第7話 夜鬼

 鞘に収まった刀を小脇に、闇を進む、其れほど広い筈もない路地裏なのだが、異界化しているのか、異様に闇が深く広く感じる。

 こう言った世界は視覚がゆがむので、視覚以外の五感を頼りに進む事に成る。

 只真っ直ぐ立ち、気配を追いかけ真っ直ぐ進む。

 違和感の中心を見つけた、だだ刀を抜き、斬り易い様に振り抜く。

 ひゅん

 真っ直ぐ振り抜けた証明として、風切り音が鳴る、現在の愛刀は無銘で誹が入って居ないので、真っ直ぐ振らないと音が鳴らないのだ。


(浅いのう・・・)

 内心で小さく呟く。

 先程着せたあやつの服には式が仕込んであるため。異界化した歪んだ空間でも、こうして多少離れて居ても有る程度見えている。

 確かに刀は奇麗に振り抜けているが、あの淀みの中心はもう少し奥と言うか、既に淀みの中心は大きくなって分裂している、アレは警報と言うか罠の類だ。

 今までは双性の加護で気づかれ難くなって居る為、相手に気づかれる前に一撃必殺出来れば問題無い訳だが、こうして警報に引っ掛ってしまえばその有利は無くなる。

 そして、先程ひよっこが引っ掛ったあの罠の効果は・・・・


「え?」

 一瞬斬った筈の闇が膨らむ様に大きく成り、刀を飲み込んだ、嫌な予感に従い、咄嗟に刀から手を放す。

 手元に有った筈の刀が消えていた。

「やば?!」

 後先考えずに咄嗟に走って先程葛様と別れた辺りに戻る。


「斬りそこなったな? 未熟者め」

 息を切らせて合流すると、予想通りと言った様子で葛様が苦笑を浮かべて居た。

「すいません・・・」

「だから相方は如何したと言ったのじゃ、ひよっこ一人じゃ手に余るからのう、まあ、主の未熟と言うよりは、奴等の油断の方が問題だがのう?」

 葛様が、何か悪だくみしている表情で笑って居る。


 そんな事をしているうちに、追いかけて来たのか、先程の闇の中から何かが近づいて来る気配が有ったので身構える。

 闇の中なら現れた物は、直立二足歩行、皮膚はイルカの様にツルツルで光沢が有り、蝙蝠に似た皮膜式の翼を持って居る。顔がある筈の所には何もない闇の様に成って居て。その頭の闇から牛のような角が生えていて、その後ろには揺れる尻尾が見える・・・・

「夜鬼(やき)、ナイトゴーントじゃな、邪気が形を持ちそうだと報告が上がって居たが、実際に現界しおるとはな」

 葛様が愉快そうな様子で呟く。

「笑ってる場合ですか?!」

 葛様は余裕そうだが、少なくとも今まで自分は見た事が無い。

「なあに、邪心の眷属としては下っ端よ、其処等の靄と変わらん、頭の闇に持って行かれない限りは気にすることは無い、ほら斬って来い」

 只の雑魚だと言われるが、少なくとも初めて見た物をそんなに軽くは見られない。そもそも・・・

「刀が無いですよ」

 先程闇に持って行かれてしまった。

「全く、之だから未熟者は・・・」

 其れほど呆れたと言う様子も無く、呆れたと言うリアクションを取られる、恐らくポースだ・・・

 少女が何とも無いと言う様子で夜鬼に近付き、最後の一歩を踏み込む。

 ダン!

 其れは気迫のこもった震脚の音だった。

 同時に無造作に伸ばされた拳が形を持った闇。ナイトゴーントの胴体に突き刺さる。

 冗談の様に夜鬼が‛く’の字に折れ曲がって壁に突き刺さった。

「ほら、武器など無くてもこの程度じゃ」

 得意顔だが、怪異の相手を素手で出来る様な人物を他に見た事が無い・・・・

 見た目通りの少女では無いと言う事を、今更実感した・・・

「真似できません・・・・」

 情けないが、正直武器無しではまともに攻撃が出来ないのだ。

「これだから未熟者は・・・・ほら、これを貸してやろう」

 何事か印を組み、指二本で虚空を切り裂く。虚空から鞘に収まった一振りの刀がするりと取り出された。

「ほら、これを使ってみい」

 さっさと手に取れと言う感じの無造作に刀が差し出された。

「これって・・・・」

 咄嗟に受け取ると、何時もの刀とは違う、ずしりとした感触が有った。

「狐が持って居る刀じゃ、小狐丸に決まっっておろう?」

 とんでもない銘が出て来た。

 思わず冗談だろうとツッコミを入れたくなるが、視界の端で先程の夜鬼が起き上がっている。

「重文じゃからな? 気を付けて使えよ?」

 良いからさっさと斬って来いと言われている、これ以上の援護は無いだろう、呆れられる前に決着を付けなくては・・・



 居合の理屈は、不意に相手の間合いに近づいてしまった時に、相手に気づかれずに一挙動で未だ鞘の中に有る刀身を抜いて斬り付ける事だ、即ち。

 無造作に間合い迄近付く。

 刀身を鞘からするりと抜き放ち、其のまま逆袈裟に斬り抜け、返す刀で袈裟に斬る。

 ピシリと、何か変な音が響いた。

 確かに何時もの霞を斬って居る時の様な、冗談の様に重さを感じない、実体の無い感触だった。


 一歩下がり、残心を取って相手の出方を窺う。

 嘘の様に斬られた夜鬼は崩れて無くなった。


「今度はちゃんと斬れた様じゃな」

 残心を解くと、葛様から申し訳程度にパチパチと拍手を送られた。

 同時に通りからガヤガヤとした人々の雑踏が聞こえて来る、異界化した世界も無くなったらしい。

「無事終わりました?」

「今夜の現場は之で終わりじゃな」

「次有るって言われても困ります・・・・」

 緊張感が抜けた途端にどっと疲れが沸いて来て、正直もう動けそうに無かった。

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