第19話 レッサーパンダと鬼監督

 レッサーパンダのエリアの前に伸びる行列。

 並んでいる間、兄は私と恭太郎さんの関係について舞衣さんに打ち明けた。

 学校でも広まらないように気を付けているのに……。

 他言無用と約束してくれたし、舞衣さんを信用していないわけではない。

 ただ……無性に顔が熱かった。

「つまりぃ、恭太郎くんのおじいさんの為に許嫁になったってことぉ?」

「掻いつまんで言えば……そうなるかな~」

 兄はどこかぎこちなく言った。

 私と恭太郎さんが多少、不機嫌になっているのを察したからだろう。

 だが私も準備不足だったと猛省した。

 もっと誤魔化す手段を考えておくべきだった。今は問題ないが、こんなことでは学校でも広まってしまうかもしれない。

 私が思わず溜息をつくと、舞衣さんは胸をときめかせたように騒ぎ出した。

「ステキーっ! こんな少女漫画みたいなこと、リアルに存在なんてぇっ! いいなぁ、羨ましいよぉー」

「舞衣、ボリューム抑えて」

 今にも踊り出しそうな舞衣さんを兄が静かに宥めた。

 私にはどこが羨ましいのか全く分からなかった。

 許嫁はあくまで役割。しかも四ヶ月間限定だ。

 この期間が終われば、ただの他人に……。

 しばらくしてレッサーパンダの展示場に着いた。

 三匹のレッサーパンダがじゃれ合うように遊んでいる様は、なんだか愛くるしい。

 その様子に舞衣さんや他のお客さんは動画や写真を撮りまくった。幼稚園児くらいの子供たちも指をさして「かわいい~!」と無邪気に笑っている。

 レッサーパンダが台の上に上がっていくのを見て、舞衣さんは突然慌てた。

「慧くん、写真撮ろうっ!」

 舞衣さんは素早く兄の腕を引っ張った。有無を言わさない勢いだ。

 さらに密着したかと思うと、素早く写真を連写した。

 未来予知並みの予測スピードと、正確すぎる撮影スキル。

 人目を憚らない行動力に私と恭太郎さんは絶句した。

「……超人技ですね」

「同感だわ……」

 一体、どんな修練をしたらあんな離れ業が出来るのだろうか。

 手早くスクロールして、舞衣さんは写真を確認し終えた。

 満足げに微笑むと、携帯端末を操作しながら兄に言った。

「よぉし、オッケー! 慧くん、送っとくねぇ」

「ありがと~」

 兄が携帯端末を取り出すと、思い出したように言ってきた。

「冴姫、恭太郎くん、せっかくだからここで写真撮る?」

「あっ、うちが撮るよぉ。写真撮るのはけっこう上手なんだぁ」

 言い出してくれた舞衣さんに恭太郎さんが遠慮がちに頷いた。

「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします」

「かしこまりぃ!」

 舞衣さんはネコ耳のついたスマホケースを見せつけながら、可愛らしく敬礼した。

 携帯端末を横にすると、舞衣さんはさっそく難しい注文してきた。

「じゃあ二人とも、レッサーパンダ背後にくっついてぇ!」

「「…………はい?」」

 素っ頓狂な声が出た。

 くっつく?

 公共の場で?

 しかもこんな大勢の人の前で?

 私も恭太郎さんも間抜けな顔をすると、舞衣さんの目付きが変わった。

「早くっ!!」

「は、はいっ」

 有名映画の鬼監督のような鋭い目つき。

 私は慌てて恭太郎さんの腕を引っ張ると、携帯端末のカメラに目線を向けた。

「えっ、ちょっ……!」

 パシャリッ!!

 すかさず舞衣さんに写真を撮られた。

「え……えっ?」

 恭太郎さんは何が起こったのか、分かっていないようだ。

 私たちをそっちのけで確認すると、舞衣さんは頷いた。

「よしっ! じゃあ次行っくよぉっ!」

 いつまでも同じところでたむろしていては迷惑だ、ということだろう。

 舞衣さんは手を振って、さっさと移動しようと促した。

 素直に従って、私は舞衣さんについていく。

 だが、恭太郎さんはまだ混乱している様子だった。

 ごめんなさい、恭太郎さん……っ。

 だが顔が熱すぎて、面と向かって言うことは出来なかった。

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