非日常の始まり編

第13話 無理やりだった編入初日

 今日は恭太郎さんが私の通う高校に編入してくる。

 というのも豪太郎の凄まじい行動力のせいだ、と本人は話していた。許嫁同士なのだから同じ学校の方がいいだろう、と半ば無理やり編入させられたらしい。

 元々うちよりずっと偏差値の高い高校にいたのに……もったいない。

 羨ましさと申し訳なさを抱きつつ、私は朝食を食器に盛り付けて待っていた。

 するとちょうどいいタイミングで恭太郎さんが部屋から出て来た。

 ワイシャツのボタンは一番上まで止めて、ネクタイもきっちり締めている。背は 一九〇センチ近くあるらしいが、スラックスの丈は合ったようだ。黒いセーターを着ていても、彼の体格の良さは良く分かった。

 朝食の準備も終わり、私たちは食べ始める。ちなみに今日はピザトーストとスクランブルエッグ、コーンスープだ。

「どうかしら……?」

「美味しいですよ」

 私の作る朝食に慣れてきたのか、恭太郎さんは微笑みを浮かべてくれた。

 私は安心したように息をつき、コーンスープを飲む。

 すると恭太郎さんが思い出したように私に尋ねてきた。

「冴姫さん、バイトって何時頃に終わる予定ですか?」

「遅くても二十一時かしら」

 私の言葉に恭太郎さんは少し目を伏せた。

 もしかして、心配してくれているのだろうか。

「大丈夫よ。遅いと二十一時くらいだけど、多少は早く上げてもらえるから」

「……そう、ですか」

 恭太郎さんは珈琲を一口飲むと、すまし顔で言ってくれた。

「遅くなりそうだったら連絡してくださいね」

「えっ?」

「女性が真夜中に出歩くのは危ないですから」

 とだけ言うと恭太郎さんは何事もなかったようにピザトーストを頬張った。

 だが私にはその気遣いが嬉しくて、思わず笑みを浮かべた。

 やっぱり、落ち着くな……。

 どうやら私にとって、彼との時間は心地のいいものに変わっているようだ。


 同居しているので、一緒に登校するのは致し方ない。

 だが私たちはある約束を交わした。

 何があっても許嫁同士であることを隠し通すこと。

 クラスは別々のようなので、お互いの高校生活を平穏に過ごす為に話し合った結果だ。

 つまり嘘とは言わないまでも、本当のことを隠し通すことになる。

「恭太郎さん、確認だけど本当にいいの?」

 お見合いの時、あんなに嘘を毛嫌いしていた恭太郎さんだ。

 学校近くの通学路を歩きながら、少し心配になって聞いてみる。

 すると恭太郎さんはどこか恥ずかしそうに目を伏せてきた。

「正直、嫌ですが……自分たちには勉学に勤しむ義務があります。仕方ないでしょう」

「…………」

 意外だった。

 意地っ張りな恭太郎さんから「仕方ない」という言葉が出てくることが。

 思わず見上げてしまっていると、恭太郎さんが不思議そうに聞いてきた。

「……なんですか?」

「な、なんでもないわ……」

 私は慌てて目線を進行方向へ向け直す。

 今日から同じ学校に通うことになるのか……。

 今更のように実感が湧いてきて、少し気恥ずかしい気分になった。

 すると背後から聞き覚えのあるテンションの高い声が聞こえてきた。

「か~いば~らさ~ん!!」

 私は思わず頭を抱えてしまった。

 よりにもよって、一番騒がしくしそうな人に見つかってしまった……。

 恐る恐る振り返えると、向こうから人を掻き分けて大橋さんが駆け寄って来た。

「お、おはよう……大橋さん」

 私は苦笑いしつつもいつも通りに声をかけたが、大橋さんの目は好奇心で輝いていた。

「ねえ海原さん! この人誰!? もしかして噂の編入生!?」

「な、何で知っているの……?」

 私が驚いていると、大橋さんは当たり前のように言ってきた。

「みんな知ってるって! 編入試験満点の優等生が来るって噂になってたんだよ? 知らないの海原さんくらいだって!」

 そもそも噂話なんて興味ないんだけど……。

 私が言おうとすると、大橋さんは恭太郎さんの方をじーっと見つめて来た。

「……なんですか?」

 恭太郎さんが不審そうな目を向けてくると、大橋さんはビクッとした。

 見た目が怖かったのだろうか、私にひそひそと言ってきた。

「ねえねえ海原さん、なんでこのゴリラ男子と一緒に登校してるの!?」

「なんでって……同じマンションだからよ」

 嘘はついていない。

 すると大橋さんは驚いたように声を上げた。

「ええ~っ!? じゃあ引っ越し先にいたってことだよね!? 何この偶然!」

 大橋さんはまたゴシップのネタが増えた、と言わんばかりに興奮している。

 なんだが長引きそうだ……、私は今までの傾向で察したので恭太郎さんに言った。

「……武蔵さん、悪いけど先に行っていてもらえる?」

「あっ……分かりました。ではお先に」

 転入初日だし、送れてはまずいだろう。

 私が促すと、恭太郎さんは頷いてさっさと校門をくぐって行った。

 その広い背中を見送ると、大橋さんはどこかガッカリしたように呟いた。

「なーんだ、もしかしてあんまり仲良くない?」

 うまいこと解釈してくれたようだ。

 私は大橋さんに話を合わせて、その印象をそのまま刷り込もうとした。

「そりゃそうよ。マンションが同じだけなんだから」

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