第4話 スクールバッグが飛んできた!

 カバンって言い方たくさんあるけどさ、『バック』か『バッグ』だか分からなくなるよね。最終的に『バッグ』が正解なわけだけど、『バック』だって通じるし、結局何が正解かわからないよね。



 梅雨時の通学路は陰鬱な気色がぼくの心を支配する。何もやる気も起きない。どこもかしこも同じ姿をした個性の識別をさせない体細胞分裂したものどもが乱立している。迷彩服のように隠れることこそがこの国の美学なのだ。人と価値観を合わせ、自分の個性をひた隠し、人の流れのままに生きることが楽しいとそう思える身体になってしまっている。

 ここに両の目がしっかりと付いている。今この惨状さえも何の曇りもなく見えている。それはまるで色とりどりの傘で個性を彩った外面だけの熟れたて果実のようだった。

 傘が他人とあたり道路へと投げ出される。傘という何百もの花束が互いに喧嘩しているだけの狂気であった。今も前も後ろも犬猫が話しているという狂気がある。脳を持たない学生がテンプレートのプログラミングを落とし込んだかのような話口調でとてつもなく面白くない。会話が続けば自慢話。自慢に自慢。最後は自慢に辿り着く。有識者のように雄弁と語るその姿は誰かから見れば誇らしいものになるのかもしれないが、ぼくからみたらとてつもなく寒く感じる。あわや専門家にでもなりそうな口調は誰の心にも響きはしない。ぼくにはそう思える。ここまでだらだらと難しい言葉を多用して書かれた文章だって何の面白みもない。誰かの盗作と言われればそれまでだ。自分らしさをアピールする場が自分は何も創り出せない無個性の人間だと半ば強引に知らしめているだけにすぎないのだ。こんなひねくれた考えにさせるのも全て梅雨のじめじめとした気候のせいだ。


 一日中として雨が降り続き、地に染みる。ぼくらの心にも染み渡る。遠く深く沈んでいく。何にも見えない其処へ落ちていく。

 針で背を刺されたかのように跳ね起きる。時計の針は15:18分が示されていた。もうすでに今日の下校時刻が迫っていた。何もすることなく学校上の一日が終わり、じきに人々の一日も終わる。それで来てほしくなくともまた一日が迎えにくるのだ。そうしたらまた同じ一日を過ごさなければならない。友と他愛のないことを駄弁り、いらないところで劣等感を感じ、はたまた周りの知能の低さに唖然とするのだ。

 そうかそうであれば極度に相手を見下せばいいのか。そうすればこのぼくの心の内の化物も安心して眠りについていてくれる。そうだ、そうしよう。


 7:00になって目覚まし時計が鳴り響くのを止めるために身体を起こした。長座体前屈のように前にかがみ、また眠りそうになるのを嘘っぽいLEDと自然光がぼくの一日を運んできた。迎えに来た。また同じ日を過ごさなければならない。


 しかたなさに全身を包んで体を強引に持ち上げる。遅刻するのも休むのも安っぽい反抗みたいで気が進まない。だからといって社会の常識に飲まれてそのくだらない常識を過ごすのも気に食わない。何にしろ、何をしようとも気にくわないのだ。

 忙しい朝を過ごすのも嫌だ。せめてまったりとした世間の流れとは違う朝の過ごし方をしたい。

 そのためには早めに起きてしたいことをするのみ。それであれば、お湯に沸かれてココアを飲むだけだ。受動的より能動的に。流れに飲まれるよりも飲みこむ方が楽しいだろう。そう心の中で唱えて台所まで行進する。お湯が沸くまでの不特定的な時間がすこぶる嫌い。カップラーメンだって3分間という特定の時間のなかで動いているというのに、こればかりはやかんのなかの水の量に比例するのだ。だからどうしても好かない。そういえばと思い、ブルーライトに目を落とす。人間を殺すアプリの数々に目を泳がす。フリックも繰り返す。何をしようとしたか忘れて同じ画面を何度も行き来した。微睡みのなかの朝では自分が何をしようとしたかよく忘れる。白い湯気が立ち込めてそろそろと主張してきた。ガスコンロのつまみを捻り、火を止める。

 メガネをかけていたら全面が曇りそうなほどの湯気。れっきとした一日をこのココアが迎えにきた。ぼくの目もよく冴えた。身支度を始める。


 ひとまず、黒色の動物の毛が目立つスラックスを履く。上着は脱いで放置して、少し冷めつつあるココアを一回すすった。シャツに腕を通す。湿った感触のいたたまれなさにココアを二度すする。すする度に身体が温まる。

 この間にも時間は刻一刻と過ぎ去っていく。登校しなければならないと考えると身体が鉛のように重くなる。この憂鬱に支配されながらも身支度を整えて、これまた鉛のようなドアをこじ開けた。

 家の中よりも重い湿った感触。シャツなんかよりも数倍は重い。この気怠さのなかで登校しなければならない。けれど、雨が降っていないだけマシだと心の底から思う。


 年齢だけを重ねた中身のない傘の群れに合流した。歩くことですら怠っている先頭のせいで長蛇の列ができている。この列のせいで幾ばくかの時間を無駄にしている。本当に朝から憂鬱だ。


 「おはよう!!!」


 エクスクラメーションマークがそれこそ3つ付いているような大きな挨拶。さらには馴れ馴れしさに懐かしさを感じる。

 しなった頭を持ち直すまでに隣に大きくも小さくもない影が並んだ。


 「おはよう!!!」


 今日、数秒間に2度目の挨拶。声量は相も変わらず大きすぎる。その謎めいた影を確認する。ぼくの友達にこんな馴れ馴れしい輩がいた記憶はない。正確には、いてほしくない。ただでさえ不機嫌な朝にこの騒音に耐えられるほどの耐性は生憎だが持ち合わせていない。それどころか、この人生は平穏をメインスポンサーとして生きている身だ。静かな老後をイメージとして奴等は過ごせないのだろうか。そうやって生き急いで何を得られるというのだろうか。きっと生き急いだ先にぶつかる世界は生き急いだ狭い世界でしかない。もっとゆっくり世界を見られないのだろうか。そう思ってやまない今日のこの頃だ。

 

 一方的に話しかけられることを続けて数分間が過ぎた。さすがに一方的にとは言っても軽い相槌程度は打つ会話だ。しっかりとした会話とまではいかない会話。学校の校門を過ぎれば、ひとまずコイツからの呪縛からは解き放たれることになるが、それでも学校からの呪縛に堪えられるだろうか。今日も本当に退屈だ。


 『あぁ、憂鬱だ』


 机に着き、ペンを持ち授業に備える。睡魔に誘われ、睡眠に落ちていた。気がづくと1限が終わっていた。そのまま2限に備える。次の現代文の授業は寝ずにいられるだろうか。こう自堕落な学校生活を送っているが、中途半端な才能のせいで定期テストでは学校でも1位を取れてしまう。このせいで、模擬テストでは散々な目に会う。しかし、この癖を直す気はさらさらない。ただひたすらに憂鬱な気分になるだけだ。

 さて、このホームルームが終わればぼくの一日が始まる。今までは奴隷としての一日。これからは自我を持った『ぼく』としての一日が始まるのだ。

 さあ、雨しきる下校道を辿ろう。これからがぼくの一日だ。


 「おー、今帰りか! 一緒に帰ろうぜ!」


 またコイツか。今のぼくに友達はいらない。一人で帰りたい。そう思っても帰り道は同じであるから断りようがない。少しの間の下校道を共に過ごしてやろうじゃないか。本当にじめじめとして人を憂鬱にさせる梅雨は嫌いだ。


 「なあなあ、今思ったけど雨降ってないぜ、今」


 その声を合図に傘を振り下ろし、手で雨を確認する。確かに降っていない。ここ最近の雨は、梅雨は去ったのだ。雲の隙間にぼくらの夏が覗く。

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