第25話 ベルガモットと照れ隠し
リビングのテーブルに着くと、恭太郎さんが紅茶を淹れてくれた。
アールグレイだった。
私はテーブルに置かれたマグカップを手に取った。鼻腔をくすぐるベルガモットの香りが気分を落ち着かせてくれる。
恭太郎さんがケーキをお皿に乗せて持って来た。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
フォークを受け取ると、私はモンブランを食べ始めた。
クリームは黄色ではなく、茶色。てっぺんにマロンが乗ったシンプルでオシャレなモンブランだった。
フォークを入れて、なめらかなマロンクリームの層をすくう。
口に運ぶと、栗のほんのりとした柔らかい甘さが口の中で溶けていく。
「美味しい……」
「良かったです」
恭太郎さんは安心したように微笑みを浮かべた。
昨日はあんなにピリピリしていたのに……どういう心境の変化だろうか。
私は少し不審に思うと、恭太郎さんに尋ねた。
「恭太郎さん、話って何……?」
私が切り出すと、恭太郎さんは少し苦々しく目線を伏せた。
何を言われてもいいように私は身構える。
恭太郎さんは一口、アールグレイを啜ってから話し出した。
「……昨日は、すみませんでした。嫌な態度を取ってしまって」
やはりその話だったか……。
私は冷静な態度と落ち着いた口調で答えた。
「事故とはいえ、私にも非があるわ。ごめんなさい、不快な思いをさせて……」
遅くなってしまったが、私は頭を下げて謝罪した。
恭太郎さんはああ言ってくれたが、嫌な態度を取らせてしまった私にこそ非がある。
申し訳ない気持ちを表しながら顔を上げる。
すると何故か恭太郎さんは目を丸くしていた。
「えっ? 不快って?」
「はい?」
私も頓狂な声を上げてしまった。
どういうこと……? 突然、抱き付かれて不快だったんじゃ……?
私は話の辻褄が合わなくなって混乱してしまった。
恭太郎さんは私の反応に少し驚きつつも、訳を話し始めた。
「不快には思いませんでした。ただ、えっと…………驚きました。その……女性に抱き付かれたのは……初めてだったので」
「えっ……?」
恭太郎さんの言葉に私は思わず目を見張った。
じゃあ、昨日の反応はもしかして――――
ある小さな確信を抱いた私は恐る恐る恭太郎さんに尋ねた。
「もしかして……照れ隠し、だったの?」
「…………」
恭太郎さんはこの上なく恥ずかしそうに目を伏せる。
私がじっと見つめ続けていると、恭太郎さんは根負けしたように小さく頷いた。
う、嘘……。
まさか本当にそうだったとは思わなかった。
私も恥ずかしくなってしまって、思わず両手で口を覆った。
大橋さんの言葉が脳裏に蘇る。
「男っていうのは、単純な生き物なんだよ!」
案外、そういうものなのだろうか……。
私は火照る顔を見られないように俯くと、恭太郎さんが言ってきた。
「あの時はどんな顔をしたらいいのか、分からなくて……すみませんでした。冴姫さん、なんだか怯えているような顔をしていたので……」
「い、いえ……私こそ、ごめんなさい。怖がったりして……」
私は目を伏せつつも首を横に振って恭太郎さんに言った。
だが……怒っていた訳じゃなかったのか。
不快に思われていた訳じゃないと分かっただけで、すっと気持ちが楽になった。
恥ずかしさも次第に和らいできて、私は恐る恐る顔を上げた。
目の前にはどこか申し訳なさそうにしつつも、穏やかに微笑む恭太郎さんがいた。
その微笑みにつられて、私も同じような笑みを浮かべた。
「……ケーキ、食べましょうか」
「そうね……ありがとう」
このケーキは商店街にあるオシャレなケーキ屋さんで売られているものだ。
正確な値段は覚えていないが、まあまあ高かったと記憶している。
私が感謝を伝えると、恭太郎さんはにこりと笑って見せた。
「どういたしまして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます