第11話 飾り気のない、ありのままの……
「冴姫さんは――――とても現実的な女性です」
…………えっ?
恭太郎さんの第一声に私は目を丸くしてしまった。
全く間違っていないが、果たして魅力と言えるのだろうか。
小学二年生の古い記憶。
夢がなさ過ぎると言われて、担任に書き直しをさせられた作文が脳裏に浮かんだ。
だが恭太郎さんは修治郎さんの目を真っ直ぐ見て続けた。
「いつも冷静で、物事への理解がとても深い人です。何に対しても堅実で、計画的で、理性的で……大人びた品があるんです」
「……そうか。他には?」
修治郎さんはさらに追及してくると、恭太郎さんは澱みなく続けた。
「控えめで少し臆病なところがあって、あまり自己主張は得意ではないです」
「……そうか」
「……ですが」
恭太郎さんは小さく息をつくと、修治郎さんに告げた。
「飾り気や裏表がないので、一緒にいてとても落ち着くんです。初めて生涯を添い遂げたいと思わせてくれたような……素敵な女性です」
「…………ッ!」
初めて言われた……。
情熱的な告白のようなことを。
この言葉は真意なの……?
それとも演技なの……?
分析のしようもなかった。
だがひとつ言えることがある。
一体、どんな顔をしていいのか……分からない。
思考回路もショートしてしまった。
私は茫然自失となった。
すると修治郎さんはようやく満足そうに口元を緩めた。
「……そうか。お前にそこまで言わせるとは、なかなかだな」
「……はい」
私からは恭太郎さんの表情は見えない。
だがいつになく柔らかくて穏やかな返事だった。
胸をきゅっと締め付けられる。
小さな痛みと甘い痺れに包まれる。
名前が分からない感情に私は戸惑いを隠せなかった。
すると修治郎さんは恭太郎さんに言ってきた。
「恭太郎、圭司くん、少し席を外してくれ。今度は冴姫さんと話がしたい」
「えっ?」
は、話って……何?
気付いた時には、素っ頓狂な声が漏れてしまっていた。
私は慌てて口元を覆うが、もう遅い。
父はいつもの穏やかな口調で言ってきた。
「分かりました。じゃあ話が終わったらメールしてください」
「えっ、ちょ……お父さん?」
まさか一人にしないわよね……?
私は捨てられた子犬のような目をしたが、父は目配せをしてきた。
そして恭太郎さんと一緒にさっさと退出してしまった。
「…………」
滑りのいいドアが閉ざされて、私は絶句してしまった。
一体、何の話をするのだろう……。
そして私はどうなってしまうのだろう……!
「冴姫さん」
「は、はいっ!?」
変な裏声が出てしまった。
私は慌てて向き直ると、修治郎さんは私の目を見てきた。
ガチガチに緊張してしまって声も出ない。
修治郎さんは私の緊張なんて、お構いなしに色々と話しかけてきた。
「ずいぶん愛されているようだな」
「は、はい……」
どうしよう、ものすごく恥ずかしい……!
恭太郎さんの言葉の甘美な痺れが全身を駆け巡る。
失礼だとは分かっている。
だが徐々に目線が下がってしまう。
「あの真面目一辺倒な恭太郎に気に入られるのは、とても難しいことだ」
すると修治郎さんは恭太郎さんの時と全く同じ質問を投げかけた。
「冴姫さん、貴方は恭太郎のことが好きか?」
「…………」
やはり来た。
恭太郎さんの言葉を真に受けすぎて、言葉が全く用意出来ていない。
私は必死に言葉を絞り出そうと顔を伏せた。
どうしたらいいの……!?
思考がオーバーヒートしてしまっている。
全く考えがまとまらない。
胸が締め付けられて苦しくて、今すぐ逃げ出したかった。
なんで一人にしたの……!?
脳裏に浮かんだ父と恭太郎さんの後ろ姿にぶつけてやりたい。
恭太郎さん……せめて対策くらい教えてくれてもよかったでしょ。
私だって口下手だ。
マニュアルがないと失敗してしまう。
失敗は、失敗だけは、怖い……!
私が口籠っていると、修治郎さんは息をついた。
「やはり、似た者同士だな」
「…………えっ?」
真意が分からず、私は恐る恐る顔を上げた。
修治郎さんは窓の向こうの青空を見つめて、呟いた。
「老成しているかと思えば、恥ずかしがりで、自分の言いたいことを素直に言えない」
「…………」
修治郎さんは私に向き直ると、口元をきゅっと引き締めていた。
「貴方なら恭太郎を支えられると思ったが……見当違いだったようだな」
「…………!」
修治郎さんの厳しい目線に私は目を見開いた。
そうか……そういうことだったのね。
やっと気づいた。
脳裏に浮かんだ恭太郎さんの背中が気付かせてくれたのだ。
恭太郎さんは修治郎さんと話している時、一瞬たりとも顔を伏せなかった。
相手を想っているからこそ、誠実に接さなければならない。
間違えたっていい。
肩肘張らなくていい。
自分の気持ちに正直であればいいんだ。
だって、恭太郎さんは――――飾り気のない、ありのままの私が好きだから。
気付いたら緊張は解けて、私の中から消え去っていた。
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