第23話 男とは、単純な生き物

 デートの翌日、月曜日。

 目覚まし時計のアラーム音が部屋に響く。

 私は恨めしく思いながら目覚まし時計を叩いて止めた。

 疲れて早めに寝たはずなのに、ちっともすっきりしない。

 重たい瞼を擦りながら、のっそりと体を起こすとため息が出た。

「やらかしてしまった……」

 わざとじゃないとはいえ、恭太郎さんに抱き付いてしまった。

 あの時、どうしていたら恭太郎さんの気分を損ねなかっただろうか。

 いくら猛省しても答えは出て来ない。だが猛省せずにはいられない。

 私は沈んだ気持ちのまま、ベッドから抜け出た。




 朝食を作り終えると、ちょうど恭太郎さんが部屋から出て来た。

 昨日のピリついた空気はなかったが、なんだか話しかけづらい。

「……おはようございます」

「あっ……お、おはよう……」

 どうしよう、目が合わせられない……!

 昨日の恐怖感と申し訳なさのせいで私は目を伏せてしまった。

 食器に朝食を盛り付け終えると、私たちは食べ始めた。

 今日はハニートーストとオムレツ、野菜スープだ。

「…………」

「…………」

 いつも以上に重苦しい無言。

 話題どころか、話しかける事すら出来ない。

 ハニートーストもまるで味がしない。

 気付いたらもう食べ終えてしまい、この空間にいることも少し苦しかった。

 私はさっさと片付けると、早く学校に行こうと恭太郎さんに断わった。

「今日、日直だから先に行くわ……」

「……分かりました」

 恭太郎さんはいつもより少し低い声で頷いた。

 やっぱり……怒っているのだろうか。

 私は避けるように身支度を済ませ、普段より二十分も早く登校した。

 十一月も半ばになり、どんどん寒さが厳しくなっていく。

 冷気を吸い込む度に鼻の奥が痺れる。手や耳にも風が打ち付けてきて悴む。

 手袋、してくればよかったな……。

 天気予報を見ていなかった自分が悔やまれる。

 私は身を震わせながら最寄り駅へ歩いて行った。




 学校に着くと、少しだけ安心できた。

 だが私の中に巣食っている後悔の念はこびりついて離れなかった。

 四時限目なんて、集中力が切れてしまったせいでずっと懊悩していた。

 どうしたら元に戻れるのだろうか……。

 抱きしめてしまったことへ謝罪すればいいのか。

 それとも私の方が忘れてしまえばいいのか……。

 本日、何十回目かの溜息が出て四時限目終了のチャイムが鳴った。

「海原さ~ん! 一緒にご飯食べよ~」

「……ええ」

 大橋さんが誘って来て、私たちは昼食を食べることにした。

 水筒に入れていた烏龍茶を一口飲む。かなり喉が渇いていたことに今、気が付いた。

 私は目を伏せながらお弁当の蓋を開けようとすると、大橋さんが言ってきた。

「海原さん、今日なんか元気ないけど、何かあった?」

「えっ……?」

 私が思わず顔を上げると、大橋さんは心配そうな顔をしていた。

「さっきから落ち込んでるみたいだけど……」

「べ、別に何も……」

「何もなかったらずっと溜息ついてないよね?」

 痛いところを突かれてしまった。

 ぐうの音も出なかったが、これ以上踏み込ませると許嫁の話がバレてしまう。

 私は誤魔化しながら大橋さんに話すことにした。

「実は……昨日、知り合いがダブルデートしたんだけど、少し彼氏さんとぎこちなくなったらしくて……。その話を聞いても私には分からなかったから、相談相手として力不足だったなって」

 本当は自分のことなのだが、大橋さんは言葉のまま受け取ってくれた。

「真面目だな~。けどさ~、なんでぎこちなくなっちゃったのさ~」

 聞かれると思った。

 私は目を伏せて、言いずらいことを答えた。

「えっと……バランスを崩して、彼氏さんに、だ……抱き付いたら……ちょっと不機嫌になったみたいで……」

「……は?」

 大橋さんは頓狂な声を上げた。私も同じ気持ちだ。

「彼氏さん、どうして不機嫌になったのかしら……」

 私が呟いてトマトを口に運ぶと、大橋さんは――――

「……ごめん、惚気だよね、その話」

「えっ?」

 全く惚気たつもりはない。

 何をどう解釈したらそんな発想に……?

 私は思わず間抜けな声を出してしまうと、大橋さんは力強く言ってきた。

「彼氏さん、間違いなく照れてるだけだから! その知り合いに言っといて!」

「ちょっと待って」

 私は反射的に大橋さんの話を止めた。

 全く理解できなかったからだ。

 もっと論理的に、くわしく説明してくれないと私は分からないのだ。

「どうしてそうなるのか、きちんと説明して」

 すると大橋さんは驚いたように目を見開くと、分かりやすく頭を抱えた。

「鈍すぎる……」

「は?」

 私が首を傾げると、大橋さんはやっと説明してくれた。

「いい? 男っていうのは単純な生き物なんだよ! 彼女が抱き付いてきたら嬉しいの! もしはっきり言われてないなら照れてるだけ! オーケー!?」

「恋愛ドラマを見過ぎなのよ……例外もあるんじゃないの?」

「よっぽど捻くれてなければない! 断言してもいい!」

 あまりにも力強く言われてしまった。

 私は返す言葉が見つからず、茫然としてしまった。

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