第13話 不死身の証明

 デオドラはシシノをいぶかしげに見据える。


「……貴方、普通の人間じゃァ、ないのですか?」


「あぁそうだよ。知らなかっただろ。だから、もっとおれを知ってくれ……そしてアンタ達のことも教えてくれよ」


 ゆらりと、シシノは歩き出した。

 その動きを不審がったデオドラは後ろに飛び、シシノから距離をとる。

 歩みの先はシエラの隣だった。


「いきなり脚をえぐられるとは思いもしなかったぜ。デオドラさん、バイオレンスな人だな」


 シエラの隣で歩みを止めたシシノは、そんな軽口を叩く。


「ごめん。後でキツイお仕置きをしておくよ……。それよりもシシノが生きててよかった。……でも平気なの? 脚、痛くない? 身体もあちこちぶつけて……大丈夫なの?」


 異常に異常を重ねたようなシシノのケロリとした様子を、シエラは目に入っていないかのように尋ねる。傷が修復しているという異常よりも、シシノの身が大丈夫だったという結果に安堵していた。

 このシエラの盲目ぶりも、ある意味で言えば異常である。


「ああ、平気だぜシエラ。おれ、こういう身体なんだ。どんな怪我をしても、傷つけられても、殺されかけても、おれの身体は修復する・・・・


 シエラの心配に答える。それを聞いて、彼女はなおさら安堵したようだが、同時に疑問を投げかけた。


「……この星の人って、みんなそうなの?」


「いいや、違う。おれがおかしいだけだ。……隠しててごめん。おれも、これを知られたら嫌われると思った。気持ち悪がられると思って、言えなかった。……嫌いになったか?」


「ううん、そんなことでわたしは、シシノを嫌いになんてならない。どうしてそうなったのかは気になるけれど、ただ、それを聞いただけで嫌いになんて……」


「ありがとよ、シエラ。……だから、おれも同じなんだ。お前が過去に、何をしていたかなんて、おれは見ていない。ただ聞いただけだ。そのときの気持ちも、表情も、事情も、何も知らない。だから、今おれはシエラを嫌いになんてならない」


 シシノの言うことが正しいことなのかは、シシノ自身も、シエラにも、分からない。

 ただ、お互いがまだ嫌いあってなどいないということは、明確に分かったのだった。


「でもシシノ……、やっぱりわたしは、ここにはいられないよ。いつかは帰らなきゃいけない。だったらまだ思い出が……浅いうちに、帰ったほうがいいんだよ」


「思い出が浅いうちに? それは違う。おれは、もうシエラとの思い出が、浅いだなんて思ってない。本当に楽しかったんだ。だから今でも、シエラがいなくなればおれは悲しい」


「わ、わたしだって! 本当は浅いだなんて思ってない! すっごく楽しかった! 信じられないほど、楽しかった! 遊んで楽しかった。おしゃべりが楽しかった。お料理をみんなでするのだって、本当に、本当に、楽しかった……。もっともっと、二人といたい。シシノと、ネネさんと、いろいろなことがしたい……」


「だったらずっとここにいろよ。おれたちは、シエラにいてほしいんだから」


 シシノの言葉に、シエラは目を見開く。そして、彼の顔をまっすぐと見つめる。それでも彼は目をそらさなかった。まっすぐで、純粋な、混じり気のない、本当の気持ちだった。


「わ、わたしも……この星にずっと…」


「いけませェんシエラ様ァッッッ!!!」


 デオドラは沈黙を破り、シエラの返答をさえぎった。


「お二人とも、シエラ様がここに残れば、何が起こるか分かっていないのです! 我儘わがままも大概にしていだだきたい!!」


 それは怒りというよりも、説教のようだった。正しいことを言っているのだという確固たる意志が、デオドラにはあった。

 だがそれは、盲目になっている子供達には通じない。


「そうだよ、何が起こるかなんて知らねえ。そしておれたちは子供だ。まだ我儘わがままも止まらねえんだ」


「屁理屈を……」


「デオドラ、ごめん。だけどわたし、やっぱりここにいたい。もう戻りたくない。あんなことはしたくない。やりたくない。ここで、今までできなかったことをしたいの」


 シエラの意思は、強いものになっていた。こうなったときの頑固さを、デオドラはよく知っているつもりだった。

 だから、どう言えば意思を変えられるのかも、よく知っているのだ。


「……シエラ様がここに残って、いちばァん苦しむのは、シシノ君ですよ」


「な、なにを言ってるの?」


「ボクがここで折れて、シエラ様がずゥっとこの星にいることになるとします。するとどうなりますかァ? ……そう、次の追っ手がやってきます。彼らがボクのように、こうも話が通じるとは限りません。無理やりシシノ君から、シエラ様を引き剥がそうとするでしょうね」


「それは……」


 シエラは動揺を隠せない。彼女の性格は、自分のことよりも、他人のことを優先する。シシノは初めてできた友なのだから、尚更なおさらである。デオドラは、その心理を突こうというこころみに出たのだった。


「引き剥がす手段はなんでしょうねェ。……それこそ無残に、シシノ君は殺されてしまうかもしれませんよ」


 そう言われては、シエラは黙ってしまう他なかった。自分のせいでシシノが死ぬことなど、傷つくことなど、彼女の心が許すはずなどなかった。

 半ば諦めともとれる沈黙が続くかと思われたそのとき、シシノの口から放たれた言葉が、それを破いた。


「おれは死なねえ。なにがあってもだ。だから、殺し屋たちが襲ってくるってんなら、一人残らず受けて立つ」


「はァ? 死なない? 受けて立つ? いくら傷が治るのが早いからと言ってェ、死なない訳がないでしょう。……貴方、自分が特別なんだって、酔っちゃってるんじゃありません?」


 デオドラはいい加減、苛つきを覚え始めていた。確かに、シシノの傷の修復を見た。彼が特殊な人間だということは認めたのだ。だが、自分を不死身だと言い張る子供の戯言に、嫌気がさしていた。もう、殺意を抑えるのにも限界が近い。


「ラッカフルリルは、貴方を必ず殺します。心臓を一突き、脳髄を一突き、果てには身体をバラバラに刻んで、粉微塵にするでしょうよ」


「ああ、だったらやってみてくれよ」


 その言葉に、デオドラの自制は形をなくした。


 シシノが言葉を放ち終わった瞬間、気がつく間も無く、縦に腹が裂けた。そしてそのまま、身体を切り裂かれる。縦に、横に、斜めに。溢れる血液は、シャワーが浴室を濡らすように、草原を赤で染めていった。


「あ、ぐ、ああ、ああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 声にならない絶叫が響く。完全に意識をする暇もなく、腹を切り裂かれたのだ。予想のつかない、普段感じることのない強烈な痛みに、シシノの痛覚は、その許容を大きく超えた。


 だが、斬撃は突然やんだ。

 シエラが、デオドラを蹴飛ばしたのだ。


「デオドラぁぁぁッッッ!! 一度ならず二度までも、わたしの友達を傷つけたなッッッ!!!」


 怒れるシエラは、そのままデオドラを殺しかねない勢いで、飛びかかろうとする。

 だが、そんな彼女を制止したのは、身体を裂かれたシシノの方だった。


「待って……くれ、シエラ。デオドラさんは……おれの挑発に乗った、だけだ。それにもう、すぐに治る」


 苦しみながらシエラを止めるシシノの身体は、言い終わるうちに、時を巻き戻すかのように修復していった。傷口は、肌色の部分が、剥き出た赤い筋肉を覆っていくように、みるみるなくなっていく。


「お願いだ。今は黙って見ててくれ。おれは大丈夫なんだって、死なないんだって、シエラを守る力があるんだって、証明したい。だから……」


 不安げに見つめるシエラを、シシノは見つめ返す。そして、ゆっくりと、蹴飛ばされたデオドラの元へ近づいて行く。

 デオドラは蹴飛ばされた瞬間、蹴りの方向へ身体を浮かし、衝撃を和らげていたようである。吹っ飛んだ距離の割には、ダメージは全くと言っていいほどなかった。


「思っていたよりも、傷の修復は早いようですねェ。ですがァ……次は、殺します」


 シシノを睨みつける。その目には、はっきりと敵意が込められていた。

 その敵意に、シシノも今度は敵意で返す。


「ああ、勝負だ、デオドラ・ラッカフルリル・マック・ニック・メメン・トゥ。


 ──殺れるもんなら、殺ってみろ。


 だがその前に――

 

 おれがアンタの心を殺す」


 宣戦布告。両者は敵意を隠さない。身構える。血がたぎる。血液が沸騰する。

 今、ここに、不死身の証明を──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る