第17話 ホムラノミヤとラッカフルリル

「はい、では気になることは全てきちんと話し合いましょうか」


 笑うシエラとシシノ、そして変顔のデオドラを見渡すと、ぱんっと手を叩き、ネネさんは場を仕切る。

 すると、スイッチが切り替わるように皆は真面目なおもむきに戻る。


「気になるもなにもまずはァ、ネネさん、貴女がホムラノミヤ機関だというのは、本当のことなのですかァ?」


 驚愕から抜け出し、冷静さを取り戻したデオドラは、ネネさんに尋ねる。


「ええもちろん。ですから、あなた方が宇宙から来たという事も信じたわけです。すでにナヴァロッカという星のことは知っていたのですから」


「ふむ、なるほどォ。……では、シシノ君は? 彼は我々の存在すら知らなかったようですがァ……」


「シシノ様は、機関の構成員ではありません。ですが……」


 そこまで言うと、ネネさんはシシノの方を見つめ、様子を伺った。その先を言ってもいいのかと、許可を求めているのだろう。


「ああ、ネネさん、言っても構わないですよ」


「はい……。シシノ様は、機関の、あるお方のご子息なのです」


「? では、機関とはァ、大きな繋がりがあるのではないですかァ?」


「いいや、おれは捨てられたから、もうあの親父と繋がりなんてない」


 デオドラの疑問に、シシノが立ち上がって答える。


「あいつは、おれにこのアパートをよこして、世話はネネさんに任せて、それっきりだ。もう十年近く会ってねえ。なにも言ってこないし、なにも教えてくれねえ。おれと機関はほとんど無関係だ」


 そこまで言って、ハッとする。思わず抱えている憎しみのようなものが、口から出てしまっていたようだ。皆は心配そうな顔でシシノを見ていた。


「いや、悪い。ただ、その……そういうことだ」


 バツが悪くなって、シシノはソファに座り込んだ。

 沈殿した空気がしばらくの間漂う。そんなところへ口を開いたのは、デオドラだった。


「いやいやァ、父親との確執はァ、仕様がないものです。そこについてはァ、今は触れないでおきましょォ」


 その軽い言い方は、今のシシノにとっては救いになった。心が少し軽くなる。


「ですが、最も無視できないことを訊かせてもらいます。……シシノ君の身体は、なぜあんなにも、傷の治りが早いのです?」


 デオドラの疑問はもっともだった。あのような異常、不可思議をの当たりにしては、疑問を抱かないほうがおかしいというものだ。

 ネネさんは、目をそらしている。この質問に答えるのは、シシノの方が適任だった。


「ああ……おれが答えるよ。って言っても、ネネさんもおれも、詳しいことはあんまりわかってないんだ」


「ふむ? と言いますと?」


「おれとネネさんが初めて会ったとき、すでにおれはこんな身体だった。……そして、おれにはこの身体になる前の記憶がない」


「記憶が?」


「ああ、七歳ぐらいのときだったかな、それまでおれはホムラノミヤ機関にいる家族のところで暮らしいていたらしい。……でも、何が起きたかは分からないけど、おれはこの身体にされた・・・……らしい。ホムラノミヤ機関の、親父の手によってな……」


「なんと、では、貴方の不死性はァ、ホムラノミヤ機関の技術によるものだと言うのですかァ!?」


 シシノの話に、デオドラは驚愕を隠せない様子だ。技術は力だ。デオドラにとって、ナヴァロッカにとって、この星は交渉相手なのだろう。何を交渉しているかは分からないが、相手の技術が、こんな不死身じみた人間を作ることができるものだとあっては、いささか不都合でもあるのだろう。だが──。


「何かに失敗したのか、おれが目覚めたとき、おれは何も知らない状態だった。言葉も、親父の顔も、自分が誰なのかも。……その後、おれは捨てられた。……それに、今でも定期検診をしてくれてる機関の医師に言わせると、おれの例は「奇跡」だそうだ。おれのような例は、そうそうあり得るものじゃないらしい」


「では、貴方の他にはァ、そういった身体の持ち主はいないということですか?」


「ああ。恐らくは。こんなのがゴロゴロいたら、たまったもんじゃないだろ?」


「はっはァー確かに! ボク達の商売あがったりになっちゃいますよねェー! 殺せないんですもん! あは、あはははは!」


 空気がよどむ。信じられないほどの質量を持った空気の中、デオドラの笑いは、どんどんと乾いていった。


 ──デオドラさん、すまん。おれが笑えない冗談を言ったばっかりに。


 と、シシノが後悔し、気まずさが最高潮に達したと思われたそのとき、明るい声が部屋に響いた。


「だけど、シシノが頑張ってくれたから、わたしはここにいられるんだよね!」


 と、シエラは自分の思ったままを口にした。部屋の中の空気は、ふわっと軽くなる。


「これから一緒に遊べるし、お話ができるし、お料理もできる。やりたいことが、もーっと実現できるんだから、感謝してるよ、シシノのその身体にも」


 言って、シエラはその手で、シシノの胸に優しく触れる。

 あの異常を、その目の前に見たというのに、シエラは全く、シシノのことを気味悪がっていないのだ。今までシシノの異常を目の当たりにした人間は、皆がシシノから去っていったというのに。

 その手の暖かさが、シシノの心に安らぎを与えていた。誰が去っていこうと、シエラがそばにいてくれるなら、それでいいと思えるほどに。


「はい。いいことをおっしゃいますシエラ様。私もまた、シエラ様とお風呂をご一緒できるとなると、嬉しさを隠せませんよ」


 と、この雰囲気の中、ネネさんの発言に、デオドラは食いつく。


「な、なななんとォ、そんな楽しそうなことをされていらっしゃったとはァ! ネネさん、ボクとも、ボクとも是非ィ、混浴をーー」


 言いかけてやめる。ネネさんのデオドラへの視線は、とても人間を見るものではなかった。生ゴミとか、虫けらとか、カーペットでたまに発見する謎の毛とか、そういったものを見る目だった。

 その眼差しに、デオドラは「すみませェん」と身を縮める。場の空気は、すでに完全に明るいものとなっていた。


「よろしい、では、次はこちらからの質問です。そうですね、まずは、シエラ様とデオドラさんの関係、そして、ラッカフルリルというものについて、教えていただきたいです」


 デオドラを目で殺したネネさんは、質問を投げかけた。これはシシノも気になっていたことである。シシノが見る分には、シエラはデオドラに対して割と偉そうにしているし、デオドラはシエラに対して腰が低い。その関係性は、どうなっているのか疑問に思っていた。


「そうですねェ、まずシエラ様とボクとの関係をざっくり言えば、お姫様と召使いみたいなものですかねェ」


「うん、なんとなくそんな感じがする」


 うんうんと、シシノとネネさんは頭を縦に振る。


「デオドラ、隠すことは何もないよ。全て教えてしまって構わない」


 デオドラはシエラにそう言われて、頷いた。


「……と、いうのも、ラッカフルリルの頭首とうしゅは、シエラ様のお父君、ゼイゲ・ラッカフルリル・パス・トゥリ・ラ・ミネーシア様なのです」


 頭首とうしゅ。つまりはラッカフルリルという殺人集団のトップは、シエラの父親ということだ。その話に、シシノとネネさんは少なからず動揺してしまう。


「なるほど……それでは、なぜシエラ様まで、その……お仕事をなさっていたのでしょうか」


 ネネさんは、殺人という言葉をぼかして尋ねる。


「ラッカフルリルはァ、才能ある者には仕事をさせます。シエラ様は、幼少期から、非常に優秀な腕を持っていたのです……ただ、何も知らないうちから、判断のつかないうちから、やらされていた、というのが正しい言い方でしょうかねェ」


 シエラは話の最中、常にうつむいていた。彼女にとっては、この話は、バツの悪いものなのだろう。


「ふむ……では、そもそもの、ラッカフルリルという集団の仕組みを教えていただけますか?」


「はいィ……そうですねェ、まず、ラッカフルリルがなぜ人を殺すのかと言えば、政治のため、というのが一番でしょォ」


「政治……ですか?」


「えェ。ラッカフルリルは、不都合な者を殺すことによってェ、国全体、星全体を安定させています。その依頼の大半はァ、ナヴァロッカの大政府からのものです。言うなればァ、国に認められた殺人集団なのですよォ。大きな声では言えませんがねェ」


 いささか穏やかではない話しだ。国が、星が、殺しによって、世の安定を図っているとは、ナヴァロッカの生活がどういうものなのか、悪い想像をしてしまう。

 デオドラは、そんなシシノを一瞥いちべつすると、話の続きに戻った。


「そしてラッカフルリルは、殺し屋の強さによってェ、階級のようなものを作っています。ただ、頭首であるゼイゲ様とォ、そのご親族は、強さに関係なく最も上流です。シエラ様もつまりは、一番偉ァいところにいるのですねェ。……その下に、『四骸シガイ』と呼ばれる四人、ボクを含む、『煤払すすばらい』が八人、二つ名を持てるようになる『二つ名持ち』がたくさん、そして有象無象の殺し屋達が、後に続きます」


「デオドラさんも、立場的には結構上にいる人ってことか?」


 長くてややこしい話だが、認識的には、それが率直な感想だった。


「まあそう言えばそうですねェ。『二つ名持ち』は、ボク達『煤払い』を目標に、頑張っているところもありますからねェ」


「二つ名ねぇ、じゃあデオドラさんにも、シエラにも、その二つ名ってのがあるのか?」


 男の子的にはそういったものに憧れを抱いてしまうものなのだ。シシノは興奮気味に尋ねる。


「はいィ。もちろんありますとも。ですが、そう簡単に教えるものではありません。二つ名を知っているのは、ラッカフルリルの間柄、そして、逃したターゲットのみです。一般に二つ名が広がっているということは、まあ、どこかで失敗したということなのですよ」


 なるほど、優れた殺し屋ならば、ターゲットを逃すことはなく、その名を知るものは誰もいないというわけだ。


「では、ボクがお伝えできるのはこのくらいですかねェ。よろしいですかァ? ネネさん」


「ええ、ラッカフルリルについてはよく分かりました。ただ、もう一ついいですか?」


 ネネさんは、ラッカフルリルという集団についてのデオドラの話に納得がいった様子ではあるが、まだ何か気になることがあるらしい。


「えェ、なんなりと」


「シエラ様の逃亡は、ラッカフルリルにとって相当な大事件のはずです。『煤払い』という立場にいるあなたが連れ戻すのに失敗したということは、この後、さらなる追っ手がこの星にやってくるということになりませんか?」


 そう。ネネさんにはまだ、今後どのような出来事が予想できるかということと、それに対してシシノがどういう方針で動くかということを、伝えていなかったのだ。

 ここからは説得の時間だ。強い意志を示さなければ、ネネさんは納得しないだろう。

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