ろくでなしの調律
増田朋美
ろくでなしの調律
ろくでなしの調律
「僕の人生、どうしてこうなっちゃったんだろう。」
羽賀芳太郎は、そういうことを言って、大きな空を見上げた。
僕は、どうして、こんな人生になってしまったんだろう。ただ単に、ピアノが好きで、その関連する仕事に就きたいと思っただけなのに。なんでこういう形になってしまうのか、人生というものは、わからないものである。
「芳太郎が、希望通りに音楽関係の道へいってくれて、うれしいよ。」
そう言ってくれたのは、自分の唯一の味方であった、母だった。家族の誰もが、音楽の道に進むのに反対して、祖父なんかは出ていけと怒鳴ったくらいだった。その祖父を必死で抑えてくれたのは、母だった。父は、仕事で忙しすぎて、自分の事なんて、かまっていられるような状態ではなかったので、いつでも好きな所へ行ってもいいよと言っていたけれど、それは何だか、偽りのようなことを感じるのだった。
そういう複雑な家庭事情もあったから、一生懸命音楽の勉強もした。ピアニストというと、あまりにも抽象的過ぎたから、ピアノを修理する職人になることを決めた。音楽学校を出て、四年間、音楽を学ばせてもらった後、調律の専門学校に二年間在籍させてもらって、ピアノの調律を学んだ。それが終わって、大手の楽器店に就職した。だから、人生について、勝利したと思ったのに。お客さんだって、自分のことを、悪く言う人はいなかったが、それがどうも、楽器店の経営者の癪に触ったのだろうか。自分は業績不振を原因に、解雇されてしまったのである。
一生懸命やってきたのに、なんでこうなってしまったんだろうという気持ちが頭をよぎる。なんで、僕は、こうなってしまったんだろうか。一生懸命やって、頑張ってきたはずなのに。業績不振になった理由は、ただ一つ。調律に時間がかかりすぎるということであった。
「あーあ、これから先はどう生きていけばいいのかなあ。」
と、羽賀はそうため息をついて、とりあえず、自宅に戻った。まさか、こうなってしまったことを、実家に言うわけにもいかない。実家の人たちは、みんな安心してくれて、幸せにやってくれているんだから、それを自分一人のことで、壊す訳にはいかないのである。
家の人たちは、自分が大手の楽器屋さんに就職できたので、それで将来が約束されたと思っているようであるが、そんなことは今の時代にはあり得ない話なのだ。でも、子供のころから、祖父たちは、公務員とか、医療関係者についた、親戚なんかには、素晴らしい生き方をしていると絶賛するのに、自分はエビのしっぽしかもらえなかったことを記憶している、そうやって、家族の意思にそぐわない生き方を選んだ人間は、徹頭徹尾、村八分のようなことになってしまうのが、家族のやり方であった。
そういうわけだから、大手の楽器屋から外されたということを、家族にいうわけにはいかない。それでは、と思って、インターネットを使い、誰かピアノの技術者を求めている所はないだろうかと思ったが、そういうところは一つもなかった。人間には、少なくとも、80年の寿命が用意されているからだ。なんだか、長すぎるという気がしてしまう。
それでは、すぐに働けそうな楽器屋もないのかあということがわかり、羽賀芳太郎はお先真っ暗になる。もう、これでは、自分の人生はすべて終わりと言わざるを得ない。何もしてないと言ったら、あの頑固爺の祖父がなんというか。そういう光景は、すぐに予測できる。何だか、同じ家族なのに、敵同士というような感じになってしまっているが、それは、羽賀家にはよくあることだった。母も、祖父の威圧的な態度に耐えられなくて、拒食症になってしまったこともある。本来なら家を出れば解決することなのに、母が同居を続けるのはそういうこともあるんだと、芳太郎は知っている。そして父はいるようでいないのだ。いるようでいないというのはとてもつらいことだけど、それも事実として、認識しなければならないのだった。父が祖父と敵対するような関係になってくれればいいけど、従順すぎるというか、男らしさのない父は、そういうことはできなかった。男って、時折、親というか、上の人に対して、反抗的になっていいと思われるのだが、父は、そういうことはできない人であった。そういう、普通の家族とは、えらい違いと言われる実家に、戻りたくなんかなかった。
でも、これ以上、インターネットを調べてみても、何もないのである。働けそうな場所なんて、どこにもないのだ。自分は、音楽に関しては、勉強をすることはできたのであるが、それ以外の勉強なんて何もしてこなかった。そういうところが音楽家の弱みでもある。
それでは、俺の人生おしまいなんじゃないか。もうどこにも所属する所もないし。あーあ、これでは、音楽の仕事を選んでも、失敗だったのではないか。其ればかりが頭の中をぐるぐる回る。その時、芳太郎のスマートフォンがなった。
もし、実家だったら、絶対に出ないぞと思ったが、それは、高校時代の同級生からだった。
「おい、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさあ。」
という同級生からの電話の内容は、単に自分の娘が、ピアノを習いたがっているので、いい先生でも知っていたら教えてくれという内容だった。この種の質問を聞かれることはあるのだが、いつもなら、そうだねえとしっかり答えることができるのに、今日ははあ、はあと生返事ばかりしている。
「おい、羽賀。お前ちょっと、おかしいんじゃないか?いつものお前と違うから、心配になっちゃったよ。お前、何か悩んでいることあるんだったら、すぐに心療内科とか、そういうところに行けよ。お前みたいなやつは、繊細なんだから、すぐに悩みは吐き出した方がいい。そのほうがお前も、楽になれるだろうし、ほかのやつらにも、迷惑かけないで済むぞ。」
という同級生は、芳太郎のことを本気で心配しているのかよくわからなかったけれど、芳太郎は、それはした方がいいと思った。鉄は熱いうちに叩けではないけれど、悩んでいることはすぐに誰かに
相談しないと、おかしくなってしまうことは、芳太郎も知っている。
「もし、どこへ行ったらいいのかわかんなかったら、俺のかみさんに聞いてやるよ。俺のかみさんも、結婚した時鬱になって、大変だったから。」
そう言って同級生は、影浦医院の名前と、電話番号まで教えてくれた。
「じゃあ、ここだぞ。お前みたいに、ストレスをためやすいやつのために、あるようなところだから、気軽に行ってきな。」
と、同級生は、カラカラと笑って、電話を切った。こういうことを聞いてくれるのかなと思いながら、芳太郎はそこへ電話をかけてみた。特に症状を聞かれるわけでもなく、明日の一時半に、予約を取ることができた。
「それではよろしくお願いします。明日伺いますので。」
そう言って芳太郎は、電話を切った。
その次の日。
芳太郎は、影浦医院に行く。病院というより、集会所のような感じで、一時半というまだまだ早い時間帯なのに、何人かの患者さんが待っている。車いすの人もいるし、仕事の書類を持っている会社員のような人もいるので、芳太郎はちょっと安心した。
芳太郎が、看護師に、おかけになってお待ちくださいと言われて、待合室の椅子に腰かけると、診察室から、二人の男性が出てきた。一人は着物を着て、車いすに乗っている。もう一人は、ちょっと落ち込んだ感じがして、にこやかに笑っている、車いすの男性とはえらい違いだ。
「しっかし、そんな風にされちゃたまんないねえ、そりゃ、鬱にもなるわな。」
と、車いすの人がそういうことを言う。
「まったくだ。」
と、もう一人の男性は、そういうことを言った。
「で、変な風に調弦されて、そのあとどうするつもり?生徒さんだって、気にするんじゃない?」
と、彼が聞く。
「そうだねえ、まあ、調律をやり直すとお金がかかっちゃうから、今回は、失敗したということにしておくよ。大手の楽器屋にやってもらっても、お金がかかるだけで、何も意味がないや。ピアノの調律はやっぱりちゃんとやってくれるところを探さなきゃ。生徒さんも、気にする人は気にするから、電話で謝っておくよ。」
と、もう一人の男性は、そういうことを言った。
二人は、待合室の中で、そういう事を言っている。
「高野正志さん。」
と、看護師が、診察料を請求するために、その人を呼んだ。
「はい、お願いします。」
と言って、その男性は、看護師に、診察料を払う。
「高野正志さん。次回はいつにしますか?」
と、看護師が聞くと、
「ええ、来月でよろしいですか?ちょっと今月は用事があって、予定が組めそうにないんです。」
と、彼は答えた。
「わかりました。本当に、気軽に来てくれて結構ですからね。ぜひ、ストレスの吐き出しに、うちを利用してください。そのために、通ってくる人だって、結構いるんですから。」
と、看護師は、彼、つまり、高野正志さんに、診察券を渡した。高野さんが、ありがとうございましたと言って、病院の入り口から出ようとすると、
「あの、変なことをお伺いしますが。」
と、芳太郎は、ちょっと彼に聞いてみた。どこの楽器屋に調律の依頼を頼んだのか、聞いてみたかった。多分、二人は、ピアノの教室なるものをやっている人であろうが、そうなると、調律というものは欠かせない。芳太郎は、そんな評判の悪い会社がどこにあったか、聞いてみたい気がする。
「お二方は、ピアノの教室かなんかされているのでしょうか。」
知らない人に話しかけられて、いきなり答えるのも無理かなと思ったが、車いすの男性が、
「ああ、ピアノ教室と言っても、音大受験をさせるような本格的なものではなく、ただの趣味的なサークルだけどね。その代わりに、コンクールで入賞したことがある人はいる。」
と、彼の代わりに答えた。
「へえ、そんなにすごい実績があるのなら、調律は確かに必要ですよね。それはどこでやってもらったんですか?」
何だかその車いすの男性が、なんでも気にせずに話しかけてもいいというような感じなので、芳太郎は彼に聞いてみた。
「ああ、えーと、マーシーのピアノを調弦してくれたのは、どこだっけ?僕、名前を覚えるの、苦手なんだよな、たしか、文化堂といったかな、すごいスピードで調弦しちゃうと聞いたから、やってみたけど。」
と答える彼。それを聞いて芳太郎は、驚いてしまうというより、びっくり仰天した。芳太郎が以前所属していた大手の楽器屋だ。そこで働いていたとは言えなかったが、
「そうですか。そこはそんなにいい加減な調律をしていたんですか?」
とだけ言っておく。
「ええ、まあ、実にいい加減だ。なんか、すごいスピードの速さを売りにしているようであったが、頼んでみると、金ばっかりとって、音がよくなったわけでもない。ろくな調弦もしてくれない、あまり役に立たない店だったよね。」
と、彼はカラカラと笑った。
「そうですか。文化堂は、そんなに評判の悪いところだったのですか。」
と、芳太郎は、がっかりと落ち込む。
「だから、やっぱり、個人で開業してくれるところを探した方がいいね。そうだろう、マーシー。」
「そうだねえ。杉ちゃんの言う通り。」
と、マーシーと言われた高野正志さんはそう答えた。
「でも、これからどうするんだよ。あんななりが悪くて、音があってないピアノでは、生徒さんも困るだろうよ。電話で謝っておくと言ったって、、、。」
杉ちゃんはそういうことを言った。きっと、そのことを話しに来たのだろう。マーシーは、たぶん、悩みを話せる家族も誰もいないので、杉ちゃんと一緒に、心療内科にやってきたのだ。
「まあ仕方ないよ。それはしょうがないから、しばらくこのままにして、お金をためて、別の調律の方を呼んでくる。でもねえ、口コミサイトなんて見ても、あてにならないよね。業者が、悪い口コミを消している場合もあるから。今回は、その罠に見事にはまっちゃったな。」
と、マーシーは悔しそうに言った。
「そういうことは、インターネットはあてにしないほうがいいってことだ。ちゃんとやってくれるところは、口コミサイトでは、見つけられない。」
「ほんとだよ。文字なんて、読めても読めなくても、どっちでもいいってことだな。」
二人は、そういうことを言い合っていた。思わず、芳太郎は、こういうことを口にしてしまった。自分が何を思ってそういうことを口にしたのか知らないけれど、そういう風に言ってしまったのは、やっぱり、ピアノ職人の血が騒いだのだろうか。
「それでは、僕がやってみましょうか?」
二人は、へ?という顔をした。
「なんだ、お前さん、調弦やってるの?」
杉ちゃんがそう聞く。
「ええ、やっています。その文化堂というところに比べたら、格段に遅いですが、音をきれいにできることはできます。」
と、芳太郎が言うと、マーシーがおいくらでと聞く。芳太郎は、お金はいりませんというと、
「こんなところで、やってくれる人がいてくれるなんて助かったよ。よし、やってもらおうぜ。やってくれるっていうんだったら、それでいいじゃないか。やってもらおう。」
と、杉ちゃんという人はすぐに乗った。
「じゃあ、明日、僕たちが用意したタクシーに乗って、マーシーの家に来てくれるか。」
「すみません、お願いします。人からもらったピアノなので、本当に古臭いピアノだと思いますけど。」
と、杉ちゃんとマーシーはそういうことをいった。看護師が面白がって、こういうところで人と出会いがあるっていいわね、と二人をからかう。じゃあ、やってもらうといいわ、と、言って、羽賀さん診察室へどうぞ、と案内する。
芳太郎は、とりあえず、影浦千代吉医師に、先日勤めていた楽器屋を解雇されてしまって、何もする気がしなくなったという話をした。まあ、医者だから、何もする気がしなくなったというところに着目し、それをうまく解消するように、漢方薬を出してくれた。芳太郎は、処方箋をありがたく受け取っておく。
翌日、芳太郎が、一人で朝食を食べていると、インターフォンがなった。急いで玄関先に行ってみると、一台のタクシーが止まっていた。
「あの、羽賀芳太郎さんでございますね。」
と、運転手が言う。
「羽賀芳太郎さん、影山杉三さんと、高野正志さんのご依頼で、お迎えに参りました。」
芳太郎は、本当に来たのか信じられないくらいだったが、急いで調律のための道具をもって、用意してくれたタクシーに乗り込んだ。タクシーで、十五分くらい走ったところに、マーシーの家はあった。そこの玄関前で下ろしてもらう。家はインターフォンがないのでいきなりドアを開けるしかなかった。すると、お、来たぜ、という声がして、杉ちゃんとマーシーが待っていた。二人は、レッスン室としている部屋へ芳太郎を案内した。
「このピアノなんですけどね。人からもらったのだから、ずいぶん古いピアノですけど。まあ、音楽学校を出ている訳でもないので、こういうピアノでしか教室はできないですよ。」
とマーシーが説明したピアノは、其れこそ、、知る人ぞ知るピアノメーカーである、ファイファーと呼ばれるメーカーのグランドピアノであった。以前は、別名を名乗っていたが、現在はファイファーと呼ばれている、マニアックなメーカーのピアノである。ソステヌートペダルは、ついていなかった。
芳太郎は、ピアノのふたを開けて、弦の張り具合や、音の正確さなどを調節していく。確かに、いい加減な調律者がやったようだ。ひどく音程も不正確である。芳太郎は、それを、自分なりのペースで直していった。早いとか、遅いとか、時間がかかるとか、そういうことは一切気にしないで、やった。
調律するのは、二時間以上かかった。でも、杉ちゃんもマーシーも、真剣な顔をして、ピアノが治るのを待っていた。
「終わりました。これで大丈夫だと思います。ちょっとキーが重たいのが気になりますけど。」
と、芳太郎は、額の汗を拭く。
「ちょっと何か弾いてみてくれませんかね。」
という芳太郎の問いかけに、マーシーは、にこやかに笑って、ベートーベンのバガテルを弾いた。音大卒者ではないというものの、音楽性は素晴らしく、ちゃんとピアノ演奏になっている。時々ピアノの世界を渡り歩くと、そういう人はいるものである。もし、これがファイファーの古臭いピアノではなくて、ちゃんとスタインウェイアンドサンズみたいな、素晴らしいメーカーのピアノだったら、すごい演奏として、認識されるに違いない。
「すごい演奏ですね。いやあ、驚きました。」
と、芳太郎は、静かに言った。マーシーは、そんなことありませんといったが、すぐにおいくらでしょうか、と尋ねた。芳太郎は、この人からお金を取るのは、なんだか申し訳ない気がした。
「でも、しっかりしなければいけないですから、いくらかでもお支払いしないと。」
というマーシーに、芳太郎は、五千円で結構です、といった。それでは、とマーシーが、五千円札を、芳太郎に支払った。芳太郎は、領収書を持ってこなかったことを後悔した。
「領収書が手元にないので、申し訳ありませんが、郵送させていただきます。こちらの住所を教えていただけますでしょうか?」
と、芳太郎が聞くと、マーシーは住所を紙に書いて芳太郎に手渡した。
「ありがとうございました。本当に、これからもピアノのことで何かありましたら、連絡下さい。なんでもお手伝いしますので。」
「そうだねえ。お前さんのような、うまい技術者がいてくれれば、いいのになあと思うよ。そうやって、しっかりやってくれる人が、ほかに何人いるんだろうね。」
と、杉ちゃんが芳太郎に言う。
「そういう、うまい技術者ってのはどこで見つかるもんなんだろうか。僕たちはこのピアノを直すために、いろんな人を連れてきたけど、結局治らなかった。みんな、ちゃんと調律してくれるようなふりをして、結局してくれないんだよな。それはどうすれば、違いを見極められるものかなあ。」
こればかりは、ある意味で縁の問題だった。縁があれば、いい技術者に巡り合えるし、なければいつまでも、巡り合えない。それに対して、人間はどう考えるのか。が、事業を成功するカギである。
「違いを見極めるとか、そういうことはよくわかりません。ただ、僕は、目の前にある、ピアノを助けるだけです。」
と、芳太郎はそれだけ言っておく。
「あのなあ、それほど優秀な技術者なのに、なんでもっと堂々としていないんだ?お前さんは、少なくとも、マーシーのすごい古臭いピアノをちゃんと弾けるようにしてくれたんだぞ。」
と、杉ちゃんに言われて、芳太郎は首を振った。
「いやいや、ピアノ業界は、今はできるだけ早く何とかとか、そういうことばかりにとらわれすぎて、僕みたいなろくでなしは、やっていけないです。」
「そうだね。」
と杉ちゃんは言った。
「確かに、今は、短くとかできるだけ、人に迷惑をかけないようにとか、そういう事ばっかりだよな。それでは、本当にするべきことを忘れちゃっているだろうが。」
「ええ、だから僕は、いずれにしても、ピアノ業界にはいるべきではないのかなって、思ってしまったんですよ。」
と、芳太郎は、一つため息をついた。
「そうか、生きていくためには、しょうがないか。お前さんの調弦法は、素晴らしいもんだと思うけどな。」
「そうですね。古いピアノを直してくれるのは、素晴らしいですからね。ですが、今は、豊かな時代だし。仕方ないでしょうかね。ちょっと壊れただけでも、すぐに治せる人が大半ですからね。」
と、マーシーも言う。そして、
「今日は本当にありがとうございました。もし可能でしたら、また、いらしてください。」
と、芳太郎に深々と頭を下げた。
「ええ、ありがとうございます。こちらこそ。」
という芳太郎は、今日のことを忘れないで、生きていこうと決めた。多分きっとまた新しい楽器屋を探して、ハイペースで調律することや、できるだけ周りに迷惑をかけずに調律することを求められるのだろうが、今日、自分のペースでできたということを、心に刻み付けておこう。自分がなりたい世界とは、違う世界で生きていかなければならないのだろうけど、こうして、古いものを求めている、人間もいるのだと。つらかったら、このピアノのことを思い出して。
そう、それでいいから。
「じゃあ、帰りのタクシー、お呼びします。あ、交通費は、こっちで負担しますから、気にしないで大丈夫ですからね。」
と、マーシーは、スマートフォンをダイヤルした。芳太郎は、ありがとうございます、と二人を眺めながら、そう心の中で言った。
ろくでなしの調律 増田朋美 @masubuchi4996
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