第24話 モンブランか、ガトーショコラか
今日はバイトが無いので真っすぐ帰宅することにした。
電車に揺られている間、私の脳裏にはあの言葉が響き続けていた。
「男っていうのは単純な生き物なんだよ!」
はっきり断言されてしまった。
確かに大橋さんは彼氏がいないわけではない。
だが、そこまで恋愛経験は豊富ではないはずだ。同い年だし。
多分、少女漫画や恋愛ドラマを見過ぎた結果だろう、と私は解釈した。
「……まさか、ね」
電車を降りて、ホームを抜けて私は呟いた。
恭太郎さんに限ってそんなことを思うわけがない。
私は彼女として魅力のあるタイプの女子ではない。
そもそも私はあくまで許嫁を演じるだけの関係なのだ。
抱き締められて照れるなんて……ありえない。
私は謎の自信と安心感を抱き歩くと、六〇九号室に着いた。
鍵は掛かっていない。
玄関には大きなローファーが一組。恭太郎さんが先に帰って来たようだ。
大橋さんと話したおかげで、今朝よりは気分がすっきりした。
だがあの居心地の悪さはどう改善したらいいものか……。
悩みつつ靴を脱いで揃える。部屋に入ってコートとブレザーを脱いで、しばらくゆっくりしようとベッドに倒れ込んだら、
「冴姫さん、いますか?」
ノック音のあとに恭太郎さんの落ち着いた声が聞こえてきた。
私は少し気怠そうに返答した。
「何……?」
「さっきケーキを買って来たんですけど、一緒に食べませんか?」
「えっ?」
思わず扉の方を見てしまった。
恭太郎さんが、ケーキ……?
確かに恭太郎さんは甘党だが、突然どうしたのだ。
私が不審に思っていると、恭太郎さんは扉越しに言ってきた。
「……少し、冴姫さんとお話ししたくて……」
「…………!」
もしかして、歩み寄ろうとしてくれているのだろうか。
今朝、私があまりにも無口だったから……。
確かに昨日の件からの恐怖感があったが、だからって目を合わせなかったのは失礼だ。
修治郎さんのお見舞いで学んだことを思い出し、私はベッドから起きた。
扉の前に立ったが、ドアノブに触れるのを躊躇った。
昨日、心に突き刺さった氷の破片が痛み出す。
しかし……――――
「……冴姫さん?」
恭太郎さんの低くて、良く通る、穏やかな声。
その声が昨日刺さった氷の破片を溶かしていく……。
私は一度、深呼吸をして意を決し、ドアノブを掴んだ。
思い切ってがちゃりとドアノブを回して、扉を引く。
部屋を出た廊下のところで恭太郎さんは待ってくれていた。
いつかの朝のような、落ち着いた微笑みを浮かべて。
「モンブランか、ガトーショコラか、どっちがいいですか?」
恭太郎さんに尋ねられて私は少し迷ってから微笑んでみた。
「モンブランで」
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