第20話 人生笑わにゃ損!

 レッサーパンダの展示場前で撮った写真が納得出来なかったようだ。

 あのあと私と恭太郎さんは舞衣さんに何枚も写真を撮られた。

 もちろん、兄とも撮っているものの、同じくらい私たちのことも気にかけてくれた。

 しばらく色んな動物たちと一緒に写真を撮っていたら、十三時を過ぎていた。

 もう既に疲労感があるというのに、時間の流れが遅く感じる。

 昼食も兼ねて、私たちは園内のレストランで休憩をすることにした。

 たまたま空いていたテーブルで注文した品を待つ。

 その間、舞衣さんはずっと写真を確認と加工をしていた。

「よぉしっ! 冴姫ちゃん、さっき撮った写真、LINEに送っておくねぇ」

「ありがとうございます」

 私は頷いて携帯端末を取り出す。

 しばらくすると、とんでもない枚数が送られてきた。しかもまだまだ送られてくる。

 その写真の量に私も隣にいる恭太郎さんも目を見開いた。

「……すごい量ですね」

「そうね……。舞衣さん、こんなに撮ったんですか……?」

 恐る恐る尋ねると、舞衣さんはポカンとした表情を浮かべた。

「えっ? 少なくない?」

「「はい?」」

 私と恭太郎さんは同時に素っ頓狂な声を上げた。

 少ない……? 四十枚くらい送られてきたんだけど……。

 目を見張る私たちを、舞衣さんはケラケラと笑い飛ばしてきた。

「だってぇ、二人とも全然笑わなかったんだもん! 笑わないと人生損だよ?」

「「…………」」

 私と恭太郎さんは思わず目を伏せてしまった。

 私たちは社交的じゃない。不必要に愛想よくすることは苦手なのだ。

 すると舞衣さんはなんだかんだ楽しそうに言ってきた。

「後半からはだいぶいい写真が撮れるようになったけどさぁ。恭太郎くんのお祖父さんに喜んでほしいから張り切っちゃったぁ!」

「……どうしてそこまでしてくださるんですか?」

 恭太郎さんが不思議そうに尋ねた。

 確かに、舞衣さんにとって恭太郎さんは他人だ。修治郎さんに至ってはもっと他人だ。

 どうして積極的に協力してくれたのだろうか……。

 私も気になっていると、舞衣さんは屈託ない笑みを浮かべた。

「だって楽しいんだもん! みんなでお出かけしてぇ、いっぱい写真撮ってぇ、いっぱいお喋りしてぇ……。会ったことない人でも、楽しさを共有出来たらもっと楽しいじゃん!」

「…………!」

 体中に電流が駆け巡る。

 あのふわふわとした感じとも違う。目が覚めるような、爽快な感覚だ。

 考えたこともなかった。

 そしてやっと気付いた。

 どうして兄が舞衣さんと長年、付き合っているのか……。

 純粋に一緒にいて楽しいんだ。

 目的意識だけで恭太郎さんと同居している私とは大違いだ。

 もしかしたら、修治郎さんの夢はこういうことじゃないだろうか。

 お見舞いに行ったときはどうにか誤魔化せた。

 だが、ただ嘘で塗り固められた関係では、いつか透けて見えてしまうかもしれない。

 本当の意味で修治郎さんの夢を叶えるには、私自身が楽しまなければ駄目なのだ。

「そうですね……。確かに、楽しい方がいいですよね」

 なんだか馬鹿らしくなって、私は思わず口元を緩めた。

「そうだよぉ! だから今日は思いっきり楽しもう!」

「はい」

 私は素直に返事をすると、舞衣さんは恭太郎さんに目線を向ける。

「恭太郎くんもだよぉ!? さっきからあんまり楽しそうじゃないし!」

「……いえ、楽しんでいますよ」

 恭太郎さんはすまし顔で言った。

 だがその表情はいつもよりも柔和に感じた。

 デートだって言った時は戸惑っていたので、私は一安心した。

「ほんとかなぁ」

 舞衣さんは半信半疑だった。

 すると兄が舞衣さんに弁明してくれた。

「舞衣、恭太郎くんはあんまり顔に出ないだけだから」

「一番人生損するタイプだね。笑えば多少は印象変わるんだよぉ?」

 意外と鋭いこと言うな……、私はちらりと横目で恭太郎さんを見た。

 思い返してみれば、引っ越しの日の恭太郎さんはピクリとも笑わなかった。

 緊張だと分かったあとは見え方が変わった。

 だが兄から話を聞くまでは、嫌われていないか心配で――――怖かった。

 恭太郎さんも思い当たる節があるようで、耳が痛そうな顔をして呟いた。

「……善処します」

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