

 だが、シシノの意思は生半可なものではないと、デオドラはそう認識した。認識を変えた。目の前の不死身は、ただの怪奇ではなく、シエラを守りたいという覚悟を持つ少年だ。

 だから、最後までそれを貫き通せるか、試す必要がある。

 もうすでに、この少年に期待してしまっている自分がいることに、デオドラ自身も薄々気がついてきていた。


「あぁ、その通りだよな。だから、まだやろうってんだろ」


「シシノ……」


「安心してくれよ、ほら、おれはまだやれる。もう大丈夫だ。まだ大丈夫だ。だから今度こそ、証明してみせる」


 不安な様子を見せるシエラに、強がりを言って、シシノも身構える。


 ──大丈夫だ。身体の傷は、もう動けるぐらいには回復している。そしてもう、油断なんてしない。動きを見ろ。武器を使わせるな。


 自身を奮い立たせる。未熟さも、無謀さも、力の差も、よく分かっている。だが、それでもシエラを守りたいと言うのなら、証明しなければならないのだ。


「では、もうこれで終わりにしましょう。見せてください。証明してください」


「あぁ、分からせてやるよ」


 ──今度は、強さの証明を。

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