第10話 夢の中の思い出
路地裏で葛様に借りた刀を収めた所で緊張感の糸が切れたのか、其処から一瞬意識が無くなった。
ふわりと、優しい感触に抱き止められた。
「大分疲れた様じゃのう?」
直ぐ耳元から葛様の声が聞こえる、耳元で聞くと、脳が溶ける様な優しい声だ。同時に背中を優しくポンポンと撫でる様に叩かれる、何処かで感じた事の有ったようなひどく落ち着く感覚だ、それによって余計に眠たくなる・・・
「すいません、力が入らなくて・・・・」
今はただひたすらに眠くて、力が入らない、葛様に寄りかかって眠るだなんて、後で何を言われるかわからないと言うのに、眠気が思考を埋め尽くしてどうしようもなくなる・・・・
葛様が何かしゃべって居るのに、今は眠いと言う感覚しか無くて、右から左に抜けていく・・・
ふう・・・
「しばらく寝ておれ、送ってやるから・・・・」
と、葛様が一つため息を付くと優しく呟いた。
「すいません・・・・」
その一言に安心したのか、最後にその一言を絞り出した所で自分の意識は途切れた。
夢を見た気がする。
自分が小さかった頃の夢だ、確か、あの時は病弱で、一日中咳き込んでけほけほしていた記憶が有る、その時は確か・・・
「全く、親であるお主達が儂を胡散臭いと思うのは構わんが、子供を巻き込むな、病院ではどうしようもなかったんじゃろう?」
「はい・・・」
両親が力無く返事をする、両親が葛様に怒られていた、其処まで詳しく覚えて居なかったはずなのだが、今回は妙に具体的だ・・・
「これを着せるが良い、悪霊やら呪い除けの呪(まじな)いじゃ」
葛様が取り出したのは、ふりふりの女児服とリボンだった・・・
結局、葛様が帰った後も胡散臭いと騒いでいた両親たちを尻目に、葛様から送られた女児服を着た自分は、今迄の病弱な状態が嘘の様に健康体に成り、外で遊べるようになった。
そして当然、結果として両親よりも頼りになると自分の中では葛様への信頼が無暗に上がって行った。
その後「6歳までは神の内」のことわざが示す通りに、無事7歳と成り、その時は七五三で親戚として葛様も駆けつけてくれて。そろそろ大丈夫かと男子服を着せたところで、予定外に体調を崩し、やれやれと言った様子の葛様に宥められ、もう一度女児服を着る羽目と成り、子供心に男らしく成れると意気揚々だった自分は酷く落ち込んだ物だ。
そして、いじけて居た所で、葛様に優しく抱きしめられたのだ。
ゆっくりと優しく撫でる様に背中を叩かれ・・・
「どうしてそんなに残念なんじゃ?」
「男らしくなって葛様と結婚したかった・・・」
当時の自分は何を言って居るんだと言う台詞を吐いていた、思い出すと恥ずかしいと言うか、もう顔から火が出て暴れたい位だった・・・
当時は葛様の偉さとか立場とか、自分達との違いやら何やらを一切知らなかったのだ、だからこそ純粋な好意だと言えば聞こえが良いのだが、今となってはこの言葉をどうして良いのか分からない・・・・
「わはははは」
あの時、葛様は凄く笑って居た、そうか、あの時自分はそんな事を言って居たのか・・・
「大丈夫じゃ、どっちの格好でも待っててやるから、成人した頃にお主が覚えておったらじゃがな」
そんな答えを言いながら、優しく笑みを浮かべつつ、頭をぐしゃぐしゃにしてくれた。
「「ゆーびき-りげーんまーん うーそつーいたらはりせんぼーんのーます ゆーびきったー」」
いや、其処までしたの?!
「あ・・・」
ぱちりと目を開ける、見覚えのある、引っ越したばかりで一人暮らしな自分の部屋だった・・・
「起きたかのう?」
目の前には何故か楽しそうに笑う葛様が居た・・・・何故か一緒の布団に・・・・
「はい・・・・・」
素面だと驚きそうな状態だが、意識が覚醒し切って居ないので思考が追い付かずに生返事を返す。
「未だ眠そうじゃのう?」
「はい・・・」
「今日は土曜だから未だ寝ておくか?」
「はい・・・」
「若い癖に意外と寝起きが悪そうじゃな、しょうがない、今日の所は儂が飯の準備をしてやろう」
呆れた様子だが、しょうがないなあと言う苦笑付きでするりと布団から抜けて行った。
寝間着にしているらしい白い浴衣の裾がひらひらと揺れながら視界から消えて行った、一瞬裾からそれ以外のふわふわする物も見えた気もするが、きっと気のせい・・・
頭が付いて行かない状態が一段落してから、先ずは目を閉じる。
無意識に先程迄葛様が居たと思われる場所に手が伸びる、未だ暖かった・・・・
トントントンと軽快に何かを刻む音がする、確か野菜はネギとキャベツが未だ有った筈・・・・
混乱する頭を落ち着かせる為に順を追って昨日の出来事を整理する、此処は自分の部屋、時間は土曜の朝、昨日の夜は呪咀祓(すそはらい)の仕事が有って、何故か途中で合流した葛様の世話に成って仕事を終えて・・・
其処まで思い出した所でやっと目が覚めた。
「ええええ?!」
思わず叫び声を上げつつ起き上がる。
「やっと起きたか? 未熟者め・・・・」
呆れ顔の葛様が此方を見ながら、しょうがないなあと言う笑みを浮かべて居た・・・
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