初めて知る本当の姿編
第26話 三週間越しの真実
その日の夜。
お風呂から上がって部屋に行くと、母から電話がかかってきた。
部屋のベッドに腰かけて、私は足をぶらぶらさせていた。
『じゃあ今は落ち着いて過ごせているのね』
「まあね。慧兄さんには大丈夫だって伝えておいて」
母曰く、兄から険悪な雰囲気のままデートが終わったと聞いて心配だったらしい。
兄も舞衣さんも初めてのデートを台無しにして、申し訳なく思っているそうだ。
私にはその心遣いだけでも十分だ。あとで恭太郎さんに伝えておこう。
すると母がいつものお気楽な口調で尋ねてきた。
『同居生活はどう? 楽しい?』
「まだ緊張感がなくなった訳じゃないけど、充実しているわ」
『そう、良かったわぁ』
私の口ぶりで母は安心したように息をついた。
姉妹でもこうも違うだろうか。
店長は下世話だったが、母は私の声音だけで察してくれる。
私は久しぶりの母の声に安心すると、母が私に尋ねた。
『冴姫ちゃん、恭太郎くんって何か苦手なものとはあるかしら?』
「えっ……? 急にどうしたの?」
意図が見えなくて聞き返すと、母は訳を話し出した。
『今度のクリスマス、うちでパーティーをしないかって豪太郎さんが提案してきたのよぉ。せっかくだからご馳走を作ろうと思っているんだけど、苦手なものがあったら困るじゃない?』
そういうことか、私は納得した。
だが提案者が豪太郎さんと聞いて、私は少し苦笑した。
行動的というか、積極的というか……やりたい事には全力な人だと改めて思った。
「分かったわ。聞いておくわね」
『よろしくねぇ。じゃあそろそろ切るわね』
「うん、お休みなさい」
通話を切ると、私はさっそく恭太郎さんに食べ物の好き嫌いを聞いてみようとした。
十一月も半ばを過ぎて、どんどん寒さが堪えてくる。
靴下を履いていないと足裏が凍てついてしまいそうだ。
廊下に出ると、ちょうど恭太郎さんが洗面所から出て来た。
タオルで髪を拭きながら、パジャマの胸元をパタパタさせている。
ちょうど良かった。私は恭太郎さんと話しをする為に誘ってみた。
「恭太郎さん。烏龍茶、飲む?」
「いただきます」
恭太郎さんが頷くと、私たちはリビングに向かった。
私は冷蔵庫から烏龍茶を取り出して、各々のマグカップに烏龍茶を注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
テーブルに着いていた恭太郎さんにマグカップを手渡すと、私は向かい側に座った。
恭太郎さんが烏龍茶を一口飲んだところで、私は母の言伝を伝えた。
「さっき母から電話があったの。そしたら豪太郎さんがクリスマスパーティーをしようって提案してきたらしいのよ。私の実家でやるらしいんだけど、恭太郎さんに好き嫌いはないかって聞いてきて」
私が簡潔に説明すると、恭太郎さんは申し訳なさそうに首を垂れた。
「……いつも父がすみません」
「大丈夫よ。もう慣れてきたわ」
私は微笑んで答えると、烏龍茶を啜った。
火照った体と渇いた喉に烏龍茶が染み渡る。
恭太郎さんは少し考え込むと、少し恥ずかしそうに目を伏せてきた。
「……ないです、って言えたら良かったんですけど……」
自信なく言った恭太郎さんは目線を泳がせてきた。
しばらく葛藤していると羞恥心を堪えつつ、ごにょりと小さく呟いた。
「……自分、実はけっこう子供舌で……。辛かったり、苦かったり、渋かったりするのが苦手なんです……」
「えっ? でも珈琲は普通に飲んでいるわよね?」
私が指摘すると、恭太郎さんは分かりやすくビクッと震えた。
罰が悪そうな顔をして、恭太郎さんはどこか悔しそうに白状した。
「……我慢、していました。本当はあんまり好きじゃないです」
「…………!?」
同居生活を始めて、約三週間。
初めて知った事実。衝撃が私の体を貫いた。
猛省した私は顔を蒼白させて深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 私、全然気付かなくて……っ!」
「いえっ、大丈夫ですから! お気になさらず!」
恭太郎さんは恐縮したように言ってくれたが、私は謝らずにはいられなかった。
私、こんなに恭太郎さんの事を知らなかったの……? 仮にも許嫁同士なのに……!
私は激しい焦燥感と、この上ない申し訳なさに襲われた。
例え許嫁を演じるにしても相手のことを知らなければ、出来ないことも多いのではないだろうか。
自問自答した結果、私は決心した。
もっと恭太郎さんの事を知ろう。
今後も良き関係を築いていく上での必要条件だと、思ったからだ。
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