第9話 滑稽でピュアな解決方法
父の言葉によって気付かされた新たな問題点。
仮とはいえ、許嫁同士の男女が苗字で呼び合っている……。
由々しき事態だ。このままでは一瞬で嘘だと見抜かれてしまうだろう。
病院に着く前だったのが唯一の救いだった。私たちは急いで対策を練ることにした。
「とはいえ……なんて呼び合えばいいのかしら」
「……やはり、無難に下の名前で呼び合うべきでしょうか」
「下の、名前……」
ということは「恭太郎」と呼べばいい、ということか。
私はまず、脳内でシミュレーションしてみた。
イメージトレーニングは大切だ。
人間だから失敗しない、なんてことはあり得ない。だが少しでも減らす為にはイメージして、シミュレートすることは欠かせない。
一度、深呼吸して気持ちを整えると、私は彼の名前を呼ぼうと顔を上げた。
だが……その瞬間、彼と目が合ってしまった。
目線が合ってしまっただけ。
それだけのことなのに……用意していた言葉が、喉の奥に引っ込んだ。
私も彼も耐え切れなくなってパッと顔を逸らした。
どうしよう……顔が火照って熱い!
「……ハードルが高すぎます」
「み、右に同じく……」
まさか異性の下の名前を呼ぶのが、こんなにも難しいなんて……。
懊悩している私たちを他所に、父はどこか滑稽そうに苦笑した。
「あはは……ずいぶんとピュアだね、二人とも」
おそらく傍から見てみれば若い男女がイチャついていて、滑稽なことだろう。
だが私たちにとっては、役割を全うする為に解消しなければならない問題なのだ。
どうすれば呼びやすくなるだろうか……。
私が模索していると、見かねた父が助け舟を出してくれた。
「二人とも、とりあえず『さん』付けで呼んでみたらどうだ? 不自然ではないと思うよ」
父の提案に私たちは再び脳内でシミュレーションした。その結果……
「そ、そうね……まだ呼びやすいかも」
「……そうですね。呼び捨てにするより、いいかもしれません」
私たちは覚悟を決めて、お互いに呼び合ってみた。
「きょ、恭太郎、さん……」
「……さ、冴姫、さん……」
「「…………」」
長く重たい沈黙の中、私は悶絶した。
は、恥ずかしすぎる……!
私は火照った顔を伏せて、訳も分からず緩んでしまう口元を左手で覆った。
武蔵さん、いや、恭太郎さんの顔が見られない。
だがこの呼び方なら多少は親密感を演出出来るだろう。
あっという間に電車は目的の駅に到着した。
ドアが開いて、私たちは電車から降りると恭太郎さんがぼそりと言ってきた。
「……言動には最大限、気を付けましょう……冴姫さん」
「りょ、了解……恭太郎さん」
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