第14話 十九時に来た客は……

 登校中に別れて以降、私たちは一度も会わなかった。

 私はA組で、恭太郎さんはD組。

 お互いに出来るだけ接触しないように気を付けていたのだ。

 そのまま放課後となり、私はそのままバイト先へ直行しようとした。

「大橋さん、今日も『PAPILLON』に寄るの?」

 多分、来るとは思うが一応聞いてみる。

 すると大橋さんは苦虫を嚙み潰したような、凄惨な顔をした。

「いやね、ものすっごく行きたいんだけど……今月、お小遣い尽きた」

 大橋さんの言葉に心当たりがあった私は思わず目線を逸らした。

「確かに食べ過ぎていたものね……」

「だってパンプキンモンブラン、美味しかったんだもんっ!!」

 パンプキンモンブランは『PAPILLON』の十月限定メニューだ。

 三五〇とお手頃価格。おまけに期間限定に目がない大橋さんは、パンプキンモンブランをものすごく気に入ったらしい。『PAPILLON』に来る度、多い日には三つくらい食べていた。もうすぐ十一月だが、そんなペースで食べればお小遣いだって消えるだろう。

 というか、今日までよく尽きなかったな……、私は思わず苦笑した。

「じゃあ家で大人しく勉強するのね」

「うぅ~……モンブラン、食べたかった……」

 諦めきれていないようだ。


 十九時を回った喫茶店「PAPILLON」。

 私はカウンターキッチンで不足品がないか確認していた。

 すると手持ち無沙汰なのか、店長が私に声をかけてきた。

「冴姫ちゃん、許嫁くんとの同棲はどうかしら?」

「…………」

 店長の目が完全に恋する乙女のそれになっている。

 面白がっていますよね……けっこう大変なんですよ?

 だが感情的になっては店長の思う壺だ。私は冷静に受け流すことにした。

「まだ緊張感はありますけど、案外普通ですよ」

「あら、意外と落ち着いて過ごせているのね……もっとドキドキするものかと思っていたのに」

 店長はどこか残念そうに、からかい甲斐がなさそうに呟いた。

 私は何も言わず、ただむすっとした表情で確認を進める。

 あくまでも私たちは期間限定で許嫁を演じているだけの関係だ。少女漫画みたいな娯楽としてからかわれては堪ったものじゃない。

 もう少し店長としての威厳を持ってほしいものだ、と溜息をつく。

 するとカラランっと扉についているベルが鳴った。

「あら、いらっしゃいませ」

 店長が素早く反応したので、私も倣おうとした。

「いらっしゃいま……せ……」

「……どうも」

 私服姿の恭太郎さんがどこかぎこちなさそうに目を伏せながら言ってきた。

 えっ、どうして来たの……?

 恭太郎さんは医者志望で、第一志望大学は難関と呼ばれている医学部だ。だからいつも遅くまで勉強をしているのに、どうしてこんなところに来たのだろうか。

 恭太郎さんがカウンター席に腰掛けて上着を脱ぐと、私はひそひそっと説明を求めた。

「きょ、恭太郎さん……どうして来たの?」

「たまには甘いものでも食べながら勉強するのもいいかと思いまして。ああ、大丈夫ですよ、夕食は作って来たので」

「いや、そうじゃなくて……」

 もちろんありたがいし、ここに来るなと言っている訳ではない。

 だがあまりにも唐突すぎて驚いてしまったのだ。

 恭太郎さんは私の聞きたいことを察したのか、どこか照れたように頬を掻いた。

「……迷惑だったらすみません。その……やはり、心配だったので」

「…………!」

 不意打ち過ぎる。思わず背を背けてしまった。

 きっと今、私の顔はみっともない。熱く火照って、口元が緩んでしまっている。

 冷静さを取り戻そうと深呼吸して、顔を上げる。

 すると店長がニヤニヤと面白がるように笑みを浮かべていて、面白くなかった。

 私は思わずむすっとした表情をした。

 今はバイト中だ、落ち着こう……!

 私は何事もなかったかのように振り返り、クールな態度で恭太郎さんに接した。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 私の言葉に恭太郎さんはメニュー表をめくり始めた。

 待っていると、恭太郎さんは割とすぐに注文が決まったようだった。

「……では、オリジナルブレンドコーヒーと、パンプキンモンブランを」

「かしこまりました」

 いつも通りの対応で頷くと、恭太郎さんはカバンから参考書とノート、筆記用具を取り出して勉強を始めた。

 キッチンに注文を伝えると、私は姿勢よく問題を解いていく彼の姿に見入ってしまった。

 今時の高校生とは対照的な、将来をきちんと見据えている姿勢。

 素敵で、かっこよくて、羨ましい。

 ただの仮初の許嫁同士だが、私は素直にそう思ってしまった。

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