第27話 お手入れ(前々回、愛刀が回収された後の話です)

 正座をして、姿勢を正して精神統一をしつつ、何時もと違う態勢で刃を上にして刀を抜く、斬る為の抜刀では無い、お手入れの為の抜刀だ。

 明りにかざして刀身を観察する。

 切っ先は無事だが、横の辺りに新しい傷が増えていた。

(何斬って来たんだ?)

 一人内心で首を傾げる、前回のナイトゴーントを相手にした時には特にそんな硬い物に当たった感触は無かったので、恐らく行方不明に成って居る間の事だ。

(まあ、血液っぽい染みは無いから大丈夫かな?)

 血液を吸うと一気に錆び易くなるのでお手入れが面倒なのだ。

 今回は夜露に濡れた分か、気持ち錆が浮かんでいるが、これ位なら刀身の油をぬぐって、打ち粉で拭って、もう一度油を塗ってやれば大丈夫だろうか?

 因みに打ち粉と言うのは、砥石の粉、砥の粉をさらに細かくしたもので、所謂研磨剤と脱脂剤を兼ねていて、耳かきの梵天の様な和紙で出来た丸いアレ、ぽんぽんに入っている、小さな傷や錆なら気休め程度にだが削って落とすことが出来るのだ。

 目釘抜きで目釘を叩き、目釘を抜いて柄の方も外して刀身を裸の状態にする。

 柄の部分に刻まれた「3ツ胴」と言う文字が目に飛び込んで来る、銘では無い、この刀は長巻直しの大すりあげと言う状態の為、元の銘は無く成って居るので正式な名称は不明である。

 この文字は江戸時代辺りに流行った試し切りの結果だ、死んだ罪人を寝かせて3人ほど積み上げ、其のまま胴の部分を真っ直ぐ切り落としたという意味で、明確に人を斬って居る刀だ。

「すりあげ」というのは、柄の部分を切り落として短く作り直す事を言う。

 江戸時代、豊臣秀吉では無く徳川家康が刀狩りをした際、武士で有ろうと大型武器を禁止したため、長巻や大太刀、野太刀がご禁制に成ってしまったのだ、其のまま持って居ては没収されてしまう為、泣く泣く短く作り直したと思われる物である。

「長巻直しに外れ無し」と言う言葉がある通り、作り直してでも持って居たかった物で有るのは確かな為、ある意味で切れ味自体は保障されている。

 結果として、実用性は兎も角、美術品としての価値は駄々下がりと成ってしまって居るので。中古の流通価格はとても安い。

 具体的に言ってしまうと南北朝の頃の古刀に分類されるが、実売で10万しないので、実用品として使うのなら、とてもお手頃価格なのだ。因みに、現代刀等の新しいものに関しては積み上げた年月分の歴史の重みと言うか、概念的なモノに対する切れ味が悪い為、この用途に限っては古いものほど良いとされている。そもそも新しいと高いので手を出せない訳だが・・・

 そんな事を考えつつ、刀身全体にポンポンと打ち粉を付けて、拭い紙で元から付いて居る油と錆を一緒に拭き取りつつ、軽く擦って小さな傷を消して行く。研ぎ師の人に見せると余り褒められはしない直し方だが、研ぎ減らす方が勿体無い。

「研ぎには出さんのか?」

 興味深そうに作業を見ていた葛様が口出しして来た。

「刃毀れしてからで良いです、そもそも高いですし」

 ちゃんとした所に研ぎに出した場合、1回10万とかが相場である、貧乏学生の自分にはそもそも払えないと言うか、其処まで行くと同程度の物をもう一本買った方が安くつく、一般流通的に数は無いので探すのが手間では有るのだが・・・

 それに、ある程度の砥石は一通り揃えているので、自力でどうにかする事にしている。

 そんな事を言いつつ、御刀油で刀身全体に油を引く。

「まあ、そんなもんじゃな?」

「葛様のも油引き直しましょうか?」

 作業を終え、組み上げつつそんな事を言って見ると、葛様が何処からともなく刀を二振り取り出した。

「じゃあ頼めるか?」

「まかされました」

 人の刀を見るのは良いものだ、業物と成ると、見るだけで幾らと言う物も良くあるので、国宝や重要文化財クラスと成ると早々見れる物では無い。

 そんな下心を持ちつつ預かった刀を確認する。

 ・・・・・刀の大小にしては大きい二振りである。

「大太刀?」

「大きい方が子狐、小さい方が鳴狐じゃったかな?」

「すりあげられて無いんですか?」

 逸話的には大すりあげした折り返し銘の二尺無い脇差しなのだが、これは刀身が3尺、1m近い。

「すりあげる時に預かった鍛冶屋が、恐れ多いからって儂の所に一度奉納してお払いするって持って来てな? どうせなら短くするのも勿体無いからコレは寄越せ、代わりに影打ちに付き合ってやるって交渉したら快く奉納してくれたぞ?」

「成程・・・・」

 そんなものも有るのか、ある意味偽物も本物なのか・・・

「鳴狐は化け狐を斬った太刀じゃが、持ち主が稲荷系の氏子でな? で、ゲンが悪いってんで儂の所に預けて来たから、そのまま預かった形じゃな?」

「色々来歴あるもんですね・・・」

 予想外の方向の来歴に眩暈を起こしつつ、預かった物の手入れを始める。

 確かに大太刀の子狐丸、柄の部分には、素っ気なく「小狐丸 宗近」の銘が彫り込んであった、影と言う一文字は入って居ない、偽物では無いらしい。

「儂も歳食っておるからな?」

「しかし、あの時借りたのはこっちでは?」

 首を傾げて鳴狐の方を指差して見る。鳴狐は2尺ほどの小柄な刀だ。咄嗟に大太刀の子狐を抜いたとも思えない。

「ああ、儂も間違える事はある、気にするな」

 特に気にした様子も無く間違えた事を肯定する、器は大きそうである。

 切っ先小さく、二重三重の刃文、地金は小板目、鎬造りと・・・

 此方の銘はと鳴狐の柄を見ると、左兵衛尉藤原国吉と刻んであった、確かに鳴狐の銘だ。

 反り深く、賽の目交じり、小沸よくつき、帽子小丸に深くと・・・

 どちらにしても、とてもきれいな刀身だった・・・

 思わずほうとため息と付き、見惚れる。

「あまり魅入られるなよ?」

 葛様の呆れ気味な一言にびくりと引き戻されて、頭を振る。

「子狐は儂の言う事を聞くが、鳴狐は来歴がアレじゃからな? 油断すると儂に斬りかかって来る」

「斬れるんですか?」

 思わず謎の返しをする。

「儂にとってはじゃじゃ馬じゃな、儂にはこっちの方が合っておる」

 葛様はそう言って油を塗り終え、組み上がり、鞘に収まって居る子狐丸を手に取る。

「でもそれ、抜けるんですか?」

 体格的には大変そうだが・・・

「ん?」

 次の瞬間目の前に抜刀済み、抜き身の小狐丸の切っ先が浮かんでいた。

「この通りじゃぞ?」

 何の事は無いと言う様子で呟き、するりと切っ先を外し、納刀する。

 一切のブレと迷いの無い、見ていても絶対に止まられないと思われる流れる様な挙動だった。

「はい、愚問でした。すいません」

 思わず平べったくなったのは無理の無い事だと思いたい。

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